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- 2015年04月05日 15:03
「決意の嵐」作戦(サウディの戦略)
4日付のal qods al arbi net は「決意の嵐」作戦を始めたサウディの戦略(思惑?)に関する分析記事を書いているところ、当然のことながら、この種の記事の性格として真偽のほどは不明だが、サウディが長いこと報道が絶えていた元第1機甲師団長のali mohsen ahmar(アラブの春でサーレハと対立したが、hothyグループのサナア占拠以来ジェッダに滞在中の由)を担ぎ出そうとしているなどと言うところなど、如何にもあり得そうな話で、全体としても、なかなか説得力のある興味深いところがあるので、記事の要点のみ次の通り。
「決意の嵐」作戦は、サウディがイエメンにおいて正統性を回復するとの目標を達成するまでは終了しないであろう。
サウディは、イエメンが1994年の内戦の経験を繰り返さないためにも、サウディはサーレハ等に対する明確な勝利を必要としている。1994年にはサーレハは、南出身のアルベイド副大統領率いる南部を、軍事力をもって制圧し、強力な独裁者として自らをイエメン人におしつけ、サウディもこれを受け入れざるを得なかった。
しかし、サーレハもサウデイに対して譲歩する必要は感じ、1996年に国境線の画定に合意した。
しかし、サーレハはその後も権謀術策を弄び、イエメンを思いのままにしてきた。
しかし、2011年にアラブの春がイエメンにも到来し、サーレハの政権が崩壊すると、GCCが調停に乗り出したが、GCCはサーレハを裁判から免除し、イエメンに滞在することを認める、という過ちを犯した。
また、大統領官邸で爆発があり、サーレハが重傷を負った時にはサウディで治療をしてやった。
これを利用して、サーレハは自分の後継となったhadi大統領に報復し、その地位を崩すために、イエメン軍に対する影響力を利用する等陰謀を進めていった。
そして、これまで自分が戦って来たhothy グループと共謀し、これに軍事的支援を与え、hothyがサナアを占拠することを助けた。
現在のサウディ等の戦略を見ると、先ずはアデン等の南部を守り、それからサーレハーhothy連合軍を押し返し、これに勝利することであるが 、その為には現在の空爆や人民委員会に頼るだけでは不十分で、地上戦力で圧倒的に有利なhothy軍に対して、地上部隊を送り、地上戦で勝ちを占めることが必要なことは明らかである。
サウディ等としては、先ずは特殊部隊で、秘密作戦をおこうこととなろうが、イエメン全体の勝利のためにはより大きな努力が必要である。
このためには統一的な指揮系統が必要であるが、hadi 大統領の国防大臣がhothyグル―プの捕虜になった今、適当な人物を見つけることが急務となっている。
ここで出てくるのがali mohsen ahmar将軍で、彼は第1機甲師団長で、北部軍管区司令官で、hothyグル―プとの戦いの戦闘にいた。彼は昨年9月以降ジェッダにいたが、数日以内にもイエメンに戻るのではないかと見られている。
(注;ここのところの事実関係は不明であるが、彼ならば北部のシーア派ザイイディ派部族の出身であり、彼が南出身のhadiと協力するというシナリオはなかなか魅力的かと思われる)
サウディはイエメンにおいて決定的な勝利を必要としているが、それは彼らの指導の下に、アラブ諸国の政治的指導力を回復し、地域に対する2の脅威、すなわちイランの拡張主義と過激派の脅威に対抗する為には絶対に必要と考えているからである。
その点でサウディが現在指導的役割を果たし、そのような脅威に対抗するアラブの同盟国を結集しようとしているのは、その資金的、軍事的能力だけではなく、もう一つのアラブ主要国野エジプトが現在経済的、治安的に困難な立場にあるからである。
このため、現在エジプトはサウディの同盟国の推進的メンバーではなく、補助的メンバーにとどまっているが、将来は指導的立場に立ち戻ることができると期待している。
http://www.alquds.co.uk/?p=321826
「決意の嵐」作戦は、サウディがイエメンにおいて正統性を回復するとの目標を達成するまでは終了しないであろう。
サウディは、イエメンが1994年の内戦の経験を繰り返さないためにも、サウディはサーレハ等に対する明確な勝利を必要としている。1994年にはサーレハは、南出身のアルベイド副大統領率いる南部を、軍事力をもって制圧し、強力な独裁者として自らをイエメン人におしつけ、サウディもこれを受け入れざるを得なかった。
しかし、サーレハもサウデイに対して譲歩する必要は感じ、1996年に国境線の画定に合意した。
しかし、サーレハはその後も権謀術策を弄び、イエメンを思いのままにしてきた。
しかし、2011年にアラブの春がイエメンにも到来し、サーレハの政権が崩壊すると、GCCが調停に乗り出したが、GCCはサーレハを裁判から免除し、イエメンに滞在することを認める、という過ちを犯した。
また、大統領官邸で爆発があり、サーレハが重傷を負った時にはサウディで治療をしてやった。
これを利用して、サーレハは自分の後継となったhadi大統領に報復し、その地位を崩すために、イエメン軍に対する影響力を利用する等陰謀を進めていった。
そして、これまで自分が戦って来たhothy グループと共謀し、これに軍事的支援を与え、hothyがサナアを占拠することを助けた。
現在のサウディ等の戦略を見ると、先ずはアデン等の南部を守り、それからサーレハーhothy連合軍を押し返し、これに勝利することであるが 、その為には現在の空爆や人民委員会に頼るだけでは不十分で、地上戦力で圧倒的に有利なhothy軍に対して、地上部隊を送り、地上戦で勝ちを占めることが必要なことは明らかである。
サウディ等としては、先ずは特殊部隊で、秘密作戦をおこうこととなろうが、イエメン全体の勝利のためにはより大きな努力が必要である。
このためには統一的な指揮系統が必要であるが、hadi 大統領の国防大臣がhothyグル―プの捕虜になった今、適当な人物を見つけることが急務となっている。
ここで出てくるのがali mohsen ahmar将軍で、彼は第1機甲師団長で、北部軍管区司令官で、hothyグル―プとの戦いの戦闘にいた。彼は昨年9月以降ジェッダにいたが、数日以内にもイエメンに戻るのではないかと見られている。
(注;ここのところの事実関係は不明であるが、彼ならば北部のシーア派ザイイディ派部族の出身であり、彼が南出身のhadiと協力するというシナリオはなかなか魅力的かと思われる)
サウディはイエメンにおいて決定的な勝利を必要としているが、それは彼らの指導の下に、アラブ諸国の政治的指導力を回復し、地域に対する2の脅威、すなわちイランの拡張主義と過激派の脅威に対抗する為には絶対に必要と考えているからである。
その点でサウディが現在指導的役割を果たし、そのような脅威に対抗するアラブの同盟国を結集しようとしているのは、その資金的、軍事的能力だけではなく、もう一つのアラブ主要国野エジプトが現在経済的、治安的に困難な立場にあるからである。
このため、現在エジプトはサウディの同盟国の推進的メンバーではなく、補助的メンバーにとどまっているが、将来は指導的立場に立ち戻ることができると期待している。
http://www.alquds.co.uk/?p=321826



