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「ハンセン病制圧活動記」その27―インド・ハンセン病制圧活動 訪問記―

大島青松園機関誌『青松』
2015年3・4号


2014年11月17日から25日の日程で、インド中部のウッタル・プラデーシュ州と首都デリーを訪問しました。ハンセン病回復者の生活改善のための政策を州や中央政府の要人らに訴えることと、ダライ・ラマ師と共同設立した奨学金の記者会見の開催、ハンセン病の病気をなくしていくための医療面における対策強化の促進が主な目的です。インドにはこれまで50回以上訪問していますが、今年3月以来8ヶ月ぶり、ウッタル・プラデーシュ州は昨年10月以来1年ぶりの訪問です。

インドは、世界保健機関(WHO)が定めるハンセン病制圧基準(人口1万人あたりの罹患率が1人未満)を2005年末に達成しており、2014年3月現在の1万人あたりの罹患率は0.68となっています。とはいえ、人口約12億人のインドでは、毎年約12万6千人もの人々が新たにハンセン病と診断されており、世界の新規患者数のうち59%もの割合をインドが占めています。そのインドの中でも最も患者数が多いのが、今回訪問したウッタル・プラデーシュ州で、2013年の1年間で22,565人もの方が新たにハンセン病に罹っています。世界で2番目に患者数の多いブラジルの3万1千人に次ぐ数で、3番目に多いインドネシアの1万6千人をはるかに超えています。同州は人口2億1千万人とインド最大の州で、いわば一つの大国のような規模なのです。

初日の深夜、デリーに到着し、空港内ホテルに宿泊した翌18日朝、ウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウに飛行機で移動しました。空港では、インド・ハンセン病回復者協会(APAL)のナルサッパ会長とアドバイザーのウダイ・タカール氏、州回復者組織のダヤル・プラサッド代表と副代表のムラリ・シンハ氏が出迎えてくれました。闘いの同志であり兄弟である彼らと会うと、「インドに来た」という実感が増します。早速、彼らを連れて、州政府保健省の事務方トップであるアーヴィンド・クマール保健次官と面談を行いました。クマール次官は「人口2億人に比べると2万人の患者数は多いとは言えず、ハンセン病が州の公衆衛生において注目されているわけではありません。全ての県にハンセン病の担当官が配置されているわけではなく兼任もいます」と率直に話をされました。私からは、同州がインドで最も多い患者数を抱えていることを指摘し、「ハンセン病の担当官を増やし、全ての県において配置していただきたい」と訴えました。

その後、州政府のトップであるアキレシュ・ヤダヴ州首相とも面談を行いました。ヤダヴ州首相は、日本財団の姉妹団体である笹川平和財団が行っている日印国会議員交流で10年前に日本に来てもらった方です。先ほど面会した保健次官も同席していたので、ハンセン病対策が同州で進められていることに感謝を述べるとともに、改めて「全ての県にハンセン病担当官を配置していただきたい。そうすれば、患者数が今は2万人なのが、1万人にも5千人にも減らすことが可能です」と訴えました。また、「回復者のなかには物乞いを余儀なくされている方も多い。働ける方には起業支援を行っているが、高齢で障害のある回復者には年金を支給していただきたい。ビハール州では月1800ルピー(約3600円)のハンセン病回復者年金が支給されるようになったので、この州でも現在の300ルピーの年金を増額していただきたい」と訴えました。また、回復者協会のナルサッパ会長や若いリーダーであるムラリ氏を紹介し、彼らからも要望を直接話してもらいました。ヤダヴ首相は「10年前に日本を訪問したときのことをよく覚えています。インドにおいても、ウッタル・プラデーシュ州においてもハンセン病根絶に尽力いただき感謝します。お話いただいた内容に全て同意します。ここにいる担当の者が行動に移していきますので、見守りたい」と、大変力強い言葉をいただきました。

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右からナルサッパ会長、ヤダウ首相、シンハ氏と筆者


この後、車で3時間かけファイザーバードへ移動し、翌日に備えました。19日の朝、セイント・セヴァ・クシュタ・アシュラムというコロニーを訪ねました。ここには50名の回復者とその家族、計66名が暮らしています。住まいは藁葺きの家や、トタン屋根から雨漏りがするようなものばかりです。若い世代の数名が人力車や装飾品販売に勤しんでいますが、住民のほとんどは働いておらず、コロニー近くの川辺で物乞いをして暮らしています。私も実際にその川辺に行き、物乞いをしている彼らの側に座ってみました。「インドからハンセン病回復者の物乞いをなくす」という私の夢は、まだ道半ばであることを改めて痛感しました。このコロニーは3年前、ササカワ・インド・ハンセン病財団の自立支援プロジェクトにも申請しましたが、土地の所有権を争う裁判が大詰めだったため、その時は事業の立ち上げを断念したそうです。裁判が終了した今、再度挑戦したいので私に訪ねてきてほしいという要望がありました。住民が集まるなか、私からは、「仕事をして自分の手でお金を稼ぎたい、もっといい生活をしたいという皆さんの希望を叶えるようにしていきたい。どういう仕事がよいか専門家とよく話し合って決めましょう。皆さん方は一人ではない。一致団結してがんばってください」と激励しました。住民からは、支援を受けて薪の販売や機織りをしたいという要望が出ており、家を訪ねた若者は「将来は軍隊に入りたい」という夢も語ってくれました。

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ファイザバードのコロニーを訪問

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コロニーの住人が川辺で物乞い


コロニー視察後、再び車で3時間かけて首都ラクナウに戻り、ラム・ナイク州知事に会いました。国会議員として石油大臣も務めたナイク知事は、ハンセン病問題にも長く関心を持って活動し、2007年に政府陳情委員会が出した提言報告書の実現に尽力されてきた方です。また、今年5月の選挙で与党となったインド人民党(BJP)ではモディ首相の先輩格にあたり、「首相にもハンセン病の問題を説明し、議会に提出した陳情委員会の報告書について関係機関と会議を開催する約束をしてくれた。次回の予算が決まるときには何かしらの決定をできるようにしたい」と語ってくれました。

その日の夜はラクナウから飛行機でデリーに移動し、翌20日、ハンセン病コロニーに住む若者の大学進学を支援する「ダライ・ラマ笹川奨学金」設立の記者会見を行いました。これは、ダライ・ラマ師が私の招聘に応えてくださり、今年3月に一緒にデリーのハンセン病コロニーを訪問された際に、「立派な指導者を育ててほしい」といただいたご寄付に、日本財団の支援も加えて共同で設立した新しい奨学金です。優秀であっても経済的事情から大学に通うことをあきらめてきた子どもたちに、学費や生活費を支給し、医学や工学、法律などの専門教育を受けてもらい、社会から尊敬される人物になっていただくとともに、将来この中からハンセン病の問題に直接闘ってくれる指導者が育ってくれればと期待しています。

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ダライ・ラマ法王とは2014年3月以来の再会


翌21日には、ダライ・ラマ師とも個別に面談を行い、この奨学金が無事にスタートしたことをご報告差し上げました。師は、「笹川さんが2年前にダラムサラまで私を訪ねてきて、世界のハンセン病患者・回復者のために働いていると話してくれたとき、非常に感銘を受けました。そして、今年3月に、一緒にデリーのコロニーを訪問し、顔や足に障害の残る彼らと熱く手を握り合いました。私たちは彼らのことについてもっとよく意識を払うべきです。彼らを社会から引き離し、孤立させることは絶対に間違っています。私たちは同じ社会に属し、同じ社会的存在です。私たちは彼らに希望と誇りを与えていかなければなりません。」と力強いメッセージをいただきました。

話は戻りますが、ダライ・ラマ笹川奨学金の記者発表は国会議員のディネッシュ・トリヴェディ氏のご自宅で行いました。トリヴェディ議員は、ハンセン病国会議員連盟の代表を務めてくださっている方です。日本財団が2012年10月にデリーで開催した「ハンセン病と人権国際シンポジウム」を機に発足し、笹川平和財団の招聘で来日したことのある方を中心に、多くの議員が関わってくれています。残念なことに、2014年5月の選挙で落選された議員も少なくありませんでしたが、現職元職に関わらず引き続きこの活動を進めていこうとお声掛けし、この日は7名の議員の皆さんにお集まりいただきました。皆さんから「このグループでコロニーをたくさん訪問したい」「差別とスティグマをなくすための法律をつくろう」といった積極的な発言をいただき、私からも「皆さんにコロニーに訪問していただき、回復者の方々との話し合いの場をもち、それをメディアに報道してもらうことで社会に広く喚起していきましょう。また国会で質問をしていただき土壌をつくったうえで、法律の制定を目指しましょう」と提案しました。

議員や著名な方々には主に社会面での協力をお願いしていますが、医療面の課題も同時に進めなければなりません。21日には、インド保健省のハンセン病対策5ヵ年戦略(2012年〜2017年)に対する中間評価の報告会議が、WHOとの共催で行われ出席しました。インドはこの数年間、保健省の努力にも関わらず、患者数がほとんど横ばい状態にあり、目標としている各県での制圧(人口1万人当たり患者数1人未満)も進んでおらず、115県がまだ有病率1人以上という状況です。この状況を打破するために、担当者には現場に足を運んでいただきたいということ、そして各州政府で優先度を高めてもらうため、州の公衆衛生政策トップである保健次官を東京に集めたインド・ハンセン病サミットを開催したい旨を提案しました。この後、中央政府のロヴ・ヴェルマ保健次官とも個別に面談し、このことを再度提案するとともに、「各州の全ての県でハンセン病の担当官を配置していただきたい」とお願いしました。

インド滞在の最終日24日、ナレンドラ・モディ首相とも面談がかないました。モディ首相とは今年9月の来日の際に東京で面談し、ハンセン病の問題について話し合いましたが、そのときに回復者団体の代表を紹介したいと提案した約束を覚えていてくれました。回復者協会のナルサッパ会長を紹介し、二人が手を握り合ったこの日は歴史的な一日といえるでしょう。私からは「1月最終日曜日は世界ハンセン病の日なので、ハンセン病は治る病気であること、薬は無料であること、差別はゆるされないというメッセージを発信していただきたい」とお願いし、ナルサッパ会長からも年金支給や生活改善について直接訴えました。モディ首相はうなずきながらじっくりと話を聞かれ、「インドにおけるハンセン病制圧への尽力に感謝します。蔓延州を中心にハンセン病対策をしっかりと進め、回復者の生活改善にも努めていきたい」とお話いただきました。

今回のインドの旅では、ハンセン病の病気をなくし、差別をなくしていくための闘いにおいて、多くの強力なパートナーを得ることができました。首相、議員、官僚、国際機関、宗教指導者、NGO、専門家、メディア、医療現場のスタッフ、そして何よりも回復者のリーダーたち。あらゆる人たちをまきこみ、何度でも足を運び、夢を現実のものとできるよう、残りの人生を捧げてまいる所存です。

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