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茂木健一郎さん、文学は文体も含めて作品なのです 文体軽視論を強く批判する

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茂木健一郎さんの連続ツイートが興味深かった。なぜ、興味深かったか?それは、彼らしくない内容だったからだ。

連続ツイートはこれだ。文学の文体に関するものである。
茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1503回「罪と罰が口述速記されたことから考える文学の本質」
http://togetter.com/li/822076
原文を読んで判断して頂きたいが、要するにドストエフスキーの名作『罪と罰』は口述速記だったこと、それが各国で翻訳されていて元の文章が分からないものになっていること、だから文学の本質は文体にないという論である。

もっとも、茂木さんは文体を全否定しているわけではない。彼の連続ツイートによると・・・。

文体の問題は難しい。日本において、「芥川賞」が対象とするる作品は、やはり文体がすぐれていなければならない。ここ数年の受賞作を振り返っても、すべて、文体に工夫、美学があるものばかりである。では、文体の洗練が、小説の本質とどう関係するかというと、はなはだ疑問である。

としている。前半では、文体が大事であることは認めている。

ただ「文体の洗練が、小説の本質とどう関係するかというと、はなはだ疑問である。」という彼の論には、強く反対したい。

茂木さんは、こういう努力や工夫、前向きな無駄、多様性を認める人だと思っていたのだが、それは私の誤解だったか。

そして、この姿勢こそ、私が今、ネット界にはびこっている危険な空気そのものだと思っている。要するに効率化すれば何でも良いという考え方だ。

茂木論には頷ける部分も多々ある。たしかに作品というものは内容・主張が大事だ。そして、ドストエフスキーに限らず、口述筆記や、構成作家がいる場合、編集が手を入れている場合はある。翻訳も、中にはいい加減なものもある。さらには、漫画版なるものもある。ドストエフスキーの『罪と罰』も手塚治虫が漫画化している。それでも、内容は伝わるし、読者は感動する。

00年代後半に小林多喜二の蟹工船再ブレークがあったが、これも漫画版がネットカフェで非正規雇用の若者に広く読まれたからだと言われている(もっとも、この説をよく見聞きしたが、そんな光景を見たことがないし、論証するデータを見たこともないのだが)。

ただ、だからと言って、「文体の洗練が、小説の本質とどう関係するかというと、はなはだ疑問である。」という論には強く反対したいのだ。

文体もまた、作品の世界観をつくるものである。村上龍の初期作品は、1文が長く、過激なワードが並ぶが、だからこそあの青年たちがドラックとロックとファックにハマる世界観がより強く伝わるわけである。

また、口述筆記であっても、その作家が持つ世界観をいかに構築するか、その構成作家はこだわるはずだ。

茂木論において、強く批判しなければならないのは「翻訳すれば分からない」という部分である。

本当か?

翻訳は、翻訳が専門の人も入れば、村上春樹のように著名な作家が翻訳に関わっている場合もあるが、いずれにせよ、いかに作品の世界観を崩さずに伝えるかということにこだわっている(もっとも、著名な作家が翻訳する場合は、その人らしい翻訳という話になるが)。

文学を研究する者や文学ファンの間では、◯◯氏の訳と□△氏の訳のどちらが優れているかということで議論が起きることはよくある話である。誤訳なんてことも、よくある。まさに『罪と罰』のレビューにおいても訳の問題が散見される。そこにおいても、いかに作品の世界観を崩さないかということが議論になる。

訳という仕事は、単に語学がデキるだけではなく、その作家や、その国の文化や歴史を理解できていないと無理なのである。

優れた中身と洗練された文体の組み合わせにより、作品の世界観や主張は強く伝わるのである。

そして、文体を味わうことこそが、文学を楽しむ上での醍醐味ではないか。

それを否定するのは、知性の否定、偉大なる作家たちやその研究者の努力の否定である。

茂木さんともあろう人が、このような軽薄かつ無責任なツイートをしていいのか?

読書は、別に内容を読むものだけではなく、その本と対話すること、文体を味わうことも含めて読書なのである。

もっとも、それを編集者も著者もわかっていなくて軽薄になっているのは悲しきかな、事実なのだけど。



私のような、軽薄なネットライターでも、文体にはこだわる。

ネットニュースでも、わかりやすさは意識しつつも、自分の世界観、書き手が誰であるかが伝わるようにこだわっているし、この論文をもとにした本は硬派な文体にしたし・・・。



この本では、文体が熱く滾っているかどうかにこだわった。

書き手としてまだまだだと思っているが、文体というのは味わうものなのである。ビジネス書においてすらだ。



それこそ、今をときめく武田砂鉄氏がなぜ人気があるかというと、彼ならではの視点だけでなく、文体なのだと思う。彼でしか書けない、世界がそこにはある。文体をぬいたら彼の本は成立しない。

茂木氏は「文体の洗練が、小説の本質とどう関係するかというと、はなはだ疑問である。」という発言を撤回して頂きたい。この発言について真摯に省みるとともに、敬虔な反省を持つべきである。

文学を愛する者は、もっと怒っていいと思う。

バルス。

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