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国家の将来を左右する人口問題

(1)人口調整問題で後追いの日本

 事業経営に不可欠な要素は「モノ・カネ・ヒト」の3大要素とされ、「モノ」を作るのも「ヒト」、お金を稼ぎ管理するのも「ヒト」であるから、「ヒト」こそが最重要で不可欠な要素であるが、これは国家という組織体の運営にも当てはまることであり、その「量と質」の構成や動向が、その経済や産業活動、国民生活に大きな影響を与え、将来を左右する。

 しかもこの増減や構成比の調整は、短期間で直ぐに改められるものでなく、たとえば、新生児が成人となって就労し社会に進出し労働力人口(満15歳以上の男女人口から通学者、家事専従者、病気や高齢などで働けない者を差し引いた、働ける能力と意思のある者の人口)や、就業人口(上記労働力人口から完全失業者を除いた、現に実際就業し所得を得ている者の数)などとなるには15~20年余を必要とするし、少子化傾向だから子どもを多く産め、逆に多産化傾向だから産むなと国家的に強制することも、高齢者比率が高まったから、これを人為的に早死させて間引くことも許されないので、為政者としては常にこれらの動向に最も強い関心を持ち、先を見抜いて、早めから先手先手の政策や対処を採る最重要事項と考えるべきであろう。

 現に少子高齢化が進むフランスでは、子供を産み育て易い環境作りの重点政策を、逆に人口急増で悩む中国では、国が指導する一定基準数以上の子供を産めば人頭税を課すなどといった政策を実施している。

 そういった面で見ると残念ながらわが国は、明治維新後の富国強兵・殖産振興の近代国家建設や、敗戦後の国家復興過程で、産めよ殖やせよと国家発展の原動力となる人口の総体量や労働力量主体の増加政策に重点を置いてきたし、世界一の長寿国となったことを自慢してきたが、その質や内容としての高学歴化、知識や高度熱練技術の維持・向上、人口年代・性別構成の適正化、急加速する少子・高齢化への先手を打った政策といった面には関心が乏しく、出遅れた感があったといえ、人口構成や質の適正さが緊急改善の重要課題の重要課題となった現在に至ってもなお、後手後手の対応に追われている状態であるといえよう。

(2)「ヒト」の要素面から見た日本の現状

 「ヒト」の要素面から見た現在のわが国の実態を列挙すると、先ず、国土面積が約378千キロ平米で、全世界の陸地面積135百万キロ平米の0.3%に過ぎないが、そこで約12,770万人、全世界人口約64億5000万人の約2%強の国民が生存し、世界で第10位、人口密度では約342人/キロ平米と全世界平均値48人/キロ平米を大きく上回る過密状態で棲息し、GDP(国内総生産)で約43,100億ドル、全世界の約13%とアメリカ、中国に次ぐ世界第3位の経済的成果を得ている。

 「ヒト」の量的面では、徳川幕府の中期には、東西約6km、南北約8km、約50キロ平米の面積の首都江戸の人口が旧都の京都や大阪を上回り、既に100万人超と世界一になり、中央一極集中傾向を示し、その面積の約75%は武家と社寺仏閣の土地が占め、町民地面積は25%に過ぎない狭さで、その人口密度は約27千人/キロ平米、町民宅の面積は約4坪の長屋、世帯人口は5人という密集状態であったとされるが、それでも統制がとれ、民衆の自治や社会秩序が良かったので、来日した先進欧州の宣教師が驚いたといわれ、江戸末期の日本全国人口は3,500万人程度であったとされていた。

 明治維新後は更に人口が急速に増加し、統計調査開始以来、第2次世界大戦時下5年間のマイナス期を除けば、常に毎年1~2%の対前年比増率を示し、とりわけ終戦後は外地からの引き上げ帰国者もあり、平和の持続、概して順調な経済成長、科学・医療技術や衛生など生活環境の進歩もあって、昭和50年の国勢調査では総人口がついに1億人を突破し、それにつれ人口構成も、多子・少死の理想的ピラミッド構造を形成、平均寿命も延び続けてきた。

 それも主要島数約6,850からなる海洋に孤立する島国で、人が住んだり企業活動が可能な可住地面積(総国土面積―森林・原野・湖沼・河川面積)では105千万キロ平米、総国土面積の約28%に過ぎないのだから、可住地面積当たりでは人口・世帯数・事業所数・GNI(国民総所得)などでは、世界有数の高密度に発展しており、識字率、高等教育進学率、義務教育の学力水準、世界の技能オリンピック入賞率や社会公衆道徳など、「ヒト」の質においても優れ、常に「ヒトの質・量」両面で世界の上位に君臨してきたといえる。

 ところが平成年度になってからは、戦後の高度経済成長がバブル破綻も招いて頓挫し、長期的不況期を迎えることとなった上に、成熟経済・社会の到来、過密で狭隘な住宅環境、それに核家族化や家族福祉、離婚率の増大、結婚したがらない成人男女、単身居住世帯の増加などといった国民意識や価値観の変化、国家経済状況、社会生活環境、物質文明発展の一方での過密・競争社会が招くストレスの増大、精神文明の荒廃などがともなって、国家としての人の事情が急変し、特に量的に、かつて体験したことがない人口増加率低下や、質的な人口構成の理想的安定型ピラミッド構造が、中間年齢層がやせ細った砂時計型や、更には明日の国家を担う幼児や青少年より、働けない高齢者数の方が上回るといった不安定な逆ピラミッド型構造を示すようになって、急速に進む「少子・高齢化社会」や「労働力人口の減少」、伝統的な社会的良習、国民意識の変容の深刻さが問題視されるようになった。

(3)有史以来初めて減少に転じた日本の人口問題の将来

 わが国の人口事情は、平成19年の人口約128百万人をピークに、平成20年(西暦2008年)以降は、第2次世界大戦の戦時特殊事情期5年間を除き、ついに有史以来ともいえる人口減少時代に転じた。

 平成20年の総人口は12,770万人、対前年増減率△0.6%、性別構成比は男性48.8%、女性51.2%、年代別構成比は0~14歳13.5%、15~64歳64.5%、65歳以上22.1%、出生児1,108千人、死亡者数1,142千人、社会増減数△45千人であったが、平成22年には、総人口12,720万人(対20年比△50万人)、対前年比増減率△1.7%、性別構成比では男性48.6%、女性51.4%、年代別構成比では~14歳13.0%、15~64歳63.9%、65歳以上23.1%、出生児数935千人、死亡者数1,192千人、平成27年度の推計では、総人口が12,543万人(対20年の7年間比で△227万人)、対前年比増減率△3.4%、性別構成比では男性48.5%、女性51.5%、年代別構成比では0~14歳11.8%、15~64歳61.2%、65歳以上26.9%、出生児数836千人、死亡者数1,314千人となり、人口減少傾向が世界の先進国平均ペースより急速で顕著であることが明らかである。

 将来人口動向予測では、このままの状況で推移すれば、2035年には110百万人台、今から約40年後の2055年には再び1億人を割り込み、総人口8,993万人、対前年増減率△11.4%、男女比は男性47.5%、女性52.5%、年代別構成比で65歳以上人口が40.5%となり、「人口1億人割れ、高齢化率4割時代」が到来することになり、2065年には7千万人台にまで減少、今世紀末頃には最悪5千万人台にまで落ち込みかねず、経済規模の低下を余儀なくされるとの深刻な危機感を抱くこととなった。

 これを受けて日本政府としては、将来も総人口1億人の維持を目指すとの方針を決定したが、ほぼ200年もかけて約5千万人増の1億人超にまで増大させた人口を、国民の意識や価値観、経済・社会の環境が激変した現況の下で、僅か40年程の短期間で、再び約1千500万人程を量的に増加させることが容易に可能なことか、量的回復だけで、わが国の将来の国力や体質が果たしてよくなるものなのか、総人口1億人の回復目標の論理的根拠はどこにあるのか、美味しい料理は少人数で味わって食せよという至言もあるが、限りある日本の領土面積や資源の自給力などからみて、果たして何人の人口が、豊かに食べられ安心して暮らし得る適正な人口といえるのかなどの検討する必要があるのではなかろうか。

 戦国時代の豊富秀吉の太閤検地では、当時はコメの収穫量が富の経済価値であったので、人間一人が一年間に食するコメが一石あれば生きていけるということを基準に、各地の領主の実際の収入高を割り出して正しく再評価をし、何人の家臣や領民が養える経済的実力や、その内の5%がいざの場合の兵力として動員可能なので、その藩の軍事力まで明確に把握したとされる。つまり加賀百万石なら、百万人の家臣や領民を養い、その5%の5万人が兵力として動員できる軍事力と見なし、その他の海産物や金銀・鉱石、材木や特産品などもコメに換算した収益として算出・評価し、それに応じた年貢(租税)の米穀量や、軍事費や兵力の負担を課すという、人間主体で合理的な管理をして、天下を掌握・統治したのである。

 コメの収穫量は通常、一反歩の田圃で約3俵であるから(1俵は約4斗、現在の単位で約60Kg、価格で約6~9万円ということになる)、一反の田のコメの生産量は一石2斗、額は年間約40万円となり、人間一人一年間のコメ消費量を一石(10斗)とすれば、領民一人当たり約一反歩弱の田畑面積が必要、5人家族なら4反の田を耕さねば食っていけないということになる。

(4)人口調査や推計は信頼できるか

 常に筆者が強調していることだが、正しい現状の認識と将来の予見があってこそ、初めて正しい判断と正しい対応行動が取れるので、この手順を間違えないことが大切であり、この正しい認識を誤ると判断を誤り、対応行動も誤ることとなるが、わが国の人口動向の現状認識と予測データの信憑性は如何なるものであろうか。

 わが国行政のための基本的判断資料を提供する人口や産業活動、国民生活の実態調査に関しては、人口や世帯数などの実態の現地実際調査は、5年ごとに実施される国勢調査、産業経済活動の実態については、3年ごとに実施される経済活動実態基礎調査などがあるが、筆者はこの最初の入り口の現地調査の実施段階と、最後の出口の調査結果の分析・評価・判断の最終段階の両方を、自ら実体験した数少ない有言実行の経済評論家の中の一人である。

 人口統計の国勢調査に関しては、日本の全地域の全世帯を、任命された調査員が実際に何度も足を運んで、実在の有無を確認し、調査票を手渡して、回答記入の協力依頼をし、期日に回収をする悉皆実地調査した結果の集計であるから、一部のサンプル調査ではないので、調査対象に洩れはなく、実存数は信用できる。

 但し調査協力依頼に対する回答の記入は、あくまでも被調査者の自主的任意記入であり、調査員がその記入内容に関与することはなく、プライバシーは尊重され厳重に保護されるようになっているが、世帯の構成員数や年齢などは、それほど秘匿する必要性が少ない事項なので記入内容の正確性は高いであろうが、職業や所得などの記入に関しては、税務申告や調査のように立証書類の添付を必要としない、あくまでも任意の協力回答記入であり、記入強制は出来ず、その良識を期待し信用する以外にないこととなるが、それが庶民の生活実態と公的統計資料との乖離感が抱かれる原因となることもあろうが、相互信頼で成り立つものだから、止むを得ない面もあるものの、統計調査への日本人の理解と協力姿勢は概して良く、信用するに足りる。

 調査員の技量と努力次第ともいえるが、調査の回収率も、不在で調査回収不可能な先もいくらかはあるが、国勢調査の回収率は80%を上回り、経済調査などよりは、調査への理解と協力状況、結果の回収、回答記入内容の正確度はずっと良く、信頼に足りる現状の実態調査であるといえる。

 将来の予測に関しては、例えば近未来の労働力人口予測などのように、現在の乳幼児が順調に育てば、年齢を重ね学業を終えて15年後に該当者となるものだから、過去の実績に基づく死亡率を考慮して差し引いても、突然増加したり、急加齢は絶対にありえないので、その正確度が高いものもあり、日本のこれまでの識字率の高さや義務教育水準の優秀さ、遵法姿勢、国政への理解と協力、定住型傾向が強い生活態様からの調査精度、それにわが国統計・予測調査専門家の技能の優秀さなどは、他の先進諸国と比較しても遜色がない高水準なものであり、突発的変動要因は従来より複雑多様化して予測の困難さは増しているが、国際的に見てもある程度は信頼に足りる水準のものといえようし、状況変化への柔軟な対応余力を持てば、活用に値するものといえる。

 人口に関する行政府としての公的推計は、現在、国立社会保障・人口問題研究所が、5年ごとに実施される国勢調査の結果を踏まえて、5年ごとに公表している「日本の将来人口推計」が最も権威あるものといえ、その他に各学者の推計資料なども参考とされる。

 この種の推計に当たっては、さまざま仮定や前提条件などが考慮され、その中でも重視されるのが出生率であるが、これはいかなる最新の大型コンピューターを駆使しても、数値的に確実な定量の正解答が得られるものでなく、人間の意識や家庭の経済事情、居住環境などが複雑に絡み合うので、高め(高位)、中間(中位)、低め(低位)の3項で推計することが恒例となっており、そのいずれを採用するかは、統計資料の活用と判断者の裁量に委ねられる。

 いずれにしろ各種資料のデータの入り口と出口では必ず人間が関与するものであり、為政者の思惑が入り込む余地もあるので、いかなる公的貴重資料の数値も、金科玉条の絶対的なものでないことを理解し、あくまでも参考とすべき情報の一つと考え、その他の関連情報や資料も加味して、総合的に適切に活用して読み取り、判断し、柔軟に対応・処理行動をとることこそが肝要である。

 近年は心理的空間管理学というのが重視されるようになってきた。これは人間も含めた全ての動植物には、それぞれの固体なりに順調に生育・生存しえるだけの適切な空間占有面積(テリトリー)があり、大きな動物には広い面積が必要、狭い小さな島では大きな個体は生棲息し得ないといった自然の掟があり、その一定の密度を超えて過密になると、生存し難く共倒れとなるので、間引いて、適量に復元させようとする自然の作用が働く。まさに「過ぎたるは及ばざるが如し」が自然の摂理であり、このことは密林の新陳代謝や、適度に人為的に耕された自然が文化(Cultureの原意)であること、業界過当競争の結果の間引き衰退と適量の生き残り企業の経営安定、自由な市場競争の結果の適切価格への帰着などといった経験則が教えてくれる。

 人間が心身ともに快適で健全な生活を営むのに必要な最低限の居住スペースは一人当たり約20平米(約6坪、12畳分)の広さだといわれ、地域生活環境では、人口密度では70人/キロ平米だとされているが、これからすると日本は現状では過密過ぎて人間らしく生きるには好ましい社会とはいえない。日本一人口過密な東京都豊島区のそれは約28千人/キロ平米であるにも係わらず、WHOからセーフ・コミュニティーの認定を受けた日本で4市町の中の一つだが、それは多分に地域連帯感が強い下町的風潮と地方行政の制度的整備による表層的な評価の結果であり、防災や防犯、安全で文化的な好環境地域とはとてもいい難い、雑多な繁華副都心の一つ、第二の新宿風俗街歌舞伎町であり、高齢化比率も高く少子化も進み、おばあちゃんの原宿とか、将来は消滅しかねないとも評され、前記の人口過密度は、いかに住宅が高層化したとはいえ、江戸時代の町民地長屋の人口密度と変わらず、一向に進歩していないというのが実態である。

 従ってこの心理的空間管理学的な見地からは、人口の量的絶対値の多少や増減率が問題なのではなく、質的内容の充実に重点を置いて対処すべきであり、快適な社会スペース論からは、一人当たりの性能を向上させ生産性を高め、高付加価値の経済や産業構造への転換を図れば、国土の可住地面積や保有資源の自給自足率、自然環境保護、精神衛生の面からは、むしろ総人口6~7千万人位が日本丸の最適乗船客数といえなくもない。人口問題の適切な対処についっては、真に好ましい国家の政治や経済、国民の幸福に対する価値観や意識革新からの着手が必要であろう。


著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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