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核・放射線のイメージ史――3.11後の語りづらさをめぐって - 山本昭宏 / 日本近現代文化史

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原子力平和利用とマンガ


1950年代は広島・長崎の被爆者問題への社会的関心が増すと同時に、原子力平和利用への期待感もまた高まっていた。核の負の側面が強調されればされるほど、それをプラスに転化した際の恩恵が期待されたのである。

1950年代後半には、原子炉の臨界実験に成功し、原子力発電所の建設に向けて動き出す。科学技術の発展の象徴である原子力発電の必要性は全く疑われなかったが、原子力施設の危険性もまた、広く認識されていた。

それをよく示すのが、前谷惟光の『ロボットゴールデンボーイ』(1959年)である。前谷は『ロボット三等兵』(1958年)で人気を博した後、主人公の「ロボット君」を使って時代劇やサラリーマンものなど様々なマンガを書き継いでいた。『ロボットゴールデンボーイ』は、「ロボット君」が主人公の野球漫画である。

職を探す「ロボット君」は、目についた大きな工場に入る。入口には「原子力研究所」との表札があるが、彼はそれに気付かない。防護服を着た職員たちは放射線の影響を受けない「ロボット君」を歓迎し、「危険な仕事」を彼に与える。任された仕事を終えると、被曝の影響からか、「ロボット君」は力がみなぎって速球を投げられるようになっていた。

ここには、原子力研究は人体に有害な放射線被曝と不可分だという認識と、放射線を浴びたロボットが、なぜか能力を上昇させるという空想が描かれている。前者の認識からは、「平和利用は善いものだ」という理解とともに、「平和利用といえども人体に悪影響を及ぼす」という理解も、当時の社会に広まっていたことがうかがえる。後者の空想は、その後のポピュラー文化のなかで荒唐無稽なイメージとともに再生産されていく。

荒唐無稽な被曝変異譚


荒唐無稽なイメージというのは、被曝による超能力の発現である。

新型兵器の実験で被曝した右腕に超能力が生まれたり(鈴木光明「Zの世界」1961年)、宇宙線の研究用装置の事故により被曝して超能力に目覚めたり(『8マン』の「魔女エスパー」の回)、近未来を舞台にしたマンガでは、被曝による超能力の発現が描かれた。

被曝による超能力の発現は、未来社会を舞台にしたときにだけ描かれたわけではない。過去を舞台にした作品でも被曝による超能力が描かれていた。映画『真田風雲録』(1963年)では、主人公の「猿飛佐助」が超能力に目覚める原因として、隕石の放射線を浴びたという理由づけがなされている。

このように、被曝や被爆による超能力の発現という設定は1960年代前半のポピュラー文化のなかでステレオタイプ化していた。

「薄幸の被爆者」から「怒れる被爆者」へ


荒唐無稽な被曝変異譚と合わせて、1960年代の核とポピュラー文化を見る上で重要なのは、被爆者像の転換であろう。1950年代から継続して再生産されていた「薄幸の被爆者」から「怒れる被爆者」へという転換である。

例えば、石森章太郎「時間局員R」(1966年)や山上たつひこ「ヒロシマ一九六七」(1967年)では、被爆者としての自らの境遇を呪うあまり、世界にもう一度原爆を落とそうとする人物が描かれる。

また『はだしのゲン』で有名な中沢啓治は、のちに「黒いシリーズ」と呼ばれることになる被爆者を描いた一連の作品を立て続けに発表し始める。その第一作目は「黒い雨にうたれて」(1968年)で、被爆の怨みからアメリカ人を標的とする殺し屋が主人公だった。「ゲン」に描かれるような国家の戦争責任を追及するような激しい怒りは、すでに1960年代のポピュラー文化にその萌芽を見出すことができる。

消費社会の核


公害問題の社会問題化を受けて環境意識が定着し始めた1970年代を経て、1980年代初頭には、ポピュラー文化と核イメージの関係に転機が訪れる。

80年代初頭のポピュラー文化は、核戦争後の世界を描くことに主眼を置いた。そこに描かれる核戦争後の世界では、核戦争で死んでしまう人間や放射線障害で苦しむ人間の姿は描かれないし、人類が絶滅することもない。反核運動や核の恐怖、あるいは核武装論などを議論する当時の現実世界の次元を超えた想像力の世界で、「その後の世界」が展開されていたのである。

その象徴的作品が、大友克洋の代表作『AKIRA』(1982年~。1988年にアニメ映画化)である。物語の冒頭で、1982年12月6日に関東地区に新型爆弾が使用され、この新型爆弾の投下を引き金にして第三次世界大戦が起こったと説明される。それから32年後、2019年の「ネオ東京」が物語の舞台である。

同様のマンガに、武論尊と原哲夫による『北斗の拳』(1983年~。1984年にテレビアニメ化)がある。この作品でも、冒頭で核戦争は終わっている。1ページ目で「一九九X年、世界は核の炎に包まれた」と説明されるが、物語の主眼はその後の弱肉強食の世界とヒーローの活躍にあった。

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