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反日・反独映画の虚妄――なぜ『アンブロークン』の日本上映を望むのか? - 丸谷元人(ジャーナリスト)〔1〕

夫婦でつくる「戦時プロパガンダ映画」

 「映画は大衆を教育するためのもっとも有力な道具の1つである」といったのはかのレーニンであるが、戦後70年ものあいだ、旧連合国においてつくられた日本やドイツを悪者として描いた映画は世に溢れている。

 正義の味方の主人公(そのほとんどがアメリカ白人)が冷酷な「ナチ」を殺し、悪辣な「ジャップ」を成敗するというお決まりの筋書きはこれまで世界中に発信され、多くの人の頭に「日独=悪」というイメージを刷り込んできた。そんなわかりやすい勧善懲悪モノは、人間以下の悪い奴らを心ゆくまで退治できるということもあり「安心して」観ていられる。いわば『水戸黄門』のようなものであるが、才能の枯渇に悩む脚本家や、ネタ切れ気味の映画業界、そして人気低迷を案じる往年のスターらにとっては貴重な飯のタネだ。

 今日、こんな「黄門様商法」に夫婦で乗り出しているのが、有名ハリウッド女優アンジェリーナ・ジョリーと、その夫でスター俳優のブラッド・ピットだ。そして現在、妻のジョリーが監督を務めた最新映画『アンブロークン』が「反日的」であるとして話題になっている。

 この映画は、元陸上オリンピック選手で、第二次大戦において日本軍の捕虜となったイタリア系アメリカ人、 ルイス・ザンペリーニ氏(2014年に死去)の半生を描いた同名のノンフィクション本を基にしている。

 内容は、捕虜であるザンペリーニ氏が日本の収容所で偏執狂的な看守から凄まじい虐待を受けた結果、帰国後も心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症してアル中になり、暴力を振るった妻からも離婚を言い渡されるが、あるとき「神」に出会って救われ、ついには憎らしかったあの日本人看守を赦す境地に至る、という「感動巨編」である。著者のローラ・ヒレンブランド女史は有名なベストセラー作家であり、2010年11月にアメリカで発売されるや、たちまち300万部の大ベストセラーとなった。

 しかし、この本における日本軍の行為を説明する箇所には、あまりに大げさで「どう考えてもありえない」と思えるような表現や、大戦当時から変わらない「低俗な戦争プロパガンダ」の丸写し的記述が非常に多い。たとえば、日本軍は「捕虜を生きたまま食べ」「各占領地で幼児にまで人体実験をした」とする驚くべき記述のほか、ザンペリーニ氏自身が90人ほどの日本の潜水艦乗組員に襲われて、次から次へと一人当たり30秒ずつ殴られたというものや、捕虜収容所において「220発」も連続で顔面を殴打された、などという記述が満載なのだ。

そのほかにも、氏の乗る爆撃機が墜落した際には、500m以上の水深に向かって沈み行くなか、肺が水で充満して気絶したのに、そこから目を覚まして海上まで浮上したとか、太平洋を漂流中には動きの鈍い日本軍爆撃機に8回も超低空で撃たれ、最後には対潜爆弾まで落とされた(運良く不発であった)というほか、3人の大男が乗るシングルベッドより小さい救命筏に、巨大な鮫が何度も飛び込んできて大立ち回りを演じた、などというのである。つまりこの本はアンブロークン(不屈)というよりは、アンビリーバブル(信用できない)といったほうがよい代物なのである。

五輪と戦争の英雄=「元泥棒」

 さらに驚かされるのは、この著者自身、本の発売から1年後まで主人公のザンペリーニ氏とは面識すらなかったということだ。にもかかわらず、ザンペリーニ氏はこの本の内容が全面的に「正しい」と納得している。すでにザンペリーニ氏は故人となっているのであまり批判はしたくはないが、残念ながら私には、どうしても氏が自らの過去を正直に、脚色せずに語る類の人物だったとは思えない。

 氏は子供のころから「悪ガキ」として有名であったというが、ただのやんちゃ坊主ではなく、他人の持ち物は何でも恥じることなく奪い取り、時には人家に侵入してまで盗みを働くという「末恐ろしい子供」として有名だったのだ。

 氏の「手癖」は大人になってからも遺憾なく発揮され、5000m走のアメリカ代表として出場したベルリン・オリンピックでは、ヒトラー総統主催の晩餐会会場からナチスの旗を盗んで新聞沙汰になっているし、日本国内でも盗みを働いている。つまり氏はたんなる「泥棒」であったわけだが、このような人物と一度の面識もないままに書かれた本の信頼性など、推して知るべしであろう。

 もっとも、戦後「語り部」となった氏の体験談は以前から有名であり、配給元のユニバーサル・ピクチャーズは50年も前から氏の体験談を映画化する権利をもっていたという。にもかかわらず今日まで映画化しなかったのは、つまり氏の体験談に対して「それは違う」と反論しかねない戦争中の同僚たちがまだ生きていたからではないか、という邪推もしたくなる。

 こんな同書に対し、私は2014年12月に『日本軍は本当に「残虐」だったのか』(ハート出版)という本を出版し、そこでいくつかの反論を加えるとともに、こんな「感動巨編」を基にした映画がどのように日本軍を描いているのかが心配だと書いた。

 映画『アンブロークン』自体は、14年クリスマスに全米で公開されたものの、15年2月現在、日本ではまだ公開されていないため、原作本の記述がどのくらい反映されているのかはわからない。しかし、そんな「元泥棒の半生」をありえない与太話で脚色し、もって数百万のアメリカ人読者を大いに感動させた作品が原作なのだから、観る前から心配になるのは人情というものだろう。

ハリウッドでは総スカン

 しかし、こんな心配も杞憂に終わるかもしれない。14年12月12日の『シネマ・トゥデイ』によると、アカデミー賞の前哨戦となる「第72回ゴールデン・グローブ賞」において、作品賞や監督賞などでのノミネートが有力視されていたこの映画は「まさかの0ノミネートとなり、海外で大きく報じられている」ことを伝えた。ジョリー監督の腕がよっぽど悪かったのか、「ハリウッド外国人映画記者協会から総スカンを食らうかたちになった」わけである。このほかにも、ある有名映画プロデューサーがジョリーさんについて「ほとんど才能がない」「甘やかされて育った子ども」「エゴむき出し」と評していたことも報道された。

 14年12月21日の『ニューヨーク・ポスト』紙は、「『アンブロークン』に描かれた個々の詳細は事実なのか?」という懐疑的な記事を掲載、前述の信じ難い体験談に対してサバイバルや拷問の専門家による大きな疑念を示したが、翌々日の記事では、日本人看守が延々とザンペリーニ氏を虐待するシーンに関して「無意味な拷問マラソン」と評したうえで、「そもそもこれはあのアンジーの作品なのだから、話の筋が通っているかどうかに疑問をもつこと自体、意味がない」と強烈に皮肉っている。いまだに東京裁判史観を奉じるアメリカの主要メディアからしても、さすがにこの映画は「駄作」と映ったのだろう。

 一方、ジョリー監督の夫、ブラッド・ピットも頑張っている。

ドイツ兵を殺しまくる映画『フューリー』

 昨年ピットは、第二次大戦時のアメリカ軍戦車兵らを題材とした『フューリー』という映画に主演したが、日本でも公開されたこの映画は徹頭徹尾ドイツ人を殺しまくるという内容だ。ピットは以前にも『イングロリアス・バスターズ』という、ドイツ人を拷問し、殺しまくり、その頭皮を剥ぎ取ることを痛快に描く低俗な娯楽映画で主役を演じている。

 『フューリー』の冒頭では、アメリカ軍の戦車に踏み潰されてペタンコになり、あるいはブルドーザーで掻き集められ、ミンチのようになって穴に放り込まれる無惨なドイツ兵の死体が多く映し出される。

 ピット演じる主人公はドイツ人を殺すことに異常な執念を燃やしており、「ウォーダディ(戦争オヤジ)」という寒気がするようなあだ名で呼ばれている。こんな戦争オヤジは、まだ戦場に慣れない新兵の腕をつかみ、目の前で家族の写真を出しながら命乞いをする無抵抗のドイツ人捕虜の射殺を強要するかと思えば、通りがかりの民間人の家に押し入り、持参した卵を渡して食事を準備させ、その家の若い女性をして件の新兵に対する「筆下ろし」まで強要する。まさに男の風上にも置けぬ輩であるが、かと思えば、話の途中でほんの数秒だけ苦悩するような表情を見せ、わずかに「人の心」をもっているのだと匂わせる。

 当初こんなオヤジを憎んでいた初心な新兵は、上官がドイツ少年兵に撃たれ、また卵をくれたお礼に「愛の手ほどき」までしてくれたドイツ美人がナチスの砲撃で殺されるのを見て目覚め、わずか半日後には「殺戮マシーン」に変身、ドイツ兵らを機関銃で薙ぎ倒すのだ。

 ドイツ軍の本物の「ティーガー戦車」が出演するということで、マニアを中心に話題となったこの映画を観た多くのアメリカ人は「じつにリアルだ」と感動したようだし、日本でも一部映画評論家が同じような感想を漏らしていた。

 一方、戦車に詳しくない私は、この映画を観てひたすら吐き気を催したクチだ。リアルな残虐シーンに対してではなく、人間性の堕落について開き直ることしかできないその未熟な精神に対してである。

 敵国の女性を捕まえて我がものとし、わずか数個の卵で「愛」まで芽生えさせるといった脚本家の石器時代的発想にも恐れ入ったが、それ以上に、無抵抗の捕虜を違法に殺害したピットが、話の途中でほんの少し苦悩する表情を見せることで、自らが犯したすべての戦争犯罪が理解され、許容される(べき)という感覚は、あまりに傲慢であり、甘えている。挙げ句の果てにピットは「歴史は残酷だ」という台詞を吐いて自己正当化の念押しをするのだ。

 一方、『アンブロークン』に登場する日本人看守(捕虜を虐待するだけで殺してはいない)には、そんな苦悩とか自己正当化のチャンスは与えられない。もし件の日本人看守が、ピットよろしく苦悩の表情を見せて観客の理解を求め、挙げ句の果てに「収容所は残酷だ」と開き直ったら、それこそブーイングの嵐が吹き荒れるに違いない。なぜなら、われわれは正義のアメリカ白人ではなく、「野蛮で残酷な敗戦国の黄色劣等人種」だからだ。

 アメリカによる無差別空襲と原爆投下という「衝撃と畏怖」作戦で対米恐怖症に陥り、占領統治で精神的にも骨抜きにされた戦後日本人の一部は、 あの男らしいサンダース軍曹が機関銃でドイツ兵をバタバタ薙ぎ倒すドラマ『コンバット』を見て育った。だから、同盟国であったはずのドイツ人が無惨に殺される『フューリー』を見て無邪気に感動できるわけだが、自分たちもまたあの戦争オヤジに殺される側にいたのだ、ということにさえ気付かないのだから、おめでたいことこの上ない。

〔2〕に続く

■丸谷元人(まるたに・はじめ)ジャーナリスト
1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業。同大学院修士課程中退。オーストラリア国立戦争記念館の通訳翻訳者を皮切りに、長年、通訳翻訳業務に従事。現在は、講演や執筆活動、テレビ出演などもこなす、国際派ジャーナリストとして活躍中。著書に『ココダ・遙かなる戦いの道』『日本軍は本当に「残虐」だったのか』(以上、ハート出版)などがある。

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■『Voice』2015年4月号<総力特集:地獄の中東、日本の覚悟>
ISIL(イスラム国)の拠点があるイラク北部のティクリートでは、イラク軍による奪還作戦が始まっている。すでに「戦争」は起こっている。今後、米軍は地上戦を行なうのだろうか。日本は国際テロの脅威にどう備えるのか。4月号は「地獄の中東、日本の覚悟」との総力特集を組んだ。

第二特集は、「歴史の常識を疑え」と題し、先の大戦で描かれてきた歴史のストーリーに違う角度から光を当てた論考を紹介する。 他に、2大インタビューとして、観阿弥、世阿弥の流れを汲む観世流宗家・観世清和氏に、能楽堂を渋谷から銀座に移転させる理由などを聞いた。また、東大生の就職先として人気の高いDeNAの設立者・南場智子氏に、「これからの日本人に求められる4つの力」について話を伺った。若い人たちにぜひ読んでいただきたいインタビューだ

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