記事

【読書感想】池上彰の「経済学」講義 歴史編 戦後70年 世界経済の歩み

2/2

 読んでいて興味深かったのは、池上さんが現在、2015年の視点から、それぞれの時代を観るだけではなく、「当時の人は、その時代をどう観て、感じていたか」ということを伝えようとしていることでした。

 東京オリンピックが1964年(昭和39)年に開かれました。その前に、これからは外国からのお客さまを迎え入れるのだから、町をきれいにしようという一大運動が起こりました。町じゅうでそこらにぺっぺっと痰を吐かないように、という一大キャンペーンです。国鉄の各駅のホームには、白い陶磁器の痰壷というのが置かれて、「痰はここに吐きましょう」という一大キャンペーンがありました。信じられないでしょう? みんな、ゴミは道路にポイポイ捨てていたのですね。ゴミは道路に捨てるのが当たり前の状態。それが1964年、外国からお客さまが来るときに、町じゅうゴミだらけではみっともない。ゴミは町に捨てないようにちゃんと持ち帰りましょう、あるいはゴミ箱に捨てましょうという一大キャンペーンが張られ、やがて日本全国、町がきれいになっていったのです。

 いまでこそみなさんは当たり前、日本は昔からそうだと思っているかもしれませんが、そうじゃないのですね。高度経済成長、とりわけ東京オリンピックをきっかけに、日本は劇的に変わり、人々の意識も変わっていったのです。

 九州で生活していると、東アジア、とりわけ中国からの観光客のトイレでのマナーの悪さ、みたいな話をよく耳にすることがあるのです。

 それに比べて、日本人は清潔好き、きれい好き、だと思い込んでいたのですが、一昔前の日本人も、そんなに立派なものではなかったんですね。

 「痰壷」なんて、それを「処理」する際の光景を想像しただけで気分が悪くなってきます(わざわざ想像するな、という話ではありますが)。

 いま、「あの国の人たちは……」と日本人が批判している人たちは、「まだこれから衛生観念が進んでくる段階の人たち」であり、「日本人と違うわけではなく、ちょっと遅れてやってきているだけ」なのです。

 中国の大気汚染についても、「日本でも公害病が起こっていたが、その被害の深刻さが明らかになるまでは、『工場の煙は日本の発展の証』だとポジティブにとらえられていた」ことと対比されています。

 そして、「だからこそ、先に公害による大きな犠牲を経験した日本にできることがあるのではないか」とも。

 歴史を学ぶというのは、民族や文化、言語の「違い」を知るだけではなくて、「人間というのは、さまざまな違いがあっても、けっこう同じようなことをしてきた」というのを学ぶことでもあります。

 この講義を読んで、池上さんは「経済理論」よりも、「経済学にはさまざまな考え方があるけれど、結局のところ、経済を動かしているのは人間の曖昧な『気分』という面がある」ことを伝えたいのではないか、と僕は思いました。

 「経済」に対して、人類はずっと試行錯誤を続けていて、いまだに「正解」を見つけることができない、ということも。

 資本主義が共産主義に勝ったというのは歴史的事実だけれども、それは、資本主義が理論としてすぐれていたというより、「人間は、みんな平等の分け前しか与えられない世界では、いかにして手を抜くかしか考えなくなってしまう生き物なのだ」ということが証明された、という悲しい現実なのです。

 人間が「似たようなもの」であるからこそ、「システムによる違い」というのは際立ってくるのです。

 東ドイツでつくられていた『トラバント』という自動車が例としてあげられています。

 ドイツは、第2次世界大戦後、東西に分かれましたよね。西ドイツは資本主義の国でした。だから自動車でいえば、フォルクスワーゲン、あるいはベンツやBMW、大手の企業が、激しい競争をすることで、新しい技術がどんどん開発されていくわけです。そして、世界中にベンツやフォルクスワーゲン、BMWが溢れるようになりました。その同じドイツの国民が、東ドイツ側では、このトラバントをつくり続けていたというわけです。この車は、中を見ると、一部段ボールが使われています。段ボールですよ。いろいろな加工で鉄などが難しいからといって、段ボールを使っていたとはね……。

 もともと同じドイツの国民だったのに、資本主義の西ドイツと、社会主義の東ドイツには、1989年のベルリンの壁崩壊の時点で、ここまでの差がついてしまっていたのです。

 いやしかし、車に段ボールなんて、それはそれで、よくやったというか何というか……

 もともと同じ国民なわけですから、資質にそんなに違いがあるはずがない。

 でも、環境によって、生み出されるものは、こんなに変わってしまうのです。

 そう考えると、「経済政策」というのは、「正解がない」ように見えますが、「違い」は確実に出てくるものなのでしょう。

 人間が「共産主義」を完璧に運用できれば、幸せだったのかもしれないけれど。

 「みんな平等」だとやる気を失う人が大多数だし、「格差」が大きくなりすぎると、社会不安は増大するし、多くの人が諦めてしまう。

 

「経済学」になかなか興味が持てない人のための、「経済入門」として、おすすめしたい本です。

あわせて読みたい

「池上彰」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    テレビ劣化させる正義クレーマー

    放送作家の徹夜は2日まで

  2. 2

    立民党はなぜ全く期待できないか

    宇佐美典也

  3. 3

    4連敗の巨人 原監督に欠けた潔さ

    NEWSポストセブン

  4. 4

    投資家がマイホームのリスク指摘

    内藤忍

  5. 5

    社民党を食いつぶした福島瑞穂氏

    文春オンライン

  6. 6

    相次ぐ遅刻 憲法を軽んじる自民

    大串博志

  7. 7

    医師「感染対策は経験を生かせ」

    中村ゆきつぐ

  8. 8

    もともと余裕ない医療 医師嘆き

    中村ゆきつぐ

  9. 9

    トヨタが学校推薦を廃止した衝撃

    城繁幸

  10. 10

    豊洲市場 なぜクラスター認めぬ?

    NEWSポストセブン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。