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「第6回B&G全国サミット」―ハンセン病とモーターボート競走―

B&G財団は、青少年に不足気味な体育・徳育のため、ボートレースの収益金で全国472カ所に海洋センターを建設した。その管理者である首長211名、副首長46名、教育長204名、海洋センター関係者686名他、合計769名が参加してサミットが開催され、その折の講演録です。(即興)

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2015年1月28日
於:笹川記念会館

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モーターボート競走が始まりまして既に65年にもなります。日本財団はモーターボート競走の売り上げの2.6パーセントというお金を頂戴し、日本はもとより、世界の人道的活動を展開しているわけでございます。

65年前に作られてから近年まで、進歩的文化人をはじめ多くのメディアは、賭け事のお金は汚れたお金で、そのお金で社会貢献をするというのはおかしいじゃないかと批判されたものでした。しかし創業者の笹川良一は、お金には王様のお金も貧しい人のお金も変わりない。それをどう生かして使うかという使い方に問題があるんだと、批判には馬耳東風でした。

日本でも昨今、格差社会でたくさんのお金持ちが生まれております。起業家も一生懸命お金もうけに走っています。私が見ていますと、お金をもうけるということが人生の目的のように錯覚していらっしゃる方がたくさんいらっしゃるんですね。私の友人にも大金持ちの人がたくさんいました。大体、その方たちの末路を見てくると、残念なことでございますが、人生何のために一生懸命働いて財産を作ってきたのかと思うぐらいに、亡くなった後の悲惨さというものは計りしれないものがあります。何百億もお金を残しながら、亡くなったとたんに家族の間に憎しみが湧いて、30年も裁判所でその何百億のお金をめぐって争っていらっしゃる方もいらっしゃいました。

少なくとも一時期は愛し合い、その人がいなければ夜も昼も明けないような日々を過ごしたにもかかわらず、人生の終わりには、酸素吸入を受けながらベッドの側に日本有数の税理士や会計士を集め、どうしたらこの女房に遺産を少なく渡すことができるだろうかと、相談していた人もいました。財産家になったことで、その方の人生、あるいはその後のご家族が離散する、あるいは憎しみを持つという結果になってしまったのです。

私などは通常の生活ができれば良いように思うのですが、事業をする人は狩人と同じで、獲物があれば狙っていく。魚を獲りに行けば、そこにいる魚を全部獲りたいという心境になるということは分からないでもありません。しかし、それをどのように生かして使うかということこそ本来、事業家、企業家、あるいは財産を作られた人として、あるべき姿ではないかと思うのですが・・・。

そういう中で、モーターボート競走を創設した笹川良一は、賭け事でもうけたお金で慈善活動をするのは何事かと言われても平然としておりました。これがメディアの方から見ると憎たらしかったんでしょうね。戦後日本では、もぐらたたきのように、少し生意気なことを言うとメディアにたたかれて頭をつぶされるという歴史でございましたけれども、彼はたたかれればたたかれるほどタケノコのごとくムクムク、ムクムク成長していくという反骨精神を持った人でした。

その原点は、戦後の荒廃した日本が復興していくためには、海運立国であった日本が、壊滅した船舶、そして造船所を復興することによって貿易で生き残る以外にない。しかし、お金は天から降ってくるものでもありませんし日本政府にお金があるわけでもない。何とか自力でこのお金を稼ぎたいということでモーターボート競走が始まったわけでございます。

今申し上げましたように、彼は激しい批判を数十年も受け続けてきましたが平然としておりました。それは、慶応大学を作った福沢諭吉が『文明論之概略』の中に書いておりますが、「世の中を変革する人は常に少数意見である」と。皆が良いと思ってやることはそう大きな問題ではないと考えたようです。

今の成熟した日本の社会は権利だけを主張し、それが民主主義のように思い、義務と責任という裏腹の関係にあることを忘れてしまった結果、今や1000兆円を超える借金を抱えているわけでございます。皆さん方も日々、ご苦労なさっていらっしゃると思いますが、プライマリーバランスと申しますが、収入と支出は均衡でなければなりません。ドイツでは2度に渡るスーパーインフレを経験した結果、きっちりとプライマリーバランスを守っていますが、皆さんご承知のように、家庭にたとえますと収入が50万しかないのに90万円の生活をしているわけでございます。

兄弟財団でありますシンクタンクの東京財団の研究では、収入を90万にするには、消費税を30パーセントに上げて初めてプライマリーバランスが合う。家計簿がプラス・マイナス・ゼロになるということでございます。しかし、それでも残った1000兆円の借金は返せないんですよ。そのような財政の危機的状況になってきたということは、国民の要望にこたえることが良い政策であり、政治家として評価されることだと、政治家のみならず、皆さんが考えたからです。

江戸時代、勿論さまざまな評価もありますが、300諸侯、たったの2万石か2万5000石の藩でも苦しいながらも自立し、藩学校に英才を集めて学校教育に力を入れ、それぞれが自立した文化を形成してきたわけでございます。

江戸時代の末期の人口は3500万から3600万だと記憶しています。3500万人から3600万人でもきちっとやっていけるんですね。勿論、年齢層の問題がありますから一概には言えませんが、それぞれの藩が知恵を絞って、絞っても出ない水まで絞りとって、みんな自立してやってきたんですね。

地方創生、勿論必要です。しかし、与えられたものだけでうまくいくでしょうか。やっぱり地方が自らの力で、どのようにして我が町を盛り上げていくかという民主主義のもう一つの責任と義務を国民が理解・自覚した時、日本は再生すると考えております。

笹川良一は大阪の箕面市の出身で、川端康成と同級生で、川端さんが亡くなった後も欠かさずの墓参を続けておりました。そんな中、村の中でハンセン病を患ったお嬢さんが突然いなくなった家庭があるということを聞き、ハンセン病との闘いを決意しました。1970年代の初めにはインドに立派な病院を作ったり、目に見えないところで懸命の努力を続けてきたわけでございます。

昭和35年、私は韓国に建設したハンセン病病院の完成式典出席のため、笹川良一に随行する機会を得ました。その時彼は、ハンセン病患者の肩を本当の親子のように抱き、膿で膿んだ傷口を素手で触れ激励する姿を見て、これこそ私が継続していかなければならない仕事だということを決意したわけでございます。

以後約40年間に亘り、一年の3分の1は海外の劣悪な環境で生活するハンセン病患者・回復者の生活改善のための活動に費やしてきました。これも元をただせばお金がなければこれはできないことです。これはモーターボート競走のファンの浄財です。笹川良一はファンの理解を得るため一生懸命競走場に通い、皆さんからお預かりしたお金はこのように使われていますということを言いながら、必死に努力をしてきたわけでございます。お陰さまで、この浄財を頂くモーターボートのシステムが、世界的に評価を受けるようになりました。

私たちは日本から世界を見ることしかしてこなかったのです。社会科の地図を見ますと、小学校でも日本は赤く塗られていつも地図の中心です。ですから、外国で飛行機が落ちても「日本人は乗っていなかった模様」で、その後、何のお悔やみの言葉もありません。外国人が亡くなっているにも関わらず、日本人が亡くなっていなければそれでいいと。

しかし、笹川良一は世界あっての日本で、日本あっての我々だと。常に世界というものを意識していかないと、これからの日本の存在はあり得ないということを65年も前に見通していたわけです。ですから、日本ではハンセン病というのはもうほとんどなくなったじゃないかということでございますが、世界から見ればまだ現在進行形の病気なのです。

私は、世界制圧をどうしたらいいかということを一生懸命考えました。幸い、このモーターボートのお金を使わせていただきまして、5年間、世界の薬を無料で配布するという大きな決断をしました。お陰で患者数が一挙に500万人も減りました。それでもまだ20万人という大きな数が残っておりますし、スティグマ(汚名)などで家族の名誉までを傷つけ、貴族社会のあった国では、貴族権を取り上げられるという国も存在しておりました。

ということで、私は病気を治すことばかりに力を注いできましたが、病気は治っても社会の人が持っている偏見とか差別という病気を治さないことには問題は解決しないということに遅まきながら気が付き、たった一人でジュネーブの国連人権委員会に働きを開始しました。

毎年のごとく行きましたが、私のような素人が行ってもほとんど耳を傾けてはもらえません。十分な準備をして会合を開いても、7人とか8人とかしか集まってくれないという状況が長く続きました。しかし継続は力で、結果的には多くの人の理解を得て決議をいただきました。私はジュネーブで27カ国の大使館に参りましたが、その折には日本の外務省も手伝ってくださいました。

日本は人権問題と言いますと北朝鮮の拉致問題だけしか国連に提示していないんですね。もちろん大事なことですし、我々にとっても最大の問題ではあります。日本では人権問題を扱うのは左翼の人の特権のように思われていますが、とんでもないことす。自由、平等と基本的人権というのが民主主義の三大構成要素でございます。全ての人がこれに関心を持たなければいけなのです。

日本の北朝鮮問題について、常に反対するのは中国とキューバです。外務省は行っても無理だと言いましたが、私たちはとにかく行って、一生懸命説得しました。結果、中国もキューバも日本政府の提案したハンセン病患者・回復者、その家族に対する差別撤廃案の共同提案国になりました。賛成というだけじゃないのです。日本政府の原案の共同提案国になってくれたのですから、ヨーロッパのいわゆる人権にうるさい国々の人はビックリでした。

私には欲がありますので、さらに外務省に、ニューヨークの国連総会で決議を取ってほしいとお願いしました。決議案の内容はどうするべきか研究し、1年遅れましたけれど、驚いたことに、国連加盟国193カ国、全てが賛成してくれました。

差別撤廃の決議案は通りましたが、これをどのようにうまく使っていくかというのは、私たちに与えられた使命です。これは強制力がある法律ではありませんが、この決議案を道具としてうまく活用することによって、世界中の国々で偏見や差別をなくしていこうというのが私の戦術でした。

私自身の力は非力でございますので、世界の有力者の力を借りたいと考え「グローバル・アピール」というものを世界の各地で発信し続けて参りました。今年は10年で、記念すべき10回大会を、世界の看護師協会と共に昨日、全日空ホテルで開催しました。

イスラム国の日本人拉致問題、また国会開催中で火曜日は閣議のある日ですね。そういう忙しい中にも関わらず、総理大臣ならびに令夫人にも出席していただき、無事成功裏に終わることができました。

私は、ここに来る前まで宮中の吹上御所におりました。それは「ハンセン病の世界の現況についてご進講をしてほしい」というご依頼がございましたので、1月13日、ご進講にお伺いいたしました。両陛下はハンセン病について実によくご存じでいらっしゃいました。ご承知のように、二つの私立と13のハンセン病国立療養所は全てお回りになっていらっしゃいましたし、大変専門的な知識をお持ちでございました。

驚くべきでことでございますが、先ほどお話しした「昭和35年に韓国にハンセン病の病院を作った時の完成式に私が同行し、父親が患者を抱きしめている姿を見て、これは私に与えられた使命だと思った」ということを両陛下に申し上げました。すると皇后様は「良かったわ」とおっしゃって下さったのです。どういうことかと申しますと、当時、韓国のシスターから皇后様に、何とか韓国のハンセン病をなくしてほしいという厳しい現実をしたためた悲しいお手紙が届いたそうです。皇后様はそれを当時の駐韓大使をやっておりました金山政英さんにお願いし、彼が笹川良一のところに来まして「韓国で大変悩んでいますのでお助けを願いたい。皇太子妃(当時)の美智子妃殿下もご心労を煩わせていらっしゃいます」というお話しをされました。私も側でこの話をお聞きしていました。しかし今回のご進講の折には金山大使からのご依頼でということは申し上げましたけれども、皇后様からのご依頼ということは伏せ、あえて言いませんでした。しかし皇后様のほうから「私は当時、何の力もございません。今もありませんが。ただ、大変心を痛めておりましたので、金山大使、そして高松宮殿下にお頼みしたのです。それは良かったわね」と、おっしゃって下さいました。皇后様はそういうたった一通の手紙を長く記憶に留めていらっしゃった。結果的に、私の仕事は皇后様に導かれたようなことになっていたわけです。

ということで、13日のご進講の最後に、できましたら海外から来るハンセン病回復者にお会いいただきたいということをお願いしました。本当はこういうことをしてはいけないんですね。ご進講は講書始めのような儀式ではありませんから、応接間でゆったりとした雰囲気でさせていただきました。

あくる朝、9時に侍従長より回復者の皆さま方をお招きしたい。両陛下がそう望んでいらっしゃいます」という電話がございました。そして今日、先ほど8人の各国の回復者の皆さんを吹上にお連れをして参りました。

この8人ですが、4人ずつの2組に別れ、陛下が4人で皇后様が4人。終わると交替そして8人全員が別々に天皇陛下と皇后陛下とお言葉を交わす機会をいただきました。しかも驚くべきことに、一昨日ですか、陛下は風邪気味だというようなお噂を聞いておりました。両陛下は肩を抱き合うように側に寄り添い、指のない回復者の両手に暖かく触れながら、ちゃんと相手の目をご覧になってお話を続けられました。8人全てにそのように本当に愛情溢れると申しましょうか、言葉が詰まるぐらい私は感動いたしました。本来ならば、お風邪気味であれば、我々のほうこそ遠慮しなければいけないし、海外の劣悪な生活の中で生活している人たちですから、結核などの病気を持っている人もいるかも分かりません。それを一切無視されて、肩を抱くようにしてお一人お一人とお話をしてくださいました。

今、報告の記者会見をやってきました。回復者たちは、自分の家族さえ手を握ってくれないこういう指の欠けた手に触れていただき、自分の皮膚に感覚ありませんが、天皇陛下、皇后陛下の抱きしめるような温かさがが感じられた。生まれ変わったような気持ちです・・・。

国民の安寧を願って毎日、祈りをささげられる。世界中にこのような王家がございますでしょうか。ただ今の天皇は日本国125代目でいらっしゃいます。1750年も続いています。世界でこのように長く続いている例はありません。1750年も続いている王家というのは日本だけです。しかも、世界中で唯一、権力をお持ちにならない。商売をなさらない。財産はない。そういう王家というのは世界広しといえども日本だけでございます。

戦前の一時期、あるいは明治時代に天皇が権力を持たれたような誤解もございますけれども、日本は源頼朝も征夷大将軍にはなりましたけれど天皇にはなりませんでした。英国の憲政学者・バジェットが「理想の政治は権威と権力が分離していることだ」書いております。秀吉しかり、家康しかりです。外国ではアレキサンダー大王もナポレオンも権威と権力を独り占めにしてきました。中国などもっと極端な例でございます。

そういうお方のもとに存在する日本という国は、サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』で書いています。

世界には八大文明がある。その中に日本文明というのが入っているんですよ。この小さな島国が、一時期、中国からは影響を受けたかもしれないが、その後は独立して素晴らしい文明を作った。日本文明というのが世界の八大文明の一つ。イスラム文明だとか中華文明だとか。アフリカ大陸は一つまとめてアフリカ文明って言っているんですけど。

皆さまはそういう素晴らしい国の指導者でいらっしゃるわけでございます。私は皆さま方の手にこれからの日本の再生はかかっていると思います。決して内閣総理大臣の力ではありません。ましてや政府の仕事というよりも、住民に密着したところで日々努力なさっている皆さま方の覚悟がこれからの日本再生への道です。そのためには、オリンピックの活用も重要でしょうし、政府からの支援が必要かも知れません。

しかし、与えられているだけでは絶対に駄目です。日本国は沈没いたします。どうぞ皆さま方の英知を結集していただき、それぞれの地方から元気を出していただいて、皆さんの側から日本の国を良くしていくと心意気で活力ある地方をお作りいただくのが皆さま方のお仕事ではないかと思います。

ご清聴ありがとうございました。

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