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医療制度は質の向上で費用抑制ができる

1.財政規律に不可欠な社会保障制度改革


 安倍政権は今年の主要政策のひとつとして社会保障制度改革を上げている。最近では、総合研究開発機構(NIRA)から「社会保障改革しか道はない」というオピニオンペーパーが発表された。財政制度審議会(財務省)でも社会保障費の抑制にかかる議論は長年にわたって議論されてきた。こうした議論に追従するように各紙の報道は、財政規律や支出削減の手段として社会保障費の抑制を記していた。

2. 理性的な理解促進で済むことなのか


 しかしながら、果たして、こうした説明の仕方で有権者、納税者たる人々の納得を得ることができるのだろうか。理論や数値によって理性に訴えて理解を得ようとするアプローチは正攻法であるが、果たしてそれだけで十分だろうか。ましてやその理解が進まないのは民度が低いからだという言い方をするのは、おごり以外の何物でもない。

 社会保障制度の削減は、まさに、”人の生き死に” を左右する問題であり、理性による理解以上の納得感がないと合意に近づけないからだ。私自身、昨年、末期がんの妹を在宅で看取った経験から、理屈以上のエモーショナルな部分が大きいことを実感している。日本の将来のために財政規律が不可欠であり、その手段として医療費などの社会保障費の削減以外ないと理屈でわかっていても、目の前の瀕死の家族を守ることで精一杯になるのではないか。
 

3. 質向上するこで費用削減ができる稀有な分野

 しかしながら、医療分野については、医療の質を向上させることで、医療費全体の抑制に大きく寄与できるけ稀有な分野であることがわかってきた。

 井伊雅子教授ら(一橋大学)試算によれば、医療提供体制の改革によって0.8兆~2.7兆円、調剤医療費の抑制・薬価の適正化によって0.8兆円、ジェネリック医薬品の普及によって0.3兆~0.5兆円の抑制効果が見込まれるという。しかも、これらの改革は、いわゆる削減による医療サービスの質の低下ではなく、むしろ、より患者に寄り添った質の高い医療をめざすことを意味している。

4. 「地域化」と「標準化」とは何か


 医療の質の改革のポイントは「地域化」と「標準化」である。これらについて、いくつかの事例を挙げて考えてみたい。

4-1 プライマリケアを軸にした地域化

「地域化」は、日本の医療体制の基盤をプライマリケアに転換することを意味している。プライマリケアについて確立した訳語や定義がないようだが、要は、ホームドクター、自分や家族のかかりつけ医を中心にした医療体制のことである。一般に、医療体制は、先進医療などを専門とする大学病院などの高度機能型病院(第3次)、中小規模病院(第2次)、クリニックなど地域のかかりつけ医の役割を担う病院(第1次)の3層構想で構成されるといわれている。そして、プライマリケアは、この1次の医療のことをさしている。

 英国など先進諸国の基本は、この3層がピラミッド型になっている、つまり1次のクリニックを最も暑い層で、医療体制の基本を成している。

 だが、日本の場合には逆ピラミッド型、あるいは3層の区分がうまくついていないのが現状である。そのため重症患者も軽度な患者も第3次の大学病院に殺到してしまうような事態が生じており、これが労力、時間、経費などの大きな損失を招いている。プライマリケアが機能すれば、まず、患者はここで相談をし、通院の必要の有無、必要であればどこの病院の何科に行けばよいのかを判断し、連絡をとってくれる。プライマリケアはホームドクターとしての機能も有するので、患者や家族の疾病だけでなく、健康状態のチェックなどを継続的に見守る役割も果たすことになる。こうした制度が機能すれば、大学病院での大混雑や無駄をかなり解消できると言われる所以である。

 また、在宅医療を担うのもプライマリケアになる。超高齢化社会、癌患者の急増状態に鑑みれば、今後は、積極的な治療というよりも、心身のケアをして見守る医療へのニーズが高まる。財政的な問題や医療施設のキャパシティの限界に鑑みれば、自ずと在宅でのケアになるが、それは患者にとってもより幸せに過ごせる場であることが多い。私の経験に基づけば、「患者に寄り添う」ことを基本にした在宅医は、患者本人のみならず家族にとって最もありがたいことだった。

4.2 薬と診療の「標準化」

 「標準化」は、大きく薬や医療機器のそれと、診療のそれの2つに分けて説明することができる。

一例を挙げよう。日本で売上金額上位にランクされている薬剤として、レニンーアンジオテンシン系作用薬(降圧剤)がある。その薬価は高額で、欧州などの先進諸国では、大学病院などの高機能病院で使われており、プライマリケアで用いられることはあまりない。ところが、日本では、レニンーアンジオテンシン系作用薬が巷で最も使われていたのである。病状によってはこうした高額の薬剤を用いなくとも、安価な薬剤で治癒する可能性が高い。類似の例が散見される背景には、病状に応じた薬剤の使い方について明確なガイドラインが存在しないためだ。今後は、費用抑制をも視点に入れて標準化を図るべきであり、個々の薬剤について費用便益分析をきちんと行うべきであろう。なお、医療機器についても同様の問題が指摘されている。

 診療の標準化は、まさに医師の資質の問題に直結する問題だ。ひとつ挙げるとすれば、プライマリケアを担う医師の教育が義務づけられていない。例えば、昨日まで大学病院で麻酔科医であった医師が退職して、地域でクリニックを開業し、内科や皮膚科、外科の専門医となり地域のかかりつけ医を名乗ることができるし、在宅医にもなれる。しかし、プライマリケアの担う総合診療専門医としての研修は義務付けられていないことから、こうした研修なしに開業することができてしまう。終末期の在宅ケアなどは、患者に寄り添うことがより求められるが、そのためには高度なコミュニケーション技術が求められる。逆に適切な対応ができないために患者や家族とトラブルになるケースもある。まさに標準化がないための弊害である。ここに研修を義務付けるだけでもかなりの改善が見込まれるのではないか。また、総合診療専門医を新たな専門分野として若い世代に魅せてゆくことは地域型医療制度転換の大きな鍵要因となるだろう。

 以上、限られた事例からでも医療の質を向上させることが費用の抑制に直結することが見えてくる。そして、医療の質の向上とは、私たちに「寄り添う医療」を実現させることである。そのためには岩盤を壊すことも含めた医療制度の大改革が必要であるが、それを後押しするのは、患者たりうる私たち自身だろう。

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