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「ゼロリスクを求めては車は走れず航空機も飛べない」(産経新聞)にそっと反論してみる〜それはそうだが、私たちは人の作るシステムのその科学的限界性についてもう少し謙虚にあるべきではないのか?

 産経新聞がお怒りです。

 この二日連続で社説にて「高浜原発差し止め」の今回の司法判断を取り上げています。

(参考記事)

【15日付け社説】

高浜原発差し止め 「負の影響」計り知れない

http://www.sankei.com/column/news/150415/clm1504150002-n1.html

【16日付け社説】

高浜異議申し立て 迅速に決定を覆すべきだ

http://www.sankei.com/column/news/150416/clm1504160003-n1.html

 社説以外の記事でも、「企業を潰し 国を滅ぼす司法判断」、「司法の暴走」、「科学的考察せず」、「国策揺るがす?暴走司法?」、「この裁判官はヒーローじゃない」などと、社を挙げてのお怒り記事の乱れ打ちであります。

(参考記事)

企業を潰し 国を滅ぼす司法判断 川内原発は22日に仮処分判断

http://www.sankei.com/west/news/150415/wst1504150066-n1.html

再稼働阻む「司法の暴走」専門家批判 「人格権」盾に科学的考察せず

http://www.sankei.com/west/news/150414/wst1504140095-n1.html

「新規制基準まで否定…」高浜再稼働シナリオ狂い、関電の再々値上げも

http://www.sankei.com/west/news/150415/wst1504150009-n1.html

「地方の裁判官が断じていいのか」国策揺るがす?暴走司法?…「停止ドミノ」に警戒感

http://www.sankei.com/west/news/150416/wst1504160011-n1.html

この裁判官はヒーローじゃない(4月15日)

http://www.sankei.com/west/news/150415/wst1504150035-n1.html

 産経が特にお怒りなのは、「政府が『世界で最も厳しい』と強調する原子力規制委員会の審査を通り、年内の再稼働を目指していた」のに、「特異な内容で」「再稼働はできない」ことが決定しまったことです。

【16日付け社説】より抜粋。

 高浜原発は今年2月、政府が「世界で最も厳しい」と強調する原子力規制委員会の審査を通り、年内の再稼働を目指していた。

 判決が確定するまで法的効力を持たない本訴訟とは違い、仮処分の決定はただちに効力を持つ。このため、地裁での異議審や高裁の審理で決定が覆らなくては、再稼働はできない。

 異議審や高裁には、迅速で正常な審理を求めたい。同時に政府や関電はその間も、再稼働に向けた準備を進めてほしい。この決定は速やかに見直されるべきだ。それほど特異な内容である。

 この決定は「ゼロリスクの証明を迫ったもの」であり、こんなことでは「ゼロリスクを求めては、車は走れず、航空機も飛べない」ではないか、とお怒りなのです。

 決定は、高浜原発に対する規制委の審査内容をことごとく否定し、新規制基準に対しては「適合していれば万が一にも深刻な災害は起きないといえる厳格さ」を求めた。いわば、ゼロリスクの証明を迫ったものだ。

 だがゼロリスクを求めては、車は走れず、航空機も飛べない。一方で決定は、再稼働を認めないことによる経済的リスクや地元への影響などには言及していない。

 これはこちらのコラム「この裁判官はヒーローじゃない(4月15日)」でも主張されています、「100%の安全性、ゼロリスクでなければいけないという」のは「非現実的」だろうが、とのたまっております。

 ▼福井地裁の樋口英明裁判長が関西電力高浜3、4号機の再稼働差し止めを命じる仮処分を決定した。理由は原子力規制委の新規制基準を否定した部分にある。「基準には、適合していれば万が一にも深刻な災害が起きないという厳格さが求められる」。100%の安全性、ゼロリスクでなければいけないというのだ。

 ▼非現実的ではないか。100%、あるいはゼロは科学的ではない。だからあらゆる危険性を想定し、安全対策に手を尽くす。そうした議論を無視し、エネルギー事情も考慮しなかった。申立人や一部のマスコミは「司法は生きていた」とヒーロー扱いだが、そうだろうか。

 うむ、「司法の暴走」にお怒りのあまり「報道の暴走」が止まらない(苦笑)産経新聞なのであります。

 ・・・

 さて、この司法の決定を受けて地裁前で「司法はやっぱり生きていた!!」などのプラカードを掲げてはしゃいでいた原発反対派もいたようですが、こと原発問題に関しては賛成派も反対派もともすると、科学的ではなく感情的な論が先行してしまうきらいがあります、某女性議員ではないですが「エモーショナルな感じで議論されることはまことに残念」なのであります。

 当ブログとしては少し冷静にこの件を考察してみたいのです。

 この件ですがBLOGOSのアンケートでも読者の意見は二分されているようです。

高浜原発の差し止めの仮処分。あなたの意見は?

■再稼働はやめるべき 2621票 54%

■再稼働は進めるべき 2067票 43%

■わからない 170票 3% 

http://blogos.com/enquete/26/detail/

※16日13:30現在

 さて産経新聞が指摘している通り、人間が作る機械やシステムなどの構造物に「リスクゼロ」を求めることは、不可能であり非科学的でありましょう、それこそ「ゼロリスクを求めては、車は走れず、航空機も飛べない」ことになります。

 では上記アンケートで「再稼働はやめるべき」と答えた人たちがすべて原発に「リスクゼロ」を求めているかといえば、それには違和感を感じます。

 少なくとも当ブログは「脱原発派」を自認していますが、原発に不可能なゼロリスクを求めてはおりません。

 どんなに安全性を高める努力をしても、原発だけでなく人が作ったシステムに「絶対安全」ということはありません、必ずある程度のリスクは残ります。

 いわゆる「残余のリスク」であります。

 「残余のリスク」ですが広義にはシステム一般に用いられますが、原発に絞った狭義の定義は国の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」において「残余のリスク」は、こう定義されています。

『策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより、施設に重大な損傷事象が発生すること、施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること、あるいは、それらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことのリスク』

(参考資料)

耐震指針検討分科会における 「残余のリスク」 に関する資料集

http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/senmon/shidai/taisinbun/taisinbun038/ssiryo2.pdf

 この「残余のリスク」がゼロになることを求めることは科学的に不可能です。

 今回の決定において司法は「全国で20カ所にも満たない原発のうち四つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が2005年以後10年足らずの間に到来」していた事実を挙げ、「関西電力の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見いだせない」としています。

 基準地震動は原発に到来することが想定できる最大の地震動であり、基準地震動を適切に策定することは、原発の耐震安全性確保の基礎であり、基準地震動を超える地震はあってはならないはずである。

 しかし、全国で20カ所にも満たない原発のうち四つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が2005年以後10年足らずの間に到来している。本件原発の地震想定が基本的には上記四つの原発におけるのと同様、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づいてなされ、活断層の評価方法にも大きな違いがないにもかかわらず関西電力の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見いだせない。

「新基準、合理性欠く」高浜原発差し止め仮処分決定要旨 より抜粋

http://digital.asahi.com/articles/ASH4G5DGYH4GPTIL02C.html

 これに対し、例えば原発推進派の論客である池田信夫氏は自身のブログにてこう反論しています。

 失礼して当該箇所を抜粋、ご紹介。

つまり基準地震動とは「あってはならない地震動」ではなく、それが起こっても十分な残余リスクに耐えられるように原発は設計されているのだ。事実、仮処分決定もいうようにこれまで「四つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が2005年以後10年足らずの間に到来している」が、それによって破壊された原発は1基もない。福島第一も、基準地震動をはるかに超える地震動に耐えて停止したのだ(事故の原因は津波)。

池田信夫ブログ

基準地震動は「あってはならない地震動」ではない より抜粋

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51935476.html#more

 「それが起こっても十分な残余リスクに耐えられるように原発は設計されている」との記述部分はあたかも残余リスクがゼロであるような誤解が生じうる表現で賛同しかねますが、「福島第一も、基準地震動をはるかに超える地震動に耐えて停止したのだ(事故の原因は津波)」との主張は、同意するものであります。

 確かに福島第一原発は地震には耐えた、しかしその後の津波により全交流電源喪失(station black out: SBO) という「想定外」の事態に陥り、本来の原子炉の冷却機能が働かず、原子炉冷却水損出事故 (loss of coolant accident: LOCA) となり、最悪の炉心損傷事故となったわけです。

 ここでしかし、問題視すべきは全交流電源喪失(station black out: SBO) という最悪の事態を、国も東電も「想定」していなかった事実です。

 日本では全交流電源喪失(SBO)は「想定外」と発表されました、しかし、アメリカ原子力規制委員会(NRC) は、30年前から全交流電源喪失(SBO)を起こりうるリスクとしてそのリスク分析を実施しており,これを規制対象としている事実があります。

 その後、NRCは全交流電源喪失(SBO)に伴うリスク分析報告書等を発表しています。

(参考資料)

福島原発震災における残余のリスク

~リスク評価の妥当性とその帰結~

http://tkabeblog.up.seesaa.net/image/JSSE1112.pdf

 しかしながら、 日本においては全交流電源喪失(SBO)の発生確率は、十分小さいので、規制的措置は実施せず、各事業者が自主的に対応するという事になっていたのです、努力目標というやつです。

 つまり「想定外」という表現は正確ではなく「そのリスクの存在は既知だが発生確率が十分小さいので対策を講じていなかった」ということです。

 ・・・

 1990年の原子力安全年報第3節では、「現実にシビアアクシデントが起こるとは工学的に考えられない」という記述があります、工学的にはあり得ない「原発は絶対に安全」という神話の時代でありました。

 しかし1999年のJCO事故をきっかけとして、2000年の原子力安全白書のはしがきで、「絶対安全はあり得ない」と明記されたのであります。

 日本では、この時点で、「残余のリスク」概念を導入した事により、工学的に可能ではない絶対安全・ゼロリスクから,本来であればここで決別したと考える事が可能であるはずなのに、福島原発震災において全交流電源喪失(SBO)が起こってしまったわけです。

 ・・・

 今回の決定に賛否両論、国民の意見は割れています。

 現実に原発にゼロリスクを求めることは不可能です。

 必ず「残余のリスク」は存在します。

 しかし全交流電源喪失(SBO)に無策であった福島第一事故の教訓は、想定されうる「残余のリスク」を軽視すべき科学的理由はない、ということです。

 現在の科学的知見・持てる技術力によって、できうる限り「残余のリスク」を少なくする、そのうえで想定されうる「残余のリスク」への対策に不断の努力をする、そのような努力が十分なされているのか、少なからずの国民がその点で疑問を有しているのは、実は福島第一事故で「想定外」な事態・全交流電源喪失(SBO)が起こったことに起因しているのだと考えます。

 福島第一事故の教訓は、何よりも私たちは、人の作るシステムの、その科学的限界性について、もう少し謙虚にあるべきなのだということなのだと思います。



(木走まさみず)

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