記事

2年の介護で変わった夫と愛犬さくらと私の関係 -DeNA創業者 南場智子

1/2
仕事のことしか頭になく、料理も洗濯もしなかった南場さんが、夫婦2人で挑んだ2年間の闘病生活。その中で、身に沁みて見えてきた家族のありがたさ。

画像を見る
DeNA創業者 南場智子氏

私は、「ガルル型」の人間でした。ガルルとは私の造語で、馬車馬のように頑張ること。とにかく立派なビジネスパーソンになりたくて、ガムシャラに働いてきました。

大学卒業後に入ったマッキンゼーでは、朝4時、5時の帰宅は当たり前。いったん帰って9時には出社し、平日の睡眠時間は2、3時間という生活でした。最初はデキが悪かったものの、負けず嫌いと頑張り屋っぷりを発揮したおかげで、出世の階段を順調にのぼり、やりたいことはだいたい何でもできる立場になっていました。

それが36歳のときにネットオークション会社を立ち上げるという熱病に浮かされて、ディー・エヌ・エー(DeNA)を起業。それからは、競合に先を越される、システム開発に失敗する、株主との調整に奔走する、公正取引委員会の立ち入り検査が入るなど、すったもんだの苦労をしながらも、ただただ仕事にまい進し、仲間とともに、売り上げ2000億円超の会社に育ててきました。

一方で、私は家庭人としては最低に近い人間でした。マッキンゼーで見つけた相手と、人並みに結婚しましたが、結婚後の生活はそれまでと変わらず仕事最優先。食事は100%外食。夫の洗濯物など触ったこともないという体たらくでした。2人とも深夜遅くに帰宅するや否や、爆睡というパターンが多く、マッキンゼーの同窓会で「久しぶり!」と挨拶をすることさえありました。夫もまた、料理も家事もせず仕事ばかりする妻を面白がって放っておいてくれたのです。

ところが、そんな生活が2011年4月に急変しました。夫ががんを告知されたのです。医師の見立ては、手術はできるとのことでしたが、手術をすれば治るという明確な言葉はありませんでした。

その瞬間、私には一生こないだろうと思っていた心境の変化が起きました。これまでの自分の人生は、全部このときのためにあったんじゃないか。そんなふうに思いました。何のためらいもなく、私にとっての優先順位が、仕事から家庭へと変わってしまったのです。

もっとも、当時の私は一部上場企業の社長ですから、重責を担っていました。ましてや、DeNAは、本気で世界一のインターネット企業を目指す企業です。私のような凡人では120%全力投球しても足りない仕事……。それを、家族が重病とはいえ、「家庭優先」で片足を突っ込んだような状態でやるのは無責任なのではないか――。


画像を見る
11年5月、社長退任の会見で、新社長の守安功氏と。

こうして私は、社長退任の決断をしました。もともと私は、その1年後の12年に社長を退任することを目標としていたため、後継者は育っていました。現社長の守安功は、日頃お世辞を言わない私が絶賛してもなお足りないほどの大天才。人選に迷いはありませんでした。手術を終えた夫にも退任の意思を伝えると、「悪いな」とだけ言って受け入れてくれました。

こうして夫婦2人で闘病生活に入ると、私は病気について徹底的に勉強を始めました。術後の治療法について国内外の専門家に相談し、本を読み漁る。DeNAの創業メンバーの一人も、膨大な論文を読み込み、検討すべき治療法を教えに、わざわざ住まいのロンドンから駆け付けてくれました。また、病院の先生とも信頼関係を築くことができ、何でも相談することで、実際、いくつかの治療法を試しました。

家事は苦手だけど、とにかく夫と一緒にいたかった

そして退院後は抗がん剤などの治療を開始し、免疫力を高める生活を始めたのです。そのためには、なんといっても食事が重要です。そこで、私は慣れない料理に挑みました。『がんに効く生活』という本を読み、ターメリック(うこん)は抗炎症作用が高いと知ると、ひじきの煮つけだろうが、切り干し大根の煮物だろうが、構わずかけまくる。これがマズかったのでしょうね。そのうち夫が、「今日はひじきが嫌いになった」「切り干し大根が嫌いになった」と言い出すようになりました。それでも、私が慣れない料理を頑張って作っているのがわかるから、頑張って食べてはくれます。でも、大変な手術で痩せた体が、さらにどんどん痩せていってしまいました。頑張ったんですけど逆に迷惑だったみたいで、最後には「もう勘弁してくれよ」と言われてしまいました(笑)。

結局、お手伝いさんを見つけて、例の本を読んでいただき、私の監督のもとに、料理してもらうことになりましたが、どうやら夫はそのほうが満足なようです。

このように、私は闘病中も相変わらず家事が苦手で、役立たずでした。でも、とにかく夫と一緒にいたかった。だから術後の療養の間には、一緒にいろんなことをしましたね。

免疫力を高めるうえで、精神状態をよくすることが重要です。それに、体を動かすこと、リラックスすることも大切。ですから、空気のいい地域に引っ越して、一緒にウオーキングをしたり、教室に通って陶芸を始めたり、音楽を聴きにいったり、整体に通ったり、ミニゴルフに行ったり、はたまた瞑想をしたり。がんに「マイナスにならない」ことは何でもしました。

それに、楽しい話をいっぱいしました。話のネタですか? 多くは飼い犬「さくら」の話でしょうか。さくらがすぐ隣にいるのに、2人して、さくらの写真を広げて、「よく写ってるね」なんて笑ったり。また、自然に関する話題が増えましたね。一緒に散歩に行って、富士山を見たり、月を見たり、新緑の季節には「緑が出てきたね」、春になると「桜が咲いたね」なんて話をしたり。それに、お互い、先祖への感謝の気持ちが芽生えて、散歩の途中で「あっちが富山、お爺ちゃんのお墓の方向だ」なんて言って、一緒に手を合わせたりもしました。

ごはんもゆっくりと食べました。50~70回噛んで飲み込む。こんなにゆっくり食べたこと、それまでありませんでしたよ。

うちの夫は、意外と「クローズドな病人」で、闘病中は誰にも心配をかけたくないし、誰にも会いたくないと、お見舞いも受け付けず、私以外の人間を寄せ付けませんでした。だから、本当に2人だけの闘病。そこに一部の医療関係者やお手伝いさんが温かく寄り添ってくださり、本当に小さなチームで病気と闘った感じです。おかげで、夫とは少し仲良くなれたかな。そう考えると、意外といい2年間でした。この2年間はまったく喧嘩をしなかったですし。復帰後の今は、マックス喧嘩してるんですけどね(笑)。

それにしても、「ガルル」の私が夫の闘病のために社長を退いたのは、周囲の人からしたら意外だったようです。多くの人は、我々夫婦を「かかあ天下」と決めつけているようです。

でも、実際の夫婦関係は全然違うんですよ。ウチの旦那は、私がいかにクルクルパーかがよくわかっている(笑)。「おまえ、よくそんなわかったようなことが言えるな」とか、「よくアホがバレずに済んでるな」なんて、いつもからかわれています。

なけなしの頭脳でぱっつんぱっつんに頑張っている私が、哀れなようです。先日も、2人してマクロ経済を解説するテレビを見ていたのですが、私が夫にまたバカな質問をして、呆れられました。「おまえ、それ、絶対に外で言うなよ」って。

おかしいですよね。私は大学でもビジネス・スクールでもマッキンゼーでも十分に経済を勉強したつもりだったのに。片や夫は工学部出身。経済は勉強していないのに、なぜ私より経済を理解しているのでしょうか。

思えば、こんなこともありました。DeNAを立ち上げたばかりのときのことです。あろうことかサービス開始が迫った時点でシステムが全くできていなかったという大事件がありました。ほうほうのていで帰宅し、寝ている彼に「詐欺に遭った」とつぶやくと、夫はガバッと起きて、冷静に対処法を指南してくれました。そして「『詐欺に遭った』なんて間抜けなことは言うな。社長は最大の責任者、加害者だ。なのに被害者のような言い方をしたら誰もついてこなくなるぞ」と檄を飛ばしたのです。私は家庭では仕事の話をしないので、夫のアドバイスを聞いたのは後にも先にもこのときだけです。そして、そのアドバイスを実行し、実際に、最悪の事態を乗り越えました。そんなこともあって、私は夫を尊敬しているんです。

あわせて読みたい

「南場智子」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    高樹氏 田口逮捕でマスコミ批判

    BLOGOS編集部

  2. 2

    ミス誘ういきなりステーキの卓上

    かさこ

  3. 3

    築地の次は青山霊園を移転せよ

    毒蝮三太夫

  4. 4

    新ふるさと納税で還元率100%も

    NEWSポストセブン

  5. 5

    早朝4時に吉野家 離れられぬ東京

    内藤忍

  6. 6

    トランプ氏が羽田に着陸する意義

    天木直人

  7. 7

    慰安婦映画への陳腐な批判に呆れ

    古谷経衡

  8. 8

    失念で済まない山尾氏の無断渡航

    和田政宗

  9. 9

    内定辞退で来社 採用担当は迷惑

    城繁幸

  10. 10

    フリーで消耗 自転車操業の日々

    BLOGOS編集部

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。