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日本人技術者を買う中国企業 『日本人の値段』 - 中村宏之

本書を一読して、これほどまでに多くの日本の技術者が中国を中心とした海外に渡っているのか、ということを知り驚いた。中国の技術水準の向上などのニュースに接する時などに関連して言及されるために、こうした日本人技術者の存在は知ってはいたが、これほど多いとは。2000人とも3000人ともあるいは5000人いるかもしれないが、本当は何人ぐらいいるのかおそらく真相は誰にもわからないだろう。だがそれがどんな数字であっても、相当大きな数である。

 しかも多くが日本のメーカーでばりばり働いていた仕事熱心な技術者である。そうした人たちの頭脳や技術を借りれば中国メーカーにも当然、恩恵は大きいはずである。

 日本企業が時間とカネをかけて営々と築いてきた技術に追いつくために手っ取り早いのが人材を引き抜くことである。彼らに高額な報酬を支払ったとしてもペイするからこそ、中国企業は日本の人材を活用するのである。人材を買うことで日本に追いつく「時間」を買っているともいえる。

大半が一流企業出身の人々

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『日本人の値段  中国に買われたエリート技術者たち』(谷崎光、小学館)

 14年間の中国在住経験があり中国ビジネスに精通している著者は、現地の中国企業で働く多くの日本人技術者を訪ね歩き、話を聞く。綿密な取材の積み重ねがこうした実態をつぶさに明らかにする。
<驚いたのは、まずその大半が日本の一流企業出身の人々だったこと。直接存在を確認できただけでもSONY、東芝、日立、三菱自動車、三菱重工業、コマツ、パナソニック、シャープ、住友電気工業……>

 この記述をみて、筆者(中村)も衝撃を受けた。いずれも我々のような経済記者が日々取材する日本を代表する大企業ばかりである。

 リストラや所属企業での過酷な勤務など転職の理由は様々だが、多くの人が日本企業にいても十分活躍できる能力をもっていた技術者たちである。そういう人たちが中国に渡り、グローバル競争で日本企業のライバルになる企業にどんどん再就職している。恵まれた給与のほか、住居、送迎の車、年間数回の日本への帰国費用など他の様々な恩恵を多く受ける人も少なくない。

 ヘッドハンターによる技術者への接触の様子をめぐる記述なども生々しい。筆者自身は当然のことながらヘッドハンターなどとは全く無縁の世界にいるが、水面下で繰り広げられるヘッドハンティングの現場の雰囲気がリアルに伝わってくる。

 自分の持つ能力や技術に信頼を寄せた外国の企業からそれを生かしてくれるように頼まれ、条件面でも魅力的な内容を提示されたら、たとえ言葉に自信がなくとも、多くの人が転職になびく気持ちは理解できなくもない。

優れた技術者をなぜ抱えていられないのか

 なぜ日本人技術者は中国でもてるのか。まじめに仕事をやる、周囲に合わせてチームワークを大切にすることも理由だろうが、本書でも指摘するように安全性や信頼性にかける技術者の熱意が中国人とは比べものにならないからだろう。だが長年、基礎研究を積み重ねて、辛抱強く細かな工夫を重ねる日本の伝承技術は、たとえ多くの人材を呼び寄せたとしても中国にはなかなか伝わらないのではないかという本書の指摘には納得させられる。

 本書を読んで感じるのは、業務分野の選択と集中、人件費の削減に代表されるコストダウンや世代交代などそれぞれの経営上の様々な課題があるにせよ、優れた技術者をどうして日本企業は抱えていられないのかという点である。もちろん職業選択の自由もあるし、アメリカのように条件のよい職場を選んで人材が流動化することもあるのだろうが、このままでは技術者魂を持った人材は中国などに流れ、いずれ日本と肩をならべる、あるいは場合によっては日本製品を凌駕する高度な製品が生まれ日本企業を苦しめることにならないか。しかもそれは既に始まっているのでないか。中国企業は良い人材を確保するためならおそらく何でもありだろう。日本企業は現在のような定年制度や従業員の処遇を続けているだけで、果たしてグローバル競争に対応してゆけるのか。本書を読んでこうしたことも考えさせられた。

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