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「養子の日」(4月4日)に思う


衝撃の生い立ち サヘル・ローズさん
特別養子縁組 SIBにも期待


 特別養子縁組の普及に向け4月に開催された企画で強く印象に残った点がふたつある。ひとつは「養子の日」の4月4日、日本財団などが東京・渋谷で開催したイベント「すべての赤ちゃんに温かい家庭を」でイラン出身の女優サヘル・ローズさんが語った「母と子」の壮烈な人生。もう一つはソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)を活用して養子縁組の促進を目指す日本財団と神奈川県横須賀市のパイロット事業=4月15日に調印=に対する期待だ。

 まずサヘルさんの生い立ち。2008年に出版されたサヘルさんの自叙伝「戦場から女優へ」や多彩な女優・タレント活動をめぐるWeb上の関連記事などで「知る人ぞ知る」話のようだが、関連記事で本人が「もしかしたら、これは作り話じゃないの、と思われる方がいるかもしれない」と語っているように、初めて聞いた筆者には驚きであり衝撃であった。

▼母となる女性との奇跡の出会い

 当日の本人のスピーチなどを基に再現すると、サヘルさんの「これまで」は概略、以下のようになる。

 イラン・イラク戦争さなかの1989年、サヘルさんが住んでいたイラク国境近くの村はイラク軍の空爆を受け、土を塗り固めて乾燥させただけの生家は全壊、一緒に住んでいた両親と11人の兄姉は全員死亡し、瓦礫の下で奇跡的に生き延びたサヘルさんは爆撃から4日後、テヘランから駆け付けた救助隊に救出された。

瓦礫の中から、わずかにのぞくサヘルさんの小さな手に気付いたのが、救助隊にボランティアとして参加していたテヘラン大学生フローラ・ジャスミンさん、後にサヘルさんの母となる女性だった。4歳で孤児院へ。当時の名はナイゲス。孤児院では週1回、孤児たちが、きれいな服を着て一列に並び、大人の面接を受けた。「養子にするための一種のオーディション。皆がライバルで、取り残されるとペットショップで売れ残った心境だった」(サヘルさん)。

3年間、引き取り手がなかったが、7歳の時、孤児院のテレビコマーシャルに出演する機会があり、これを見たフローラさんがサヘルさんに気付き孤児院に。フローラさんに向かって「お母さん」と呼ぶサヘルさんを見て、引き取る決意を固めた。しかしフローラさんの実家は身分が高く「家柄に傷がつく」と勘当され、苦難の生活が始まる。

婚約者が日本にいたことからフローラさんは8歳になったサヘルさんを連れ日本に。しかし婚約者との生活は程なく破たんし二人は一時期ホームレスの生活も。赤貧の生活の中で試食コーナーの食べ歩き、サヘルさんは入学先の埼玉県の小学校でいじめも体験した。

見かねた小学校の給食担当の女性が食事の提供やアパートを紹介し、フローラさんもイラン人が経営するペルシャ絨毯の会社に職を得て苦しいながらも次第に生活も安定、サヘルさんも都立高校に進み、タレントとしてラジオやテレビでの活躍の場を広げた。

空爆で一人取り残されたサヘルさんに生年月日や本名の記憶はなく、「サヘル・ローズ」はフローラさんの命名、アラビア語で「砂漠のバラ」といった意味という。イランでは子供の引き取りを認める条件の一つに「子どもを産めない」の1項があり、フローラさんがサヘルさんの引き取りに当たり闇の病院で “子供を産めない体”になったことをサヘルさんは18歳になって初めて知る。

「私がいなかったら母は普通の結婚をして家族を持っただろう。母の人生を台無しにした」、「彼女のお陰で私の今がある」、「母と出会って夢を持つことができた」―講演のスピーチでもサヘルさんの口から「母」に対する感謝の言葉が何回も出た。

 当のフローラさんはその後、両親との関係も修復し、年に一度はイランにも帰国、「多くの人が助けてくれた日本で最期を迎えたい」とも語っているという。サヘルさんの夢はイランでの児童養護施設「サヘルの家」の建設とオスカー賞を受賞して母に手渡すことだという。

▼“お帰り”と言ってくれる人がいる幸せ

 一方、SIBは2010年に英国で開発され、民間投資を活用して社会課題に取り組み、一定の成果が挙がれば行政が投資家に利子を付けて事業費を償還する仕組み。現在、米国やカナダ、オーストラリア、韓国などで取り組まれているが、歴史が浅く、具体的な成果の報告例はまだないようだが、尽きるところ、民の活力を利用して良質なサービスを実現する一方で、国や自治体の負担の軽減を図る手法と理解する。

今回は日本財団が資金を提供し、養子縁組に取り組む一般社団法人が来春までに計4件の特別養子縁組の実現を目指す。現実にSIBの手法でこうした問題の解決が可能か、実験的に取り組むのが狙い。広く軌道に乗れば、「公」の財政が悪化する中、社会課題の新しい解決法になると期待する。

優良な投資家と事業の実施主体となる団体の確保がカギとなろうが、特に後者は近年、日本でも確実に活動団体が増えている。特別養子縁組に限って言えば、日本では乳児院と社会養護施設で3万人を超す子供が暮らし、一方で養子縁組を求める夫婦が1万組も存在する。

乳児院や児童養護施設の職員が日々、努力しているのは理解するが、子供が「母」の元で暮らすのが何よりも幸せであるのは言うまでもない。ましてサヘルさんが生まれた中東では複雑な政治情勢の中、サヘルさんと同様、あるいはそれ以上に過酷な運命に翻弄されている子供たちが多数いる。

 サヘルさんは「家に帰った時“お帰り”と言ってくれる母がいる幸せ」との表現で母の存在の大きさを語っている。サヘルさんの夢の実現とともに、特別養子縁組の分野でも、SIBの手法が確実に成果を上げる日を期待したい。(了)

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