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説明責任を果たさない理研に失望した 第46回大宅賞は『捏造の科学者 STAP細胞事件』(須田桃子)

第46回大宅壮一ノンフィクション賞の選考委員会が4月7日(火)午後3時より「日本外国特派員協会」にて開催され、書籍部門は須田桃子さんの『捏造の科学者STAP細胞事件』に決定しました。
選考委員の講評と、受賞者の記者会見の模様をお伝えします。

雑誌部門についてはこちら
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書籍部門受賞者の須田桃子さん。1975年千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)。2001年毎日新聞社入社。水戸支局を経て06年、東京本社科学環境部に配属。11~13年、大阪本社科学環境部。13年から再び東京本社科学環境部。生命科学、再生医療、生殖補助医療、ノーベル賞などを担当。特にiPS細胞(人工多能性幹細胞)については06年の開発発表当初から12年の山中伸弥・京都大学教授のノーベル賞受賞を経て現在まで継続的に取材してきた。

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『捏造の科学者STAP細胞事件』 (須田桃子 著) 「文藝春秋 刊」


司会授賞の記者会見をいたします。まず選考委員の梯(かけはし)久美子さんから経緯についてご講評お願いします。

梯久美子(以下、梯)選考委員を代表してお話しさせていただきます。今回、3作の候補者それぞれに推す選考委員がありまして、最後に受賞作が決まりました。まずは受賞作についてお話をさせていただきます。

世間の注目を集めて社会的にも大きな問題となった事件を、非常に類まれな取材力と文章力で表した、知的でかつ迫真性に満ちたルポルタージュであるということで、最初から非常に高い全員からの評価を受けました。

新聞記者としての取材がベースになってはいるけれども、新聞では書きえなかった背景というのもありますし、人間ドラマも描かれていて、科学技術と社会の関わりですとか、社会の倫理、科学者の倫理、組織と研究者といった現代の社会を考えるに欠かせない大きなテーマに挑んでいる、大きな構想があることと、細部が正確で知り得なかった事実が書かれているということが長所。

科学ジャーナリストの必要性というもの、現代社会でいかにこういう方が必要かということを改めて世の中に知らしめてくれる作品であった、ということが言えます。生命科学に対する理解の深さとか、それを社会の中で位置づけようとする態度などの資質の部分と、伝える技量の確かさ。これは多分、新聞記者として培った部分が大きいと思うけれど、それに加えて一冊の本を読者に対して読ませる力、正確さを損なわずにドラマとして構成する力、作家として優れた力をお持ちだということが評価されました。科学本ということで単なる解説本や啓蒙のための本ではなくて、臨場感のある非常に優れたルポルタージュになっている。

著者個人の思いと言うのも最低限入っていて、それが書きすぎない程度に、でもきちんと要所要所を押さえられていて、バランスも非常に取れていると思いました。

この事件に対する読者が知りたい事、なかなか新聞やテレビ報道ではわからないことを、わかりやすく説明してくれたということに留まらず、「人間が引き起こした事件である」ということが見えてくる。そこが大きな魅力だと思います。

主要な人物のほぼすべてとメールも含めて直接やり取りしており、それ以外にも匿名の情報提供者がいて、科学者コミュニティーにいる優れた科学者の人たちの意見とか知見とかをキチンと聞いて、このことだけでもこれまで科学記者として仕事してこられたことの成果が出ている。非常にリアリティがありますし、さきほど申し上げた「人間が起こした事件」だということが見えてくるのではないかと思っています。

捏造ということが決定的になっていくプロセスが、非常に臨場感を持ってドラマチックに描かれているけれども、それがわかっていくにつれて、人間というものの不可解が浮かび上がって来て、中心人物は小保方晴子さんという方ですけれども、周りの方たちの人間性や考え方、どのように行動や発言をしたとかが浮かび上がって来るにつれて、その中心にいるはずの、中心人物の持つわからなさというか、不気味さと言ってもいいのではないかと思うのですけれども、それが自然と浮かび上がってくる。単なる解説本ではなくて、人間とはどういうものかという不可思議さみたいなものが伝わってくるものであると思いました。

リークといいますか、匿名情報提供者の色んな情報にも負って記事を書いていらっしゃるわけですけれども、それをどこでどのように書くかというのも重要な問題で、経験や知性、リスクを負うという一定の決断が必要だったのではないか。重要な情報を死蔵させないという大変強い意志、知った者の責任を果たしている姿勢も作品の中で見られる、という意見も出ました。

全体的に非常に正確でよくわかり、かつドラマもあり、筆力というものも、前に進んで読ませる、次をも読みたいと思わせる力があるということで、受賞作にふさわしいのではないかということになりました。それが選考の経過と授賞理由ということになります。

候補作がいずれも新聞記者の作品となったことについて

司会それでは質問を受け付けます。

――今回の候補作が3作品とも新聞記者のものですが、どういう意見が出ていたのか?

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選考委員の梯久美子さん

特に新聞記者を意識したわけではなく、3名ともたまたま新聞記者だねという感じで、それが最近のノンフィクションの傾向だという話にはなりませんでした。新聞記者としての取材・執筆活動をベースとしていながらも、それぞれまったく違う作品が出来上がったなという感じがします。尾崎真理子さんの『ひみつの王国 ―評伝石井桃子』(新潮社刊)は、記者としてインタビューしたことが核にはあるが非常に地道な文献やインタビューの作業を通して、作品として大変すばらしいものをお書きになったと思います。川名壮志さんの『謝るなら、いつでもおいで』(集英社刊)は、当事者のごく近くにいて見ていたことを、あるていど時間が経ってから書いている、そのことのよさが出ているという指摘もありました。新聞記者としての仕事がベースになりつつも、それぞれテーマもタイプも違う作品であるということです。

2つの作品について少しお話しします。

『ひみつの王国』については、非常にすぐれた作品であるということは全員が認めるところ。取材や調査が行き届いていて、文章と構成も言うことのない、良質の力作、労作であるということですね。石井桃子という方は大作家ではありますけれども、今まで大きな評伝が出ていなかったということで、これからの石井桃子、あるいは戦中、戦前、戦後の児童文学における基礎的文献になる仕事をなさったのではないか。ただ、非常に優れた作品で、賞を取るのに値するのだけれども、文芸批評の作品により近いのではないかという意見がいくつか出ました。

石井桃子さんについて『ノンちゃん雲に乗る』の著者、『クマのプーさん』の翻訳者であるとか、基礎的知識がないとわかりづらいところがありまして、文芸評論として文芸分野に詳しい方や興味がある方に向けて書かれているのではないかという意見が出ました。

戦時中の戦争協力に触れて、当時彼女が書いた今まで知られていなかった作品を掲載したという意義は大きいと思います。

ファンタジーの作家ということで、異常な世界に惹かれる人だったのではないかと。幻視の経験、普通の人には見えないものが見えてしまうような経験をしたことがあることが取り上げられていて、興味深かったが、もうちょっと深く踏みこんでほしかった。ご本人が知られたくなかったであろうことに、もう一歩も二歩も踏み込んで欲しかったという意見も出ました。

これは私の感想なんですけれども、ひとりの作家の初めての本格評伝であるという価値以上に、女性でしかも児童文学者ということで文壇では傍流にある作家。この方のことを時代背景も含めて取り上げたことで、初めて見えてくるものもあるなと感じました。女性が自分の才能を活かして生きていくことをテーマに戦中・戦後の混乱の時代を背景にして、非常に説得力がある。主役は石井桃子さんですが、群像劇のように周りにいた女性たちで大きな作品を残すことなく亡くなって行った方々についても触れられていることに大きな感銘を受けました。

それから、川名壮志さんの『謝るなら、いつでもおいで』(集英社刊)は、あるていど時間が経ってから書かれた話で、これを推す肯定的な意見としては、さんざん報道された記事とはまったく違うもので、かなり個人的なところに寄った視点で、当時誰も書かなかったものをわかりやすい文体で書いた、非常に価値のあるいい作品だという意見が出ました。

後半に、被害者の父と兄、加害者の父が出てきますけれども、被害者の父と兄に関して論評を交えずにずっと1人称で、聞き書きの形になっている。ここが非常に良かったという人と、ここが良くなかったという人に意見がわかれました。記者の論評を交えないところが今までにはなかったことだし魅力的だというお話と、書きっぱなしといいますか、これだけの長さのものを、著者のコメントとか、どんな質問をして答が返ってきたのかといったやり取りを一切なしに書いてしまうのはノンフィクションの作品性ということから言ってもどうなのか、ということが賛否わかれたところだった。

――川名さんについて。新聞記者でありながら新聞社を批判したり、「これは私が取材しました」と見えるような場面もあったが。

一言で言うとあまりリスクを負っていない。新聞記者としていうきれい事というとなんですが、その立場で書いている部分がある。同僚から批判されるシーンもありますが、それも言い訳というか。新聞記者と上司と部下である葛藤そのもの、気持ちは書かれているが、単なる感想とか思いではなくて、作品であるからにはもう一歩踏みこんで考察して書くべきではないかという意見がありました。

少年法の問題や14歳以下の児童については、施設に行っても加害者と被害者が区別されずに扱われるとか、精神鑑定は前提とされていないとか、色んなテーマが出てくるが特に深めることもなく、こういうのもあるよあるよという感じで流していっているということが、他でさんざん書かれているから必要ないという意見とちょっと食い足りないという意見も出ました。

――科学ジャーナリストの必要性について、今回の授賞をきっかけに、たとえば選考の中で今の日本社会において科学ジャーナリストが必要だという話があったのか。

その話は前提となっておりました。こういう事件が起こってくると、明らかにクローズアップされてきますね、と。特に、理研に関する批判というのはさまざまになされたわけですけど、これを読んでいくと、ああこういう理由で、こういうところが理研は批判されるべきだったんだなと体系立てて理解出来る。

科学的な知見や資質を持っていることと、これまでのお仕事の中でも人脈と言いますか、科学者コミュニティーの中で科学者自身に著者が評価されていて、この人にならば、という風に情報提供する方がいたと。この著者がいなければ表に出なかった情報かもしれない。それを私たちが見て知って判断出来るのは、そういう立場の資質があり経験がある人間として信頼され、筆力もある方がいたから。

いわゆるリークという匿名で来た情報を、いつどのように発表するかというのも難しいですし、そこには決断力と判断力と勇気がいる。そういうものを備えたジャーナリストというものが、これから科学というものが複雑になってくると言う中で必要ではないか。

最近の科学技術というものが細分化されていて、この論文に名を連ねた人でも全体像がわかっていないというのは、私たち素人にとっては驚くべきことだった。そういうこと自体を世間に伝えるということもありますし、専門性はなくてもこのプロジェクトをあるていど俯瞰の位置で見られるような知識と見識がある人がジャーナリストにいるということが、科学界にとっても非常に重要なのではないか。

事件の背景にあった基礎研究の軽視や成果主義の予算配分

司会梯さん、ありがとうございました。続いて受賞者の須田桃子さんの会見に移ります。

最初に須田さん、一言、ご感想をお願いいたします。

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須田桃子(以下、須田)私にとっては、自分で一冊の本を出すということ自体が初めてで、そのこと自体が光栄で、すごく嬉しいことでしたので、この本がたくさんの人に読んでいただけて、また、こんなに大きな歴史のある賞をいただけたということが、本当に信じられないような、ちょっと夢を見ているような気分です。

司会質問のある方は挙手をお願いします。

――梯さんの論評の中で科学ジャーナリストという表現がたくさんありましたが、須田さんにとって、科学ジャーナリストの目指すべき像は?

須田研究者と同じように、そのものを深く理解するというのは実は不可能だと思っているんですね。研究を自分でしている人でないとなかなかその真髄までは理解出来ないんですけれども、ただ、私はいつも新聞記者として仕事をしているときに、本当にすべてを正確に細部まで理解は出来なくても、正しいイメージを把握して分りやすく伝えるということを心がけています。

結局、新聞の紙面にしても、本だったらたくさん文字が書けるんですけれども、それでもすべてを正確に表現し切ることは多分出来ないと思っているんですが、正確なイメージを捉えて、伝えていくことなら自分でも出来るかもしれないと思って、いつも仕事をしています。

――正確なイメージというのは大づかみの全体像ということでしょうか?

須田そうですね、大づかみの全体像というのは、あるひとつの成果があったときに、それが科学史においてどういう意義づけができるか、意味を持つかを理解することはまず最初だと思います。そこに起きている、科学現象を自分なりに理解して、正確さという意味では研究者と同じレベルでは出来ないと思っているが、科学ジャーナリストなりの理解の仕方があって、専門家ではない読者に伝えるための技術はあると思っている。私もまだ未熟なところはたくさんあるんですが、日々努力をしているところです。

――本の最後に国の科学技術予算の配分の問題点について書いてありますが、今回の事件を受けて科学政策で今後考えていきたいことは?

須田まさにSTAPの取材をしている過程で、STAP事件の背景には、基礎研究を軽視するような、また出口思考とか成果主義の科学予算の配分があったんじゃないかということを感じていたんですが、実際にどのように科学研究費が配分されているのか、具体的に誰がどうやってというところは取材していきたいと思っています。

――執筆中に、同じ早稲田の先輩として小保方さんへの怒りですとか、科学をないがしろにした小保方さんに対する個人的な感情というものはお感じになりましたでしょうか?

須田分野が違うこともあり、早稲田出身というところではなかったです。ただ、小保方さんは説明責任を果たしてほしいとはずっと思っていて、4月の会見以降、公の場で質問に答えるという場がなかったので、2本の論文の責任著者である彼女の説明責任を果たしていないんじゃないかと思っていました。

先日の野依理事長の記者会見のときも、「説明責任を果たしたと思いますか?」という質問をしたのですが、ずっとその思いはこの1年間ありました。

小保方さんに対してというよりも、早稲田大学に対しての怒りはすごくありました。小保方さんの博士論文の扱いについて、ちょっと異常な判断だなぁと思ったので、そこは卒業生としての怒りはもちろんありました。

取材班全体の仕事が評価された受賞

――新聞記者だと、普段忙しくてなかなか原稿を書く時間がないと思いますけれども、どんな時間に原稿を書こうと思われたのか。新聞記者は紙面で勝負するというのがあると思うんですけど、その上で本を書きたいと思った動機をお答えください。

須田最後の質問からお答えすると、7月に文藝春秋からお話をいただいたことがきっかけ。新聞記者は紙面で勝負するというのが一義的にあるので、本を書いている途中も紙面で勝負していたつもりです。

ただ、新聞紙面は本当に文字数が限られていて、取材したことの十分の一、何十分の一くらいしか書けないということが日々あるので、取材の過程で、新聞記事で書ききれなかったこと、だけれども自分ですごくおもしろいと思ったり、これはぜひ伝えたいと思っていたことはたまっていたので。それを表現出来る場を与えていただけたことはすごく感謝しています。

また、今回STAPの本をつくるときに、作家の白石一文さんが毎日新聞を購読してくださっていて、私の名前を挙げてくださったそうなんです。白石さんにはまだお目にかかったことはないですが、こういうきっかけ、機会をつくってくださったことにすごく感謝しています。

毎週1章ずつ書いていたんですけれど、私にはハードなスケジュールで仕事以外の家にいる時間や週末だけではスケジュール内に書き終えることが出来なくて、昼間の勤務時間内でもかなりの時間を割くことを許していただいた。そこは本当に、同僚の皆さん、上司にすごく感謝しています。

――理研やSTAPの取材は今もされているんですか?

ほぼSTAPの事件は幕引きが図られてしまったので、今現在、リアルタイムで取材していることはすごく少ないんですが、続けてはいます。

――理研が新しい体制になったので印象を。

須田松本理事長の就任会見は取材出来なかったので、直接の感想は言えないのですが、野依さんの記者会見のときはこの1年続けていた取材での、理研への失望感が上塗りされた気がしました。

STAP事件が著しく科学への信頼を損なったことに、私は科学を愛する者の1人として非常に憤りを感じながら取材していたんです。その原因というのは、単に虚構の論文が世に出てしまったということだけではなくて、虚構かもしれないという疑義が噴出している中での理研の対応の悪さにあったと思っています。

一流の研究者が集っているはずの、日本の最高峰であるはずの研究機関がこういう対応をするのかというところで、科学者コミュニティーだけでなく社会全体の失望を招いたと思っています。

司会須田さん最後に一言。

須田先ほど梯さんの選評を感動しながら聞いていました。重要な情報を死蔵させないという姿勢も評価していただいたんですが、そこは私ひとりの判断ではなくて、同僚や中心となったデスクの判断。いつ出すか、出す意義について常に議論しながら仕事をしてきたので、そういう意味では、取材班全体の仕事を評価していただけたと思っています。そういう職場で、尊敬出来る同僚や先輩と働けていることを改めて幸せに思いました。

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授賞決定の翌日、書籍部門受賞者の須田桃子さん(左)と、雑誌部門受賞者の安田浩一さん(右)

画像を見る 捏造の科学者STAP細胞事件
須田桃子・著 文藝春秋・刊

定価:本体1,600円+税発売日:2015年01月07日
詳しい内容はこちら

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