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南相馬市を訪ね、米沢市とつなぐ「原発事故避難」調査

3月26日、朝6時半に出発して阿部とも子議員らと福島県南相馬市に向かった。東北道は、「災害派遣」の自衛隊の車両や、物資を積んだトラック、また燃料を積んだタンクローリーなどが走っている。福島西インターで降りて、一路南相馬市へ。12時30分前に到着すると、私たちは市長室に向かった。自衛隊の責任者との打ち合わせを終えた市長に話を聞く。電話では何度か話したが、直接に会うのは初めてだ。

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 「地震の後、津波が2・5〜3キロにわたって押し寄せてきました。この窓から土煙が立ち上るのが見えたんです。津波の被害は甚大でしたが、その後にはここでは停電も一回もありません。当初は、断水しましたが、7割方は復旧しました。ただし、業者が仕事をやめてしまい10数人の職員が漏水対策をしてきました」

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 問題は地震の翌日、福島第1原発1号機が爆発した12日に一気に深刻化した。20キロ圏内が「避難地域」に指定された上に、15日からは20〜30キロ圏内が「屋内退避」という指示が出された。すでに、ブログで報告しているように、この「屋内退避」というのが曲者だった。このラインが物資が入らなくなり、食糧も燃料も入らなくなって商店は次々と店を閉じた。そして、いつのまにか「汚染地扱い」されて「陸の孤島」と化す心配が出てきた。

 そして25日には枝野官房長官の「避難指示」ではなく「自主避難の勧め」が発表されるなど国の言うことも曖昧で、南相馬市市民は「外に出るな」から「なるべく出て行け」と「宙に浮いた状態」になっている。政府が正確な情報を提示しているかどうかという疑問もあり、今後、密接に連絡することを約束して、市役所を出た。次に南相馬市立病院を訪問し、入院患者が全員移送された後で医師8名で診療にあたっている状況を院長から聞いた。さらに津波のひどかった地域に残るすさまじい被災跡を通り息を飲んだ。

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 続いて、約2時間半かけて山形県米沢市に向かった。友人の丸山弘志さんが、10日前から米沢市に避難所の運営ボランティアのまとめ役(ボランティアよねざわ事務局長)で入っていて、よくよく話を聞いてみると体育館に避難してきた多くの人々は南相馬市からの人たちだという。福島県と隣接していて、距離もそんなに離れていない米沢市に集まりやすかったのか。じっくりと話を聞くことが出来た。

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 東日本大震災で山形県は比較的被害を受けなかった。ここ米沢の避難所には、市民が多く登録して約500人が寝起きしている。特徴は、その多くの人たちが「原発事故」以来、逃げてきた人たちだということだ。原発事故が日々深刻化する中で、どんな中長期的な取組みが可能なのか。夜遅くまで関係者と意見交換をした。いくつか共通の認識や、イメージが出てきたので明日以降に報告したい。

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