- 2015年04月22日 00:00
冷戦回帰するロシアと身動きが取れない欧米 - 岡崎研究所
ワシントン・ポスト紙コラムニストのイグネイシャスが、3月17日付同紙コラムにて、ロシアは冷戦後秩序に対して挑戦しているが、西側の対応にはロシアの脅威に立ち向かう決意が欠けている、と論じています。
すなわち、「冷戦」という言葉が戻ってきた。プーチンは、今や冷戦後秩序に挑戦している。米ロ関係は1980年代の対決に戻ったかのようである。プーチンの行動はNATO創設に至った懸念に火をつけた。現在、不幸にしてロシアの脅威と戦う西側の決意は弱い。
オバマ政権の中には不一致がある。カーター国防長官とデンプシー統合参謀議長はウクライナへの致死的兵器供与に賛成であるが、オバマはロシアの行動の封じ込めと、イラン核問題とシリア問題でのロシアの協力獲得の板挟みになっているようである。
プーチンは昨年のクリミア併合時に、冷戦時代のように核戦力を警戒態勢にした。ウクライナ紛争が統制不能になる危険があることを示している。また、ロシアは図上演習でカリーニングラードにミサイルを、クリミアに核搭載可能爆撃機を送ったと発表した。
冷戦時代の軍備管理プロセスは逆回転しだしたようである。モスクワは欧州通常兵器条約(CFE)の協議から撤退し、核兵器削減協議も拒否している。もっとも懸念されるのは中距離核戦力条約(INF)が崩壊してきていることである。昨年7月、米国はロシアが条約に違反した地上発射巡航ミサイルを試験したと非難、ロシアも米国こそ違反したと反発した。カーター国防長官はロシアがINFを遵守しない場合、軍事的措置を考慮すると述べた。
INF条約(SS20とパーシング配備を相互に止めた)は冷戦終結への重要な一歩であったから、その崩壊には特別の意味がある。
プーチンは通常の軍事行動より情報工作に近い戦術(たとえば東部ウクライナでの分離派への武器供与)を使った。「ハイブリッド」戦争と言われるこのアプローチは米国やNATO諸国を当惑させた。ウクライナはNATO加盟国ではない。米国は加盟国が攻撃されれば、NATO条約5条に従い武力行使するとしているが、もしウクライナでのような破壊工作が行われた時にはどうするのか。たとえばバルト諸国でロシア語を話す分離主義者が領土をとったら、ロシアを攻撃するのか。議論の必要がある。
NATOは政治的な意思があるとして、有効な対応をする軍事能力があるのか。米は冷戦後欧州兵力を削減、欧州諸国は戦力増強の約束を、英を含め実施していない。
抑止の筋力は退化した。集団自衛が何を意味するのか、NATOは忘れたのかもしれない、と述べています。
出典:David Ignatius,‘Back to the future in Putin’s Europe’(Washington Post, March 17, 2015)
http://www.washingtonpost.com/opinions/back-to-the-future-in-putins-europe/2015/03/17/6c8dbb94-cce9-11e4-8c54-ffb5ba6f2f69_story.html
* * *
イグネイシャスの指摘は、おおむね的を射ています。ロシアに武力行使の用意があり、西側が事態の平和的沈静化を求めるとの非対称性がある限り、西側は押されて、後退する一方となります。経済制裁は軍事力の代替にはなりません。ウクライナへの致死的兵器の供給に踏み切る時が来たように思われます。
プーチンは機会主義者であると見るべきです。つまり、機会があれば押し、抵抗が強いと引っ込むのが彼のやり方です。バルト諸国への圧力、カリーニングラードでの軍事活動を見ると、プーチンには、そういう傾向があります。クリミアをとれば満足するとか、東部ウクライナを実質的支配下に置けば満足するとは思われません。
致死的兵器の供与はロシアからのさらなる攻撃を誘発するとの批判があります。確かに、そういう面はあるかもしれませんが、その危険と今の傾向を放置した時に出てくる危険を比較すると、前者の方が小さいでしょう。今の情勢を放置すれば、より大きな戦争になってしまう危険があります。ロシアの脅威には今明確に対峙する方がよいでしょう。ロシアが反発すれば、それに見合う対応でやり返すほかありません。
INF条約は冷戦終結に大きな役割を果たしました。これが崩壊することの意味はイグネイシャスの言う通り重大ですが、中国が中距離核ミサイルを増やす中、米ロだけ自制するのは問題というロシアの主張も全く理不尽というわけでもありません。条約は順守しつつ、今後どうするかを米ロで話し合う必要はあるでしょう。
NATO軍とロシア軍が対決した場合、いまでもNATO軍の方が優位です。その点、イグネイシャスのNATO軍の能力評価は低すぎます。軍事費でもNATO諸国がロシアを大きく凌駕しています。国民の理解を含む、ロシアへの脅威に対抗する政治的意思の有無が一番の問題でしょう。
ロシアというのは臆病なところもある国です。力関係の計算に長けた国で、強く出れば引っ込み、自爆攻撃するような国ではなく、そういう国民意識もありません。
オバマがイラン核交渉、シリア情勢で対ロ配慮を必要としていると考えているのであれば、それはピント外れと言わざるを得ません。
【関連記事】・今こそ、北方領土四島一括返還 最後のチャンスだ
・効果に乏しい欧米の対露制裁 拍車をかける中国
・最初からロシアは目論んでいた?ウクライナ「連邦化」シナリオ
・プーチンが西側に仕掛ける戦争に覚悟をもって対応せよ
・「西側が仕掛ける新しい戦争」?ロシアの新軍事ドクトリン
- WEDGE Infinity
- 月刊誌「Wedge」のウェブ版