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死刑否定の根本にある哲学を、ノルウェーの若者の手記に見てみる

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いつもコメントをくださる観測霊さんが教えてくださった森達也氏のオフィシャルサイト巻頭コラム(No.138)をこちらに転載いたします。

日本では人を殺したら殺されるのが当たり前と言う発想が大勢を占めていますが、ノルウェーの「普通の若者」の発想は日本の大勢の発想とは全然違うのだ、世界ではこういう考え方が標準になってきているのだ、という事実を知るのは決して無駄ではありません。

死刑を是とする日本の考え方とノルウェーの標準的な考え方と根本的な違いは何に由来しているのか。死刑に賛成の人も反対の人もそれについて考える機会を持つことはとても良い刺激になるでしょう。

◆森達也
MORI Tatuya Official Websight
http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html
ノルウェーで生まれ育ち、たまたま今は大阪にいる19歳のS.M.さんに、ウートイヤ島で起きた今回の事件について、思うことを書いてもらった。僕は彼女に会ったことはないし、どんな内容になるのかはまったく想像がつかなかった。でも読み終えて、できるだけ多くの人に読んでほしいと思ったので、了解を得て以下に全文を引用します。
ノルウェーには死刑がない。人間は苦しみを与えられてはならず、その命が他の目的に利用され る存在であってはならないと考えるからです今も死刑を行っている国は、(幼い子供たちも含めて)すべての 国民に、「殺人で問題は解決する」というメッセージを与え続けていることになります。これは間違っています。。 犯罪者の命を奪っても犯罪は撲滅できません。残された憎しみと悲しみが増えるばかりです。ノルウェーに死刑がないことを、私はノルウェー人として誇りに思っています。

ノルウェーで死刑復活を望む人は多数派ではありません。もし誰か、たとえばウートイヤ島の若者たちを攻撃した テロリストが、私たちのこの価値観を脅かそうとしたら、そのときには私たちは、共に手をとることで応えることを 望みます。憎しみで応えてはならないのです。

事件後にストルテンベルグ首相が、ノルウェー在住のイスラム系の人々と共にモスクで「多様性は花開く」と語ったとき、 そしてこの民主主義の核心への攻撃がかえって民主主義を強くするのだと語ったとき(http://www.vg.no/#!id=42543, 2011年7月31日)、 私は本当に誇らしく思いました。これこそがノルウェーだ、これは忘れてはならないこと、そして変えてはいけないこと、そう思ったのです。

首相の姿勢は、大多数、いえ、ほとんどのノルウェー人の思いの反映です。ノルウェー国民は今、なによりも共に手をとり、 互いの肩にすがって泣き、こんな攻撃に連帯を弱めさせまいとしているのです。被害者の母親の一人は、事件後にインタビューで、 「「一人の人間がこれだけ憎しみを見せることができたのです。一人の人間がそれほど愛を見せることもできるはずです」と 語っています。私の友人たちも知り合いも、みな同じ態度で臨むと言っています。

この事件によって、ノルウェー社会を変えてはいけないのです。犯人が望んだのは、まさに私たちの社会を変えることなのだから。 彼の望みを叶えさせてはいけない。これが重要なのです。だから死刑復活などあってはならない。これはノルウェー人の一般的な見解です。

ノルウェーの法律では禁固21年が最高刑となっていますが、アンナシュ・ベーリング・ブライヴィークはきっとそれ以上の長さの 刑を受けることになるでしょう。特別な場合には例外的にそうされることがあるのです (注:出所前段階でのチェックで、まだ社会に出る準備ができていないと判断された場合には、延長可能)。

また受刑期間の一部は、精神病院で強制治療を受けることになる可能性も十分にあります。ノルウェーでは精神的に問題のある犯罪者を、 刑務所での禁固に加え、あるいはその一部として、治療を受けさせることはよくあるのです。私はこれもノルウェーの刑務システムでは 重要な特徴だと思うのですが、刑務所のような厳しい環境に適応できたり利用できたりできる犯罪者ばかりではないからです。 ベーリング・ブライヴィークについては、私は情報も知識も不十分なので、判断はしないでおきます。 が、裁判でそれが適切とされれば、彼は刑期の一部を精神治療として強制されるでしょう。

犯人の政治的姿勢についですが、彼はノルウェーの政策の中でも、特に移民政策に反対する極右思想の持ち主です。 ノルウェーの移民政策は非常にリベラルで、毎年数千もの市民権申し込みが承認されています (http://www.udi.no/sentrale-tema/Statsborgerskap/)。 そのために私たちの社会は、複数文化社会となっています。私も、また他のほとんどのノルウェー人も、これをよいことと思っています。社会の多様性は、他者や異文化に対しての 寛容さを作り出します。イスラム教はノルウェーではキリスト教に次ぐ大きな宗教で、信者は7万9000人といわれます。

今日のノルウェーで、レイシズムはほとんど問題になっていません。私自身、もう何年も、レイシズムによる暴力行為や 偏見差別について誰かが口にするのを、聞いたことがないくらいです。私の通っていた学校でも、多くの民族の子供たちがいながら、 まったく問題はありませんでした。この点も私がノルウェーを誇りに思うところです。 だからこそ、今の政策を変えるべきではないと思うのです。

民族的にノルウェー人ではないノルウェー国民も、同じノルウェー人とみなされています。私が子供の頃は、それに対して特に何も 考えてはいませんでした。ノルウェーに住んでいる人はみなノルウェー人だと、当たり前のように思っていたのです。 今になって、ノルウェーはやや特異な立場にあるのだとわかってきました。特に日本はこの点において、 ノルウェーよりはるかに遅れています。市民権を得ることはとても難しいし、取れたとしても、同じ日本人としてはなかなか扱ってもらえません。

ノルウェーでは移民たちの習慣や日常を、できるかぎり尊重します。たとえばイスラム系の生徒が望めば、 学校給食にハラルを使うことが普通です。ベーリング・ブライヴィークのように、こうした政策に反対する人も、 (きわめて少数派ですが)存在します。こんなことを許し続ければ、しまいにはノルウェーの社会や文化が 変わってしまうと彼らは主張します。でもこれは完全に間違っています。出自が異なる文化の人たちに、 多数派である私たちが合わせる努力をすべきなのです。ノルウェー国民は決して器用ではありません。 だからこそ私たちは努力しなくてはならないし、この制度を大切にしていかなくてはなりません。 そして移民としてやってきた人々も、私たちの社会に溶け込めるように努力しています。これは相互の責任です。

実はノルウェーでも過去には、少数民族を同化させようとしたこともありました。ノルウェー北部に住むサーメという先住民族です。 サーメ語を話すのを禁じ、サーメ宗教の儀式を禁じる規則ができました。学校ではこの規則に違反すると、 サーメ人の子供は罰されたのです。サーメの子供たちは、民族的ノルウェー人の子供からも大人からも苛められました。 もちろん私たちは今、絶対にこんなことを繰り返すべきではないと思っています。1800年代、そして1900年代にアメリカに移民したノルウェー人とその子孫は、今に至るまでアメリカでノルウェー文化や ノルウェー語の一部を守っています。ルーツを忘れたくないというのは、人間の自然な気持ちなのです。

ノルウェーはとても小さな国です。今回のテロ事件の衝撃や影響はが、とても大きいことは確かです。 でもノルウェーは変わりません。こんなときこそ支えあい、テロに対抗するために連帯を強め、 民主主義を確固なものにしていかなくてはなりません。システムは効果的に動いていて、 ほとんどの人々がその恩恵を受けています。これを変えるなど、あってはならないことなのです。

2011. 08.04. 大阪にて ノルウェーの19歳、S.M.
2011.8.10 森達也

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