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「お上がやるのは、京都ではない」――町に新しいソフトウエアを走らせる - PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭 組織委員会会長長谷幹雄氏インタビュー

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町衆が支える現代芸術祭


もう一つは、なぜ京都で現代美術をというより先に、なぜこれまで京都は現代美術をあまり受け入れてこなかったかという疑問です。京都画壇と呼ばれるような日本画の主流がありますが、一方で、これだけ美術大学がたくさんあって、現代美術を志す学生が大勢いながら、京都で発表したいと思ってもそのための舞台が整えられてこなかった。

――だとすると、単純な疑問ですが、京都には現代美術館がないと以前から言われていましたね。美術館をつくるという発想にはならなかったのでしょうか。森美術館みたいに、長谷美術館とか。

あんな大企業と一緒にしてもらっては困ります(笑)。うちは中小企業ですからそんなことは無理ですが、それはつくったらいいと思いますよ。

――府立でも市立でも、どなたか個人でも?

芸術祭で収支がプラスになればそれを使ったっていいですしね。メイン会場の京都市美術館ももともとは、昭和天皇の即位の大典を記念して、市民がお金を出し合ってつくったものです。京都には大きい企業もありますから、そういうところがまとまった金額を出して、市民からも募って、一つの大きなものをつくるというのは可能でしょう。

ヴェネツィアには恒久パビリオンがありますし、光州ビエンナーレでも常設の展示館があります。そういう土台づくりの機運が並行して起こってくれば、非常にありがたいことだと思います。

要するに、お上がやるという感じを持たせるのは、それは京都ではないんですね。祇園祭などもみな町衆がつくったんです。この芸術祭も、あとから文化庁の助成金を入れましたが、民間ベースで始めました。まず我々でやって、行政は後づけでやっていただくというのが本来の筋ではないかと思っています。日本人はそういうボトムアップのやり方ではあまりうまくいかないことが多いですが、市民が主体となってやった方が面白いという発想もあり得るんです。

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田中功起《一時的なスタディ:ワークショップ#1「1946年〜52年占領期と1970年人間と物質」》2014/2015 展示風景

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田中功起さんは、会場で流れる映像をウエブ上でも公開している

――いざ、芸術祭をやるぞとなって、まずどうしたんですか?

最初は、アーティスティックディレクター選考委員会を開くにも、どういう人を選考委員に選べばいいかもわからなくてね。美大の先生方をはじめいろんな方に相談して、いろんなアドバイスをいただきました。それで選考委員会の委員を決めて、全員に二人ずつ推薦してもらったんです。私が議長になって、みなさん、投票しましょうと。

――京都だから、京都国立近代美術館にいらした河本信治さんにあらかじめ決まっていたというわけではないんですね。

まったくないです。最初の候補者の中には、外国人キュレーターの名前もありました。そうなったらどうしようと思っていましたよ(笑)。最初に選出されたのはある著名なアーティストだったんですが、その方はいくつかの理由で就任が叶わず、2回目の選考投票で河本さんに決まり、お引き受けいただきました。

――民主的なプロセスで選ばれているんですね。

そうです。非常に重要なことですからね。

――実行委員会の委員長として、ディレクターに、これだけは守ってほしいとか、こうしてほしいというようなリクエストはするものなんですか?

一切ないです。予算の範囲内で、運営まできちんとやってくださいということだけ。芸術的なしばりはまったくありません。ただ、1点だけ言えば、河本先生が本当にやりたいこと、他ではできないようなむちゃくちゃとがったもの、京都でやることに値打ちのあることをやってもらいたいと。そうじゃないとやる意味がないですから。その点はきちんと応えてくださったと思います。

河本先生は、アーティストにはみんな京都へ来て滞在してもらって、作品をつくってもらうことを早くから決めておられたと思います。鴨川デルタでやっているスーザン・フィリップスの作品も、あれはオリジナルのはずです。


スーザン・フィリップス《三つの歌》2015 展示風景 「私は、かの歌舞伎が鴨川の河川敷(四条河原)に端を発していると知って興味を持った。」(公式カタログより)。もう一つ、京都市美術館前でもサウンド・インスタレーションを行っていて、そちらでは《インターナショナル》が流れる。

――すでに発表された作品を持ってくるのではなくて。

京都へ来て、いろんなところを歩いて吸収して、消化して、自分なりにつくるということをみんなやってくれました。ヘフナーとザックスが崇仁地区でやっているのも、最初はそんなプラン何もなかったんです。河本先生かて、あそこでやってもらおうという気はなかった。彼らが京都へ来てぐるぐると走り回って、あそこでやりたいということになった。あそこやったら京都市のものですから、できるやんか、という。

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ヘフナー/ザックス《Suujin Park》2015 展示風景

リンク先を見る 奥に見える建物は柳原銀行記念資料館 。元・崇仁小学校では連携プログラム「still moving」展が開催されている 。

――地元の人じゃないからこその発想かもしれませんね。

そうやと思います。私も、あそこでやりたいの?という感じでした。

――中心からも少しはずれていますし。

結果論ですが、鴨川デルタ、崇仁地区、それから堀川団地と、ばらけていったのは非常によかったなと思います。

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