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中国のインフラ銀は「ジオエコノミクス戦争」の狼煙

中国の総準備高3兆8千億ドル


米国のルー財務長官が25日、訪中し、30日に北京で中国の政府高官と会談すると発表した。議題は言うまでもなく、中国が主導して年内設立を目指すアジアインフラ投資銀行(AIIB)である。

中国ではなく、米国の財務長官が北京に足を運ばなければならない現状を見るだけで、どちらが浮き足立っているかがわかる。

世界銀行の総準備高のデータ(2013年)をご覧いただきたい。総準備高とは金や国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)と準備金、外貨準備を合わせた金額だ。

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筆者作成

(1)中国が断トツで3兆8803億ドル

(2)日本は1兆2668億ドル

(3)サウジアラビアは7377億ドル

(4)スイスは5362億ドル

(5)ロシアは5096億ドル

世界の総準備高は12兆6173億ドル。ベルリンの壁が崩壊した1989年、世界の総準備高は1兆577億ドルだった。実に約12倍に膨らんだ。これに対し、IMFの総融資能力は約1兆ドルどまり。

米議会の抵抗で座礁したIMF改革


2008年の世界金融危機を受け、20カ国・地域(G20)はIMFの資金基盤を大幅に拡充するとともに発言権と出資比率を見直す改革を決めたが、米連邦議会の抵抗で暗礁に乗り上げている。

中国がAIIB設立に動き出したのは、既存の国際秩序の下では中国の発言権はいつまでたっても拡大されそうにない状況に業を煮やしたという事情もある。既存の国際秩序が世界経済の勢力図を適正に反映していないことが原因だ。

IMFと世界銀行を設立し、第二次大戦後の国際通貨体制と経済復興の枠組みを決めたブレトンウッズ協定の維持に米国は懸命だ。

しかし、米国のサブプライム危機を発火点とした世界金融危機のあと、中国抜きで世界は動かないことが顕著になった。

アジアのインフラ資金需要は年8千億ドルと言われる。日米が主導するアジア開発銀行(ADB)の年間融資額は14年、135億ドル。2年後に融資枠を5割増しにするが、ADBだけではアジアの資金需要はとてもまかなえないのが現実だ。

オーストラリアも参加、計34カ国に


ADBの中尾武彦総裁は記者会見で「敵対はオプションにありえない」「協調融資が一つの大きな補完関係になる」とAIIBと協調関係を築く考えを明確にした。

中国国営新華社通信によると、オーストリアの外務省報道官はAIIB参加を決めたことを明らかにしたという。

欧州から英・仏・独・伊にスイスとルクセンブルクの6カ国、アジアからインド、東南アジア諸国連合(ASEAN)など27カ国が参加を表明しており、これで34カ国目となる。

一方、安倍政権は中国側が期限とする3月末までの参加判断を見送る方針だ。

中国が拒否権を有するのか否かを含む組織運営の透明性、融資審査の公平性、環境や人権に配慮した融資基準、貸付基準の切り下げ競争が懸念されるというのが判断見送りの理由だ。一方、欧州勢は「内に入らなければ、影響力を行使できない」という立場だ。

「文法は通商だが、論法は戦争」


ロンドンではこのところ「ジオエコノミクス(地理経済学)」という言葉を聞かない日はないほどだ。国家の軍事力を重視する地政学に対し、ジオエコノミクスは軍事力に比べて経済力のウェートが重くなってきていると考えるのが特徴だ。

米国の歴史学者エドワード・ルトワック氏はジオエコノミクスの高まりと争いについて、「文法は通商だが、論法は戦争だ」という。

米国が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)や環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)はジオエコノミクスで中国に対抗する手段だが、TPP交渉に参加する12カ国のうちオーストラリアを含めるとすでに6カ国がAIIB参加を表明している。カナダも参加を検討中と報じられている。

AIIBとTPPによる囲い込み争いはまさにアジア太平洋を舞台にジオエコノミクスの戦争が始まったことを意味する。

欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)のマーク・レオナルド所長は、「Gゼロ」という概念を提唱した国際政治学者イアン・ブレマー氏らとともにまとめた報告書『ジオエコノミクス グローバリゼーションへの7つの難題』を発表している。

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ECFRのレオナルド所長(筆者作成)

レオナルド所長は「世界は新しいジオエコノミクスの時代に突入した」と断言する。「ウクライナ危機でさえ、主戦場は軍事より経済だ。世界がリーダーシップ、国際的な規範と基準を欠く中、多極型の地域のパワー構造が明らかになってきた」

グローバリゼーションへの7つの難題


7つの難題とは――。

(1)経済戦争 経済制裁や規制がジオエコノミクスの主要なツール。十分なレバレッジを持つ間は米国、欧州連合(EU)、そして中国が勝者になる。

(2)貿易交渉がジオエコノミクス化する。

(3)国家資本主義2.0 国家の経済への関与が増してくる。

(4)天然資源より、むしろ市場の争奪戦が始まる。

(5)より大きな国が生き残り、周辺国は空洞化する。

(6)中国がインフラ整備を柱に同盟を構築する。

(7)原油価格の下落はどんな影響を世界に与えるのだろう。

ジオエコノミクス戦争の敗者は国家間の争いに巻き込まれる企業と影響力を失っていく国際機関だという。レオナルド所長を直撃した。

――AIIBの参加判断を見送った日本についてどう思うか

「AIIBに対して単純にノーと答えるのは米国にとっては決して成功とは言えない。だからこそ米政権は長い間、この問題を考えてきたのだ」

「これは誰が世界経済を運営するのかを決める戦いだ。英国にはついていけない。かと言って今回のように単独で参加を表明したのはほめられたものではない」

「世界経済の統治機構は分裂し始めている。(米国と中国の)差を埋めるために、代わりになるアレンジメント(筆者注:IMF出資比率の見直しのこと?)を用意するか、AIIBに参加して内から影響力を行使するかだ」

レオナルド所長の立場は欧州の考え方を代弁している。では米国の本音はどうか。

報告書の共著者で米インターナショナル・キャピタル・ストラテジーズのダグラス・レディカー氏にも尋ねた。レディカー氏はオバマ米大統領の指名で2010~12年の間、IMF理事を務めた。

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ダグラス・レディカー氏(筆者撮影)

――日本の判断についてどう思うか

「日本と米国はADBを非常にうまく運営してきた。私たちにはAIIBは必要ない」

「アジア大平洋地域と世界にもっと資金が必要というなら、AIIBの審査基準や運営方法が世界銀行やADBと同じガバナンスやトランスパレンシーを満たせるかどうかが問われる」

「日本がAIIBの外側から、また内側からコントロールできるかどうかは非常に難しい質問だ。日本と米国はADBの役割をもっと強調すべきだ」

――AIIBをめぐる駆け引きはジオエコノミクスの代理戦争か

「これは大きなインパクトを持った出来事だ」

――中国はIMFのSDRの通貨バスケット(現在はドル、ユーロ、円、ポンド)に人民元を加えるよう要求している

「中国が資本規制を止めて人民元を自由化するなら素晴らしいことだ。SDRは帳簿上のツールに過ぎず、通貨バスケットに人民元に加えても大したことではない」

(おわり)

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