- 2015年03月11日 09:00
ゼロからわかる『21世紀の資本論』
2/2逆転不可能だと感じられたときに格差感は発生する
日本の場合、格差は世代間で大きい。親の世代は年功序列と経済成長で年ごとに収入が増え、マイホームも持つことができた。しかし子供の世代は平均としてみると所得が上がらず、働いても親と同じだけの資産を手に入れることが難しくなる。これではすでに親が財産を築いた家はいいが、そうでない家の子はずっと貧しいままになってしまう。
バブル崩壊後の低成長の始まりから10年間そうした状況を目の当たりにし、それが構造的な問題と認識されるに至って、格差は社会問題化したのであろう。格差感は、現実の格差そのものより、それが将来にわたって逆転不可能だと感じられたときに発生するのである。
ピケティ理論では低成長の時間が長引くにつれ資本と所得の差が大きくなるため、ますます逆転が難しくなる、とする。日本における格差感の高まりと閉塞感は、ピケティ理論と整合的であるとみることができる。
ピケティは著書で日本に言及し、「英米ほど格差は開いてはいないが、そうなる兆しがある」としている。日本では、高度成長期末期に比べて格差が拡大したことは事実である。ただピケティがいうように、何もしなければ日本も英米並みの格差社会に至るかといえば、私自身は「そうなる可能性は低い」と考えている。
日本が戦前のような格差社会に戻るとは思われない
前述の第一の法則では、「資本収益率が高いほど、資本分配率が高くなる」ことが示されているが、今の日本では、長期金利1%以下と、資本収益率は低くなっている。
続く第二の法則では、「資本対所得比は貯蓄率に比例し、所得の成長率に反比例する」ことが示されているが、日本では家計の貯蓄率が下がり、ゼロに近づいている。
税制の問題もある。米国やイギリスにも相続税はあるが、抜け道が多く機能していない。その点、日本の相続税はより網羅的であり、累進性も英米よりきびしい。
これらいくつかの要因の結果として近年、日本の上位所得者が所得全体に占めるシェアは上がっていない。このまま進んだとしても、日本が戦前のような格差社会に戻るとは思われないのである。
技術革新により、コンピュータに代替されうる仕事の価値が下がり、またグローバル化によって、先進国の労働者の仕事が、発展途上国の労働者によって代替された。結果、中間層が崩壊して社会の二極化が進行している――これが従来の経済学の、先進国における、近年の格差拡大を説明するメカニズムだった。
一方、ピケティは資本主義の根本的性質から格差拡大を説明してみせた。その視点は市場第一主義の英米経済学に対するアンチテーゼともいえ、アングロサクソン諸国にあっては衝撃的なものであった。
とりわけ米国では、これまで長年にわたって成長率が高く、「資産格差があっても、自分の力で逆転できる」というアメリカン・ドリームが信じられてきた。しかし、08年秋のリーマンショックで数年間の低成長を経験することで、持たざる層の間に、「いくら頑張っても資産の差は逆転できないのではないか」という疑念が生まれてきた。「ウォール街を占拠せよ」の活動で「我々は99%である」というスローガンが掲げられたのは、その象徴といえる。現在の米国社会は、日本の2000年代半ばに近い、未来への心理的不安が強まった状況にあるとみられる。そのタイミングでピケティの著書が刊行されたことで、くすぶっていた疑念に一気に火がついたのであろう。
逆に、ピケティの著書が本国フランスでそれほど評判にならなかったのも、低成長と階級社会に慣れたヨーロッパで今さら「格差は個人の力では逆転できない」といわれても、ナイーブな米国人ほど人々がショックを受けなかったからだろう。
今後、日本でピケティの主張が果たしてどう受け止められるのか、興味の湧くところである。
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