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ピケティ教授が伝えようとしたこと

財務省から依頼を受け、広報誌「ファイナンス」2015年3月号に巻頭エッセイを寄稿しました。

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「ピケティ教授が伝えようとしたこと」

本稿を執筆している2015年2月、富と所得の格差について論じた「21世紀の資本論」で話題のトマ・ピケティ教授が来日し、経済学者らしからぬ幅広い注目を浴びた。某大衆紙は「学ぶべきはピケティよりミキティ」と人気アイドルの記事に引き合いに出し、とあるTwitterユーザーは「ピケティ教授が誰かに似ているとずっと思っていたが、千代の富士だった」と指摘した。

600ページを超える大著がワイドショーで盛んに取り上げられるに至ったのも、本書が現代マクロ経済学において長らく放置されてきた「分配」、すなわち格差の問題を正面から取り上げたからにならない。もっとも、主として上位層への富の集中、資本家と労働者の格差を取り上げる本研究は、低所得者の増加や世代間の格差が課題である現代日本にとっての意義は必ずしも大きくないという指摘もある。

ピケティ教授の主張はシンプルである。歴史的な事実として資本の収益率は所得の成長率を上回ってきた。資本主義は富の格差が拡大していくメカニズムを内包している。格差の拡大を是正するために、税や社会保障を通じた政府の積極的な介入が必要だ。これは我々日本人にとっても、おそらく教授の母国であるフランスの人たちにとっても、半ば当たり前の結論ではないだろうか。

それでは、ピケティ教授が本書を通じて本当に伝えたかったことは何なのか。読後の印象としては、米国を中心とした現代経済学のあり方、それは複雑な数学的分析によって現実世界を説明できるとするいささか傲慢な態度に、大きな石を投じたかったことにあると感じた。

行間にはフランス人特有のアイロニーが垣間見える。長期にまたがる資本主義のダイナミズムを考察する上で、歴史が浅い米国は有用な研究対象となりえないとして、英仏のデータを中心に示す。キッシンジャー元国務長官にフランス革命の意義を問われ「近年の出来事すぎてまだ評価できない」と返答した中国の周恩来元首相を彷彿させられる。

第4章「古い欧州から新世界へ」というタイトルにもチクリと米国への反発心が見てとれる。「新世界」は16世紀以来、アメリカ大陸を指す表現として使われてきた言葉だが、「古い欧州」は2003年当時、米タカ派の国防長官ラムズフィルド氏が、イラク戦争においてブッシュ政権と足並みをそろえようとしない仏独を揶揄して使った表現そのものだ。

ピケティ教授は弱冠22歳で博士号を取得し米マサチューセッツ工科大学に招聘された俊英だが、わずか2年でフランスに帰国している。米国の経済学が現実世界を十分に説明しないまま、過度に(「子供じみた」まで)数学を振りかざすことで科学としての正当性を主張せんとすることに嫌気がさしたという。

教授にとって経済学は純粋に独立した学問分野としては存在しえない。人間の営みを理解するには、政治学や社会学、あるいは歴史学など他の社会科学との共同作業を通じて初めて成り立つものなのだ。ソローやクズネッツのような経済学者より、ブローデルやレヴィ・ストロースのような学徒たちと同列に並べられたいと告白していることが象徴的だ。

今回の研究の目玉は複数の国で300年近い長期間にわたって、納税情報など各種データを辛抱強くかき集めたことにある。それはまるで気が遠くなる考古学者の発掘活動のようだ。「経済学者には歴史的すぎて、歴史学者には経済学的すぎる」作業だったという。

ピケティ教授が起こそうとした旋風は、経済的格差を生む資本主義のメカニズムの解明に留まらず、骨の折れる実証データの収集と他の社会科学分野との交差を伴う、新しい経済学の地平線を提案せんとする意気込みにあると筆者は読み取った。読者諸氏の感想は、いかがだろうか。

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