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効果に乏しい欧米の対露制裁 拍車をかける中国 中国主導のAIIBに参加するロシア - 廣瀬陽子

ウクライナ危機の影響もあり、昨年末からロシアが経済危機に瀕していることは拙稿(『ロシアの経済危機はウクライナ問題がなくとも予想されていた』)でも論じた通りである。しかし、米国が主導している対露制裁は実は、効果が出ていないどころか、アメリカの世界経済戦略を脅かす結果すら生んでいる。さらにその趨勢を刺激しているのが中国である。本稿では、制裁がうまくいっていない理由、そして中国の動向とその影響について考えてゆく。

対露制裁を主導する米国のジレンマ

 ウクライナ危機に伴って、次第に強化されてきた欧米主導の対露制裁は、最近ではその効果が疑われており、むしろ米国が被害を受けているという論調も珍しくなくなっている。

 まず、米国は冷戦後にロシアを含む旧共産国を取り込んで、グローバルな政治経済システムを構築しようとしていたが、ロシアに通商・金融面で制裁を課すと、ロシアをグローバルな政治経済システムから締め出すことになり、結果、米国は冷戦後の努力の成果をみすみす無にしているとも言える。

 加えて、このような経済制裁によって、他の国々が米国主導のグローバルな金融システムに組み込まれると、何かあったときに制裁によって大きな被害を受けうると考えてしまい、戦略的に警戒するようになる。そうすれば、ロシアの離脱のみならず、さらに多くのアクターが米国主導の政治経済システムに背を向け、同システムは行き詰まる可能性が高くなる。

 さらに、経済制裁のターゲットは主にプーチンの取り巻き、国営企業やその関連企業であったが、制裁の対象は拡大している。また、経済制裁はターゲットにのみ影響を与えるわけではなく、その影響は独立系の民間企業にもドミノ式に及んでいる。そのダメージはロシアの民間経済のみならず、グローバルな政治経済システムにとっても深刻である。なぜなら、独立系の民間企業は欧米との取引や関係の強化を目指していたわけで、制裁はそのようなロシアの一般人が起こした優良企業にも大きな打撃を与えることとなり、それはさらに欧米が制裁の対象としていないロシアの一般人の経済グローバル化にも悪影響になる。

むしろロシアにとって良い面も?

 そして、制裁はロシア国民の反欧米意識を高め、ひいてはプーチン人気を高めることにもつながっているという。前述の拙稿で述べたように、ロシア経済の悪化はウクライナ危機の前から予測されていたことであった。そのため、仮にウクライナ危機が起こらなかったとしても、おそらくロシア経済は落ち込んでいたと想定できるのだが、もしそうなっていれば、プーチンの失策として批判が高まっていたことだろう。だが、欧米による経済制裁が発動されたことにより、政権は経済の悪化を全て欧米のせいにすることができ、インテリ層などは別としても、国民の多くは経済の悪化に関する不満を欧米に向ける傾向が強まる。その結果、国民の愛国心も高まり、ウクライナ問題でも強気の姿勢を崩さず、欧米と対峙するプーチンはますます尊敬の対象になりうるのであり、プーチンの支持率も高まると考えられる。

 最後に、これは完全に「最もうまくいった」場合の仮説に過ぎないが、この制裁がロシアの経済システムを根本的に改善するきっかけとなる可能性もある。ロシアは制裁および自らが発動した報復措置により、トルコ、南米、中国などからの輸入代替を強化する一方、国内生産の充実と自給率の拡大を推進している。さらに、かねてより問題となっていた国内の汚職廃絶をも成功に導けるかもしれない。しかも、そのプロセスでは、国民が痛みを伴うこととなるが、国民はその痛みも欧米のせいだと感じて耐える可能性が高くなる。こうして、もし国内経済の立て直しが、国内自給率拡大や汚職廃絶を伴う形で成功してしまえば、それはプーチンの歴史的偉業となってしまうだろう。

 さらに、ルーブル暴落がむしろロシアにとってメリットとなっているという議論すらある。図1を見ていただきたい。石油価格とルーブルレートは実に綺麗に連動しているように見える。ロシアのエネルギー収入は外貨であるため、いくら石油価格が下落しても、それと近い率でルーブルレートが下がれば、国内に流通するルーブルは目減りしないということになる。そのため、ルーブル下落はロシア中央銀行が関与しているという陰謀論すら主張するエコノミストがいるほどだ。ともあれ、国内のルーブルが温存されている以上、ルーブル下落で痛い思いをするのは、海外旅行や輸入品を購入する者や外貨を所有する者のみだということになる。確かに一連の制裁により、モノ不足、インフレなど、多くの国民が経済問題で打撃を受けているが、このように考えれば、ロシア国内でルーブルのみを用いて生活する以上、極端な打撃を受けることは避けられそうだ。

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図1 2012-14年のルーブルレートと石油価格の変動
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 さらに、この状況は上述の国内自給率拡大や汚職廃絶にも貢献する。ルーブルで経済を回すことになるので、国内産業振興を促進するだけでなく、内需を高め、海外依存率も下がることから、自立性の確保にも役立つだろう。また、海外に巨額の富を確保している財閥や富裕層には打撃になる一方、彼らがロシア国内に財を戻すインセンティブにもなり、マネーロンダリングをはじめとした国際的な汚職廃絶にも役立つ可能性があるのである。

 このように、制裁は、欧米が目指してきたグローバルな政治経済システムを破壊する一方、プーチン政権に利点すら提供していることになりうるのだ。

中国の対露支援の動き

 さらに米国の思惑を邪魔するかのような動きを見せているのが中国だ。

 ロシアはかねてより、欧米の対露制裁は無意味であると発言してきたが、2014年12月には、王毅外務大臣は「ロシアは危機を乗り越える力がある」として、必要であれば中国は可能な限りの支援を行うと主張したし、高虎城商務相はルーブル危機にもかかわらず、両国間の貿易は1000億ドルの目標を実現するだろうと予測した。

 また、昨年は、ロシアの価格面での譲歩があったと報じられているとはいえ、中国がロシア・ガス購入の4000億ドル、30年の契約に署名したことも話題となったし、中国とロシアの李克強、ドミトリー・メドベージェフの両首相が、カザフスタンにおける会談で鉄道、インフラ、および、中国北部にあるロシアの極東地域開発に関する広範囲な契約に調印したとも報じられている。また、中国側は、借款やロシア国内へのインフラ投資を大きな規模で行う用意があることも示している。

 実際にもそのような動きはすでに見られており、例えば、3月末には、中国がロシア初の高速鉄道となる「モスクワ―カザン高速鉄道」(総工費1兆680億ルーブルと推定)を建設するため、中露で折半出資の合弁会社を立ち上げ、中国は3000億ルーブル(約6300億円)を投資する計画が報じられている(内、500億ルーブルは法定資本としての投入、2500億ルーブルは中国の各銀行からの20年契約での融資の形をとる)。

 こうした動きは、明らかに欧米の対露制裁の効果を減じうるものである。

アジアインフラ投資銀行に参加する多くの欧州諸国

 また、中国メディアは、対露支援は上海協力機構 (SCO)やBRICSのような枠組みを利用して行うべきだという識者のコメントも引用しているが、ここで注目すべきことは、SCOもBRICSも欧米諸国が全く加盟していない組織だということである。

 中国の外貨準備高は、3.89兆ドルと言われており、少なくとも帳簿上では世界最大となっている。この経済力を糧に、中国はグローバル経済への新たな挑戦を始めている。それこそが、中国が2015年中に業務開始を目指しているアジア向けの国際開発金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)である。その創設の目的を、中国は日米が主導するアジア開発銀行(ADB)では賄いきれていない 、年々増額するアジアのインフラ整備に必要な資金対策を代替・補完的に行うことだとしているが、この動きが、米国主導のブレトンウッズ体制への挑戦であるというコメントは頻繁に見られる。実際、ADBを主導する日本と米国は、AIIBのガバナンスの欠如、出資の不透明性、融資の高い基準での維持への疑問などの理由で、参加を見合わせている状況だ。

 だが3月12日にG7メンバーとしては始めて英国がAIIBへの参加を表明してから、31日の申請期限までに連鎖的に参加を表明し、結果的に40カ国が参加を表明した。欧州の大国も多く参加していること、特に英国の参加は米国にとって大きな打撃だったという。英国は米国の長年の経済パートナーであったが、ここにきて、英国が米国を裏切ったとも読み取れるからである。なお、多くの欧州諸国が締め切り直前になってバタバタとAIIBに参加表明をした一つの理由に、上述のように対露制裁で米国と経済の運命を共にすることに対する脅威が増してしまったということもあると言われている。

 そして、当初難色を示していたロシアもブラジルと同日となる3月28日に参加を表明した。これにより BRICSの南アフリカを除く全てのメンバーがAIIBに参加表明をしたことになる。

 なお、BRICS諸国は定期的に首脳級をはじめとした諸レベルの会議を開催し、2014年7月には、国際開発金融機関であり、既にある世界銀行と国際通貨基金に代わってインフラ整備資金などを融資することを目的とする「新開発銀行」(「BRICS開発銀行」とも)の設立にも署名している。ロシアのシルアノフ財務相はこれを「ミニIMF」と呼び、BRICS諸国が資本逃避や通貨下落のリスクに陥った際に緊急財源としての役割を果たすことを目的とすると説明する。予防策や経済危機後の対処のための補助として、同基金との通貨スワップ取引を利用できるという。

 この基金には、中国が410億ドル、南アフリカが50億ドル、ロシア、ブラジル、インドがそれぞれ180億ドルを自国の外貨準備から拠出し、中国の圧倒的強さが目立つが、経済のみならず、外交でもBRICS諸国の共同歩調が目立つようになってきたことの大きな事例だといえる。「新開発銀行」を、危機後の世界秩序を構築する方向性として大きな意味を持つ一歩だと評価する識者もいるほどだ。なお、新開発銀行は中国が主導しているが、ロシアはかねてより中国とBRICSの中で主導権争いをしており(拙稿『最近の中露関係――ロシアの脱欧入亜と両国のライバリティ』参照)中国に完全にお株を奪われないようにロシアが必死で動いている様子が見られる。

新開発銀行かAIIBか
ロシアのメリットと懸念

 実はロシアは最初から積極的にAIIBへの参加表明をしたわけではない。この参加に関するロシアの事情や議論を検討してみよう。

 ロシアは、AIIB参加の申請を行ったが、ロシアの出資比率は現状ではまだ明らかにされていない。ロシアの参加のメリットとしては、プロジェクトへの優遇的な資金供与などの特恵が得られること、完全な権利を有して銀行運営に参加する可能性があること、軍事大国としてばかりでなく経済大国としてのアピールができること、などがあるとされている。

 だが、AIIBへの懸念も少なからず主張されている。たとえば、AIIBが西側の金融機関に対抗しうるグローバルな機関に成長するまでの、またAIIBが米国主導の経済システムの打撃になる道のりは極めて厳しいと考えられているし、このプロセスにおいて、ロシアが望む中国と米国の関係悪化には大きな影響は生まれないだろうとも予測されている。

 加えて、すでにロシアが参加している新開発銀行とAIIBの類似性とそれによるリスクも指摘されている。双方は共に、インフラ投資に主眼を置いており、定款資本の額もほぼ同レベルである。またどちらも現在、スタート段階にあるということも共通しており、両方に関われば、共倒れする可能性があることも危惧されている。ロシアは、どちらかより有望な銀行を選んで、そちらの発展に集中すべきではないかという意見もあるのである。

 だが、新開発銀行とAIIBの両方に参加することに意義があるという意見もある。AIIBはアジアというロシアにとってとても重要な地域におけるロシア経済の統合強化のツールになりうるというのだ。短期的なリソース誘致という観点にとどまらず、アジアへの投資を長期的視野で考えれば、必ず有益だという。

 ともあれ、新開発銀行とAIIBが並行して進められているのは間違いなく、またそれが国際通貨基金(IMF)や世界銀行(WB)、そしてADBなどの既存のグローバル経済システムや金融機構の不十分さへの挑戦が二方向から始まりつつあると考えられるだろう。そのような前提の下、新開発銀行とAIIBは競争ではなく協調の道を歩むことができ、それにより、両行が世銀などへの脅威となるのだと主張する論者もいる。

 このように、ウクライナ危機の下での、中国のグローバル経済に対する新たな動き、そして中国・ロシアの外交・経済面での接近は(お互いに強い警戒心を持っていて、対米政策など大きなレベル以外では実はライバル関係にあるが)、ロシアの経済にとって有利であると同時に、グローバル経済への挑戦となりつつあり、対露制裁の意味をますますなくしているのである。

 とはいえ、ロシアの経済が厳しいことに間違いはない。ロシアはまずは自国の経済の立て直しを早期に成し遂げることによって政権の安定維持を図りながら、対外的な経済協力を強化して、経済大国としての立場を世界にアピールしていくことを目指していくだろう。
■編集部より:4ページ下から二段落目の「積極的に新開発銀行への参加表明を」は、正しくは「積極的にAIIBへの参加表明を」でした。お詫びして訂正致します。該当箇所は修正済みです。(2015/04/12 20:20)
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