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三月十一日、天変地異

 この千年に一度の東日本大震災と巨大津波は、「戦後が生み出した最低の政権」のもとで起こった。
 そして、この天変地異は、「東日本の大地」だけではなく、「戦後という枠組み」を破砕した。

 遙か古代の大化の改新の際、
 天皇、皇族そして群臣は、明日香の大槻の木の下で、天皇親政が末永く続くように神々に誓った。
 その誓いのなかに、政が狂えば、天変地異が襲うと述べられている。
 まさに、「戦後が生み出した最低の政権」のもとで、政は狂っていたのである。
 そして、正気が戻る兆しは見えるも、その狂いは未だ続き、正されていない。

 百十年前の三月十日の奉天大会戦では、
 主に二十歳代の男子一万六千五百五十三名が戦死し、五万三千四百七十五名が負傷した。
 七十年前の三月十日の東京大空襲では、
 無防備の人々十万人以上が炎のなかで亡くなった。
 四年前の三月十一日の東日本大震災では、
 一万五千八百九十一人が亡くなり、未だ二千五百八十四名が行方不明である。

 四年目の本日、この天変地異によって顕れた、「本来の日本と日本人の姿」について述べる。

(1)国民の姿

 日本人に対する各国の評価(日本政策研究センターの岡田幹彦氏のメモより)
 
 「住民達は冷静で自助努力と他者との調和を保ちながら礼儀を守っている。
 略奪のような行為は衝撃を受けるほど皆無だ。みんなが正直さと誠実さに駆られて機能しているようだ。
  日本ほど自然からの大攻撃に耐えて、生き残る為の用意をしてきた国はない。
 日本国民が最大級の地震に耐えたことは素晴らしい。ハイチの地震や中国の四川大地震とは対照的だ。
  震災の日、日本人が見せたのは混乱ではなく、このうえなく美しい『人の絆』だった。」(アメリカ)

 「日本には最も困難な試練に立ち向かうことを可能にする人間の連携が今も存在する」(ロシア)

 「このように他人を思いやり助け合うことが中国人にできるでしょうか」(中国)

 「被災者を助けるために被災地に行ったのに、あまりの惨状に私のほうが打ちひしがれてしまった。
 そんな私に被災地の方々から逆に励ましの言葉をかけてもらったり、手袋を貸してもらったり・・・。
 日本人は、どこまで忍耐強く、そして礼儀正しいのだろう・・・」(オランダ)

 「大震災の発生後、日本国民は乱れることなく普段の秩序を保ち、態度、振る舞いの立派さは日本社会の良さを表し、他国に見られがちな混乱や秩序のなさや強奪といった問題行動は一切見られなかった。
 危機のなかにおいて法に従い秩序を守る気高さこそが、日本人の素晴らしい国民性を顕著に表していた。
 これは国際メディアがこぞって絶賛している点である。
 一体どんな力が日本人の高度な秩序と自制力をなしえているのだろうか。」(台湾)

 「日本国民が自制や自己犠牲の精神で震災に対応した様子は広い意味での日本文化を痛感させた。
 日本の文化や伝統も、アメリカ軍の占領政策などによりかなり変えられたのではないかと思いがちだが、
 文化の核の部分は決して変わらないのだと今回思わされた。」(アメリカ)

 「東北の人達の姿は、全員がブッダ(釈迦)のように見えた」(ミャンマー)

 以上、各国の評価を記していけばきりがないのであるが、
 共通しているのは、被災地では各国では当然に起こる略奪や暴動が日本では一切起こらず、
 反対に人々がお互いに助け合って秩序を保っていることに驚嘆し、
 このような日本を讃えていることである。

 そこで何故、日本にのみ、このことが起こっているのか。
 それは、アメリカが指摘しているように、日本の独自の歴史と伝統と文化によるものである。
 では、その日本にのみある歴史と伝統と文化の「核の部分」とは何か。

   それは、天皇、である。

(2)天皇

 この天変地異・東日本大震災が世界に示したものは、
 
 「世界最古にして最長の王朝である万世一系の天皇を戴く神国日本」
 
 である。

 即ち、「天皇と民(国民)の絆」のなかで、世界が驚嘆した日本国民の姿があったのである。
 
 よって、天皇は、最大の危機管理者であられた。
 
 天皇皇后両陛下は、
 被災者と苦難を共にしようと皇居の暖房と灯りを消して日常を送られた。
 奉天会戦のときも、
 明治天皇は、
 「兵は極寒の満州で戦っておるのだ」と仰せられて皇居の暖房を切られた。
 これら天皇が民と苦難をともにしようとされることは、
 十六代仁徳天皇の仁政にも顕れている皇室の伝統である。
 
 即ち、天皇と国民は皆苦楽を共にする家族である、これが日本の伝統である。

 天皇皇后両陛下は、
 被災地を廻られ、被災者を慰め、
 多くの犠牲者をのみ込んでいった海に向かって頭を下げて慰霊された。

 その時、自衛隊松島基地において、
 被災者救援に当たる自衛隊員十万七千人からなる総合任務部隊の指揮官東北方面総監君塚栄治陸将は、
 到着された天皇皇后両陛下に、
 戦闘服と鉄兜の姿で正対し敬礼してお迎えした。

 天皇陛下は、
 三月十六日、国民に対して「お言葉」を発せられた。
 そのなかで、自衛隊を筆頭に位置付けられて、
 「余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、
 その労を深くねぎらいたく思います。」と述べられた。
 次ぎに、
 「世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き、
 その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。
 これを被災地の人々にお伝えします。」と述べられた。
 そして、被災者の苦難の日々を「私たち皆が」様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であり、
 「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、
 被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。」と結ばれた。

 以上に明確に顕れているように、
 天皇は、
 あの天変地異のなかで、
 我が国の元首であり統治者(危機管理者)であられた。

 そして、二年後の伊勢神宮式年遷宮は、
 この元首である天皇の権威が、
 天照大神の神勅に由来することを世界に示したのである。
 
 次は、式年遷宮に立ち会ったフランス人がフィガロ誌に寄稿した一文である。
 
 「闇と沈黙のなか、女神アマテラスを聖櫃に奉じ、これに生絹を掛けて神官の群れが粛々と運んでいく。
 生きとし生けるものの起源そのもののシンボルが、いま、眼前を通りすぎてゆく・・・
 この景観に、我らの小我の殻など、微塵に吹っ飛んでしまう。
 東日本大震災により、抑え難き自然の猛威にさらされて、どこから己を取り戻すか、
 日本人が自覚していることの何よりの証拠である。
 森羅万象の諸力を崇敬するという伝統維持であり、そこに、日本的ジェニー(天才)はあるのだ。」

 では、以上の天皇のお立場を、最も的確にかつ法的に表現した文章は何か。それは、以下の通り。
 
    大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
    天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
 

 四年前の三月十一日、東日本を襲った天変地異、
 千年に一度の大地震と巨大津波は、
 
 世界最古にして最長の万世一系の天皇を戴く国家日本と日本人を、

 世界に示したのだ。

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