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【読書感想】KEEP ON DREAMING 戸田奈津子

リンク先を見る KEEP ON DREAMING 戸田奈津子

内容紹介

映画字幕翻訳の第一人者、戸田奈津子。

生後まもなく戦争で父を亡くし、ずっと母娘二人三脚で生き抜いてきた。

戦争に翻弄された少女時代、激動の昭和に映画を追い続けた青春時代、

字幕翻訳家になる夢を諦めずに努力した20年にも及ぶアルバイト時代、

40歳を超えてから夢を掴み年間50本もの字幕翻訳をこなした洋画黄金時代…。

現在も独身を貫き、大好きな映画とともに生きた彼女、

多くのハリウッドセレブ達との華やかな交遊録も交えながら、その波乱万丈な人生に迫る自伝的エッセイ。

 映画字幕翻訳者の代名詞ともなっている、戸田奈津子さん。

 この本は、戸田さんの長年の友人である映画ライターの金子裕子さんが、戸田さんにインタビューして書籍化したものです。

 戸田さんは「字幕翻訳」をあれだけたくさんされているのだけれど、「自分のことを本にするための文章を書くなんて、まっぴらごめん」だそうで、ちょっと意外な感じがしました。

 

 この本の冒頭では、戸田さんのこれまでの人生が語られています。

 戸田さんが生まれて1年くらいのときにお父様が出征され、そのまま還ることなく亡くなられています。

 でも、戸田さん自身もお母様も、あまり湿っぽく生きてきたわけではなかった。

 当時は「そういうこと」が珍しくない時代だった、ということに、僕は圧倒されてしまいました。

 お母様は、再婚することもなく、仕事をしながら娘の戸田さんを育てていくのですが、戸田さんの仕事が軌道に乗ってからは、一緒に旅行することもよくあったそうです。

 戸田さんは、お母様を看取って、いまはひとり暮らし。

 仕事が楽しかったから、結婚しなかったことは、後悔していない、と語っておられます。

 戸田さんが「字幕翻訳者」を目指したときには、そこに至る道のりは、まったく確立されたものではありませんでした(「狭き門」であるのは、現在も同じかもしれませんが)。

 そんな中、戸田さんは映画字幕翻訳の先駆者・清水俊二さんに教えを乞いながら、少しずつ憧れの映画の世界に近づいていくのです。

 戸田さんが翻訳者としてはじめて「大きな仕事」を任されたのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』だったそうです。

 僕にとっては「なんだか難しい映画だった……」という記憶しかないのですが、戸田さんがこの映画の字幕翻訳者に指名されたのは、通訳としてコッポラ監督に付き添っていたら、監督が「彼女はこの映画の撮影の様子なども含めてよく知っているから、任せてみたら?」と口添えしてくれたからなのです。

 大学を出て、字幕翻訳の大きな仕事が来るまでに、20年経っていたそうです。

 ロバート・デ・ニーロさんが日本にやってきたとき、滞在中のお世話をした話。

 それはもう、悪夢のよう(爆笑)。冗談です。もちろん、とても楽しかったのですが、そもそも私は旅行コーディネーターではありませんからねぇ。予想外のことばかりで悪戦苦闘でした。

 ボブ(ロバート・デ・ニーロ)の秘書からあらかじめリクエストされたのは大型バスを1台。ご一行様はボブ夫妻と3人の男の子。プラス、家庭教師兼アシスタントが2名という構成です。大型バスは日本にもシャンデリア付きのデラックスなものがあるので、これをチャーター。これで荷物は十分、積みきれるだろうと、たかをくくっていたのですが、ほぼ世界を一周して、プライベートジェットでヨーロッパから成田に着いた一家の荷物は大小30個以上! 山のようにあるのです、急きょもう1台。荷物専用のバスを手配し、そのバスがいつでも人間よりも先に目的地に着くように手配しました。

 もちろんバス以外にも、新幹線の切符、宿泊先の予約もぜ~んぶ私が手配。くどいようですが、旅行コーディネーターではないので、どんなに大汗をかいたことか(笑)。

 この本を読んでいると、戸田さんの、さまざまなハリウッドスターたちとの交友関係・信頼関係に驚かされるのですが、ある意味、戸田さんは「スターたちの日本での通訳兼旅行コーディネーター」であり、そこでじかに接して信頼関係を築いたことが、字幕の仕事にもつながっていった、ということがわかります。

 そういう「人脈」と字幕の内容が関係あるのだろうか?とも思うのだけれども、どうせだったら「知っている人、信頼できる人」に仕事を任せたいというのは洋の東西を問わないでしょう。

 いや、率直に言うと、「こんな接待みたいなことをしたり、ハリウッドスターの大名旅行のコーディネートをしないとやっていけない仕事なのか……」と驚いてしまったんですけどね。

 いまの映画翻訳者たちは、戸田さんとは違うスタイルで仕事をしているのかもしれないけれど。

 さまざまなハリウッドスターたちの「素顔」が、この本のなかで紹介されています。

 戸田さんは「大きな作品の主役として、他のキャストやスタッフを引っ張っていけるようなスターというのは、みんな基本的にすごく魅力的な良いひとなのだ」と仰っておられます。

 言われてみれば、確かに、そうなのだろうな、と。

 ロビン・ウイリアムズさんの思い出。

 『いまを生きる』(1990年)の初来日が最初の出会い。

 常にハイテンションで、ジョークを連発する彼の口癖は「Vampires suck on blood but I suck on people's laughs.(吸血鬼は人の血を吸い取るけど、ぼくは人の笑いを吸い取る)」。

 人が笑えば笑うほど、そこからエネルギーを吸い取って、さらに笑わせる。いわば、吸血鬼ならぬ<吸笑鬼>。そんなロビンの通訳は、私も笑いを吸い取られてヘトヘト(笑)。記者会見やインタビューでも、真面目にコメントしていたかと思えば、急におもしろいことを言い出すし、さっき観たテレビの形態模写をはじめたりする。それも前もってネタを考えるのではなく、打てば響くようにその場でジョークやものまねを連発できるのだから、やはり天才としか言いようがないですね。

 とはいえ24時間テンションが上がりっ放しというわけではありません。家族といる時は、さすがに静かにしています。ただ、その中に知らない人間がひとりでも入ってくると、コメディアンの血が大騒ぎして、ついつい芸をしてしまう。ある時「疲れない?」とたずねたら、「それがぼくの幸せだ」と……。

 ああ、ロビン・ウイリアムズさんという人は、ああいうふうにしか生きられなかったのかもしれないな、と、これを読みながら僕は考えていました。

 プライベートでもサービス精神を休めることができないのは、明石家さんまさんみたいだな、とも。

 ちなみに、戸田奈津子さんといえば話題になりがちな「誤訳」については、こう仰っています。

 お叱りや間違いの指摘は真摯に受け止めますが、基本的には気にしないことにしています。ほとんどの指摘が文字数の制限とか、字幕に課せられる制約を理解していないので……。

 たとえば、『E.T.』が公開された時に、1枚の葉書をいただきました。主人公の少年の家は離婚家庭で父親が不在。そこで、少年が、父親の残していったセーターに鼻を埋めて「『シー・ブリーズ』のにおいがする」と言うシーンがあるのです。葉書の内容は、そのシーンについてで、「シー・ブリーズ」という商品名があるのに、字幕をなぜ「オーデコロン」にしたのかというお叱りでした。たしかに、「シー・ブリーズ」のあの香り、または「シー・ブリーズ」をつける男のイメージを知っている人には、許せない字幕でしょう。しかし、当時の日本で「シー・ブリーズ」が何であるかを知っていた人が何人いたでしょうか?それがどういう製品の商品名であるかを知らない大半の観客は、この字幕で「一体、何のこと?」と頭の中に疑問符が浮かび、意識が映画のドラマから離れてしまうのです。

 いやまあ、これって、最近、戸田さんの字幕に対してなされている批判とは、ちょっとズレているような気がするのですが、長年字幕の仕事をやるのには、このくらいの「鈍感力」みたいなものが必要なのかな、とも思えてきます。

 映画と仕事とハリウッドスターを愛し、ごく普通の日本の家庭から、夢の国にたどりついた、ひとりの女性。

 戸田さんの仕事に対して、ついあれこれ言いたくなるのは、僕の嫉妬なのかな、なんて、ちょっと考えたりもするのです。

 でも、デ・ニーロ一家の引率は、あんまりやりたくないな……

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