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職務発明制度の行方を左右する一本の論文。

すったもんだの挙句に出来上がった特許法改正案が国会に上程され、職務発明制度の見直しも“秒読み”の状況となっている。

とはいえ、平成17年に現在の「新・特許法35条」が施行されて以降、現在に至るまで既に10年。

今審議されている改正法が可決成立となっても施行までは最低1年かかることを考えると、少なくともこの11年間の間に生じた「相当の対価」請求権は、そのまま現行法のルールの下で生き続けることになる。

また、そもそも、今審議されている改正法は、規定を読む限り、発明の「帰属」に関する考え方を変えるものにはなりえても、(現行法との比較で)「相当の対価」の実質的な判断基準を決定的に変えるものには、おそらくなりえないだろう。

したがって、現在の特許法35条とのお付き合いは、まだまだしばらく続くことになるわけだが、そんな中、先月発売されたL&Tの最新号に、現役の知財高裁判事による興味深い論文が掲載された(神谷厚毅「平成16年法律第79号による改正後の特許法35条4項の解釈適用」L&T67号27頁(2015年))。

上記のような平成27年改正(予定)を取り巻く状況に加え、昨年、今の特許法35条の下でなされた職務発明に関する東京地裁平成26年10月30日判決(野村證券事件)が出されたこと*1が、本論文執筆の動機となったのではないか、と推察されるところであるが、以下では、

「改正法*235条4項の解釈適用について、あらためて改正の経緯を踏まえつつ、同項における「不合理」と認められるかについて、仮想的なものではあるが、種々の事情を念頭におきながら、検討してみることとしたい。」

というコンセプトの下で書かれた本論文(以下「神谷論文」という)を紹介しつつ、今後の「職務発明制度」の展望にも、少し目を向けてみたいと思う。

改正法35条4項の各要件に向けられたコメント

神谷論文は、まず、平成16年改正の経緯について一通り俯瞰した上で、

「改正法35条4項の解釈につき、手続の履践を厳格に要求する立場と、緩やかに解する立場の二つの方向性が指摘されている。どちらの発想に重きを置くかによって、結論が異なることがあり得ることとなろう。」(29頁)

と指摘する。そして、続いて、「対価を決定するための基準の策定に際して使用者と従業者との間で行われる協議の状況」、「策定された基準の開示の状況」、「対価の額の算定について行われる従業者からの意見の聴取の状況」といった、35条4項の例示3要素について、立法当時の見解等を紹介しつつ、コメントを加えている。

裁判官らしく、場合分け等も適宜行いながらの緻密な検討が加えられているため、詳細については、L&Tに掲載されている論文そのものを見ていただくのがよいと思うのだが、全体としては、立法担当者の見解と比べても、比較的「緩やか」な(使用者側にやや有利な)解釈が志向されているのかな、というのが自分の雑駁な感想だ。

特に、「協議の状況」に関しては、『協議が行われた』というための要件をかなり厳格に解している立法者見解(特許庁「新職務発明制度における手続事例集」の記載など)について、批判的な見解をいくつか紹介した上で、

「やはり厳格に過ぎるように思われる」

「法律の文言上も、個別協議の徹底を予定するものではないと解することが可能である」

(31~32頁)

と述べたり、

「仮に、代表者協議の方式が適切でなかったとしても、説明会やアンケートにおいて上記のような対応がなされ、Aの意見に対する実質的な回答がなされていると評価できれば、そのことをもって、Aとの協議が行われたと評価する余地は十分にあると考えられる」(32頁)

といった柔軟な考え方を示されるなど、実質面を重視した柔らかい見解が示されているし、「対価の額の算定についての意見聴取状況」についても、

「異議申立てのしくみがないからといって、そのことが直ちに不合理性を肯定する方向に働くとはいえず、実質的に意見を聞く手続が十分なされていればそれでよいと考えられる」(34頁)

と述べるなど、同様の考え方が示されている。

平成16年改正で例示列挙された「手続的要素」は、本来なら「使用者対発明者」という「1対1」の構図で完結するはずの職務発明制度に、労働法の世界から伝来した(集団的)労使協議の発想を持ち込んでいる、という点で、特許法の世界においてはかなり異質なものであるのは間違いない。

そして、そのような異質な要素に直面した当時の特許庁が、新特許法35条(当時)の文言を、かなり保守的に解した上で作成したのが「手続事例集」だ、というのが、自分の理解である。

元々、法解釈を堅めに行う傾向がある上に、未知の領域の概念、ということになれば、特許庁の担当官でなくても慎重になるのは理解できなくもないが、元々本家本元の労働法業界の“柔軟な”考え方に親しんだ者からすれば、「手続事例集」の記載には、やはり明らかに行き過ぎの面があった、というほかない*3

その意味で、現在の特許法35条の解釈が穏当なところに落とし込めることを確認した今回の神谷論文には、大きな意義があると考える。

現行法の下での「対価」の意義

さて、この神谷論文の中で、一番インパクトが大きいのは、「対価の支給額が不合理性の判断にどう影響するか」という点について論じた以下のくだりであろう。

重要な部分であるため、少し長めに引用する。

「改正法の下では手続面が重視され、最終的な対価の額のみで不合理性が判断されるわけではないとはいえ、『等』との文言に含めて対価の額等の実体的側面(基準の内容、対価の額)も補完的に考慮されるとされている。」

この『補完的』という点は、とりわけ対価の額に関しては、実体的にも手続的にも重視されるべき点であろう。まず、前記の三つの要素を含めた手続要件を総合考慮した結果、手続が行われ、手続面において不合理性が否定される方向の認定がなされるのであれば、実体面、とりわけ対価の額について考慮すべき場面はほとんどないと考えられる。なぜなら、手続面において上記のような認定がなされる限り、結果として算定される対価の額は、私的自治の結果の現れと十分に評価でき、改正法35条4項の趣旨を達成できているからである。」

(中略)

「このように解しないとすると、改正法において手続面を重視することとした意義が失われかねない。」

(中略)

手続が適正に履践されていると評価できるのであれば、基準に基づいて算定された対価の額については、原則として、そのまま是認されるべきであろう。

(前掲・L&T67号34~35頁、強調筆者)

手続的要素が充足されていれば、対価の額等の実体面は不合理性の判断に実質的に影響しない、ということは、平成16年改正がなされた頃から言われていたことであるし、35条4項と5項を書き分けている法の規定ぶりからも明らかだろう。

それゆえ、上記の記載は、決して真新しいものではないのだが、法改正から10年以上経っても、知財部の裁判官の中に当時の考え方がきちんと根付いている、ということを明らかにした、という点では、やはり神谷論文の影響力は大きい、と言わざるを得ない。

個人的には、上記引用では略した、

「実際問題としても、手続が不合理といえない程度に適正に履践されているのであれば、通常は、策定された対価算定規程の内容は妥当なものとなっているはずである」(L&T67号34頁)

という前提にはいささか疑問も抱いているところだし*4、「手続面での適正さが不十分な場合」には、結局「個別事案ごとに検討するほかない」(L&T67号・35頁)ということになってしまうのだから、実務サイドとしては「手続面重視」といっても、自ずから「内容面」を気にせざるを得ない*5、とは思うのだが、先にご紹介した各手続的要素に関する解釈と合わせて読むならば、全体としては、この神谷論文の考え方による限り、現行法の下でも、合理的なレベルの実務で十分カバーできる、と言ってよいように思われるのである。

おわりに

神谷論文の最終章では、

「結論は各事案の個別の事情によるところが大きい面があることは否定できない。その点において、平成16年改正後の規定においてもなお予測可能性が低いとの見解もあながち否定し難い面もある」(L&T67号36頁)

と述べつつも、続けて、

「そもそも、どのような制度であっても、改正直後では事例に乏しく、結果の予測がつきにくい事態は避けられないのであって、いまだ事例の集積が進まない中で予測可能性を議論するには時期尚早ではないか、との見解も十分成り立ち得るところである。」(同上)

と述べられている*6

既に、法改正が事実上決まってしまった以上、どうしようもない、と言ってしまえばそれまでなのだが、現行法の手続的要素に関する解釈など、改正法の下でのガイドライン作成や等においても参考になる記述は多いだけに、今後、議論があらぬ方向に向かうようなことがないように、関係の皆様にご一読をお勧めする次第である。

*1:当時のエントリーは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141122/1416940805を参照。

*2:本論文で「改正法」と称されているのは、あくまで平成16年特許法改正により定められた現在の特許法35条の規定である。

*3:もちろん、集団的な枠組みに則って行われた協議によって個々の発明者の権利が十分に守れる保障はないため、発明者保護の観点から協議等の効果をより厳格に解する、という考え方もありうるだろうが、平成16年改正の背景や、実務的な感覚(どんなに徹底して個別協議を行っても、納得しない人は永遠に納得しない等々)からすると、神谷論文のような“割り切り”の発想を採用した方が、世の中はうまく回ると思う。

*4:もっとも、神谷判事は続けて「・・・そのように認定されるべきであろう。」と書かれていて、事実がどうあれ、規範的に「妥当」と認定すべき、という考え方を前面に出されており、そういうことであれば十分理解はできる。

*5:どんなに綿密な手続きを踏んだつもりでも、裁判所の審査を受けるまでは、それがどう評価されるか分からない、という怖さは残るわけだから、実務サイドとしては、内容面についても緻密に検討することで一種の「保険」とせざるを得ない。

*6:裁判官らしく、極めて慎重かつ中立的な言い回しに徹しておられるが、書きぶりを拝見すると、本音ベースでは「今、改正しなくてもいいのに・・・」と考えておられるのではないかな、と思わずにはいられない(邪推かもしれないが。)。

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