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川崎殺人事件と新潮報道の問題点

川崎の中学1年生殺人事件を受けて、例によってネット上では「許せない」だの「加害者も再起不能にせよ」だの「極刑を望む」だのといった正義感満点のコメントがあふれている。

ネット上だけだと思いきや、自民党の稲田政調会長が27日「犯罪を予防する観点から今の少年法の在り方でいいのか課題になる。」「少年が加害者である場合は(報道機関が)名前を伏せ、通常の刑事裁判とは違う取扱いを受けるというが、(少年犯罪は)非常に凶悪化している。」などと述べている。(ソース、産経新聞)

よく知られるように、少年による戦後の凶悪犯罪件数は1958年から66年までがピークで、それ以降は急減。
97年から増加傾向に転じるが(その多くが強盗であり)、98年以降は微増減があるものの概ね同じ水準で推移している。

2013年以前の直近の4年間では刑法犯少年は4年連続で減少。包括犯種では、知能犯及び風俗犯(特に出会い系サイトを利用した福祉犯)が増加し、凶悪犯、粗暴犯及び窃盗犯は減少している。

少年法の厳罰化と犯罪抑止の相関関係については、明確なエビデンスはない。
専門家の間では厳罰化より更生措置の拡充の方が、犯罪抑止力の効果は大きいとする意見が大勢。
一方、素人の多数及びその阿諛者では厳罰化を支持する意見が多数を占める。

(専門家でも前田雅英東京都立大学教授は米国の少年法厳罰化効果について「有り」との判断を下しているが、立命の葛野らの反論にあっている。)

どうして彼らは厳罰化を望むのか。

少年犯罪の場合、社会の安定、治安の維持という目的のもとでは、長期の収監よりも更生に力点を置く方が効率は良い。
(死刑のケースは冤罪の可能性を含め検討する次元が違ってくるため、ここでは論じない。)

もっとも、諸外国と比較して、日本の場合は犯罪者の社会復帰に対する認識が低く(というか差別意識、恐怖意識が強く)、なおかつ労働市場の流動性も低いため、大陸欧州で行われている地域の公共機関で犯罪者が無償で労働を担う「コミュニティ・サービス・オーダー」のようなプログラムはまるっきり組めそうにもない。

従って、2012年の犯罪白書に書かれてあるように、「日本では、大多数の人が再犯時に就労・住居・経済的困窮・対人関係等の問題を抱えており、出所後の支援がなければ犯罪の悪循環から出られない。」。

少し寄り道したが、彼らは目的に沿わない厳罰化をなぜ望んでしまうのか、ある種の「正義のフェティシズム」をまとってしまうのか、について検討してみよう。

①メディアの見出し効果

2年前に比べ国全体で犯罪が増加したか、という質問と、居住地域で犯罪が増加したか、という質問で聞き取り調査をした結果(2006年浜田浩一龍谷大教授調べ、Crime in England2003/2004より)、英国と日本の両方で国全体の方が増加しているという回答が多いが、その乖離率は日本で約46%、英国で約15%と大きな開きが出る。

日本の治安に対する現状と感覚(何らかの媒体による効果)には大きなかい離がみられるが、これはメディアの影響が大きいと考えられる。

本来、事実を的確に伝えるべきである犯罪報道は、(ネット、マスコミ問わず)メディアが事実を誇張、ドラマティックに伝えることでウケ(視聴率、PVなど)をとると同時に、不安(=視聴意欲)をあおるという構図が出来上がっている。

この辺を河合幹雄桐蔭横浜大学教授が分析している。(「安全神話のパラドックス」岩波新書より)
「関連記事に普段全て目を通しているはずの私でさえ、犯罪情勢は悪化しており、厳罰化の流れがあるかのような印象を抱かされてしまうのはなぜだろうか。その答えは記事の見出しにある。検索記事の見出しリストを打ち出したが、それを読むと受ける印象は大きく異なってくる。(中略)これらの見出しを見れば、犯罪情勢は恐ろしいことになっているように読めてしまう。しかし、これらの記事内容を読めば、殺人は減少しているなど、正しい記述がしてある。」
つまり、内容をしっかり読めば吟味すべき案件が書かれてあるが、見出しだけしか見ないと印象が固定される。

そして、真の問題は視聴者がそれ(要件の吟味よりも印象の固定)を強く望んでいるという点にある。

②専門家権力の後退とポピュリズムの進行

①とも関連するが、ニュースの価値が「わかりやすさ」=「消費しやすさ」に還元されることで、複雑な問題は単純化され、目的(例えば再犯防止、更生教育)は見失われる。

犯罪の厳罰化のように刑事政策がポピュリズム的な性格を帯びる傾向はPenal Populismと呼ばれ、先進国全般で進行している。

この用語の生みの親でビクトリア大学のプラット教授は以下のように指摘する。

「Penal Populismが進行する過程の特徴として、犯罪や刑罰の議論において、社会科学における研究成果よりも、むしろ、個人的な体験、常識や逸話といったものが重視されるようになり、複雑な問題に対して、わかりやすく常識的な言葉で解決策を語るものに対する信頼感を高めていく現象が起きる。」
(Platt, Penal Populism, London & NewYork; Routelegal 2007)

犯罪学者や刑事法の専門家の権力が後退し、(統計上とは異なる)「治安の悪化」を憂う論者、犯罪被害者の権利を主張するグループやメディアが、一般市民の「常識」や「体験感情」の代弁者となり、世論に押される政府の刑事政策に強い影響力を持つようになった、という筋書きは的外れには見えない。

ちなみに、目立つ犯罪が報道されると、そのたびに犯罪被害者の権利が声高に語られるが、被害者や被害者遺族に対する捜査情報の開示や犯罪被害者保護法による補償金の運用などは極めて限定的なものにとどまっている。
野次馬的被害者権利擁護者たちがこの手の構造的な問題を重視せずに、加害者の償いにのみ興味の照準を当てる傾向は心理学的に面白味がありそうだが、ここでは立ち入らない。

今まで犯罪者に対し、社会復帰、いわゆる更生をさせようという目的刑的な面は、専門家など知識人によって支えられてきたが、そういった側面は急速に後退している。

先進国でも、福祉政策が充実している北欧では厳罰化の進行は阻止されていることから(Platt 同上書)、福祉の充実=政府=治安への信頼性の高さが、国民の厳罰志向を和らげる要因だとする見方もある。

一方、Penal Populism自体、「犯罪統制の領域において、その政策形成に民主的な回路を開くものとして評価できる」(伊藤康一郎中央大学教授)とする立場もあり、「厳罰化」を「適正化局面」と捉える主張もなくはない。

さて、厳罰化政策が社会の安定にとって正解かどうかは措くとして、先進国中でも飛びぬけて治安のよい日本でなぜこれほどまでに厳罰化が叫ばれるのか、という論点を俎上に載せた場合、①での考察で見たように身近な実体験よりも意見形成に対する影響力の大きいメディアの特徴を挙げないわけにはいかない。

多くの場合、生活保護バッシングや死刑積極推進論、人質自己責任論などの主張の背後にはマクロ的構造的な政策論はなく、「応報感情の共有と消費」という井戸端会議的な消耗があるだけなので、議論のテーマ(ニュースのタイトル)はめまぐるしく変わる。

ニュースの消費サイクルの短期化は(ネット、マスコミを問わず)配信側にとっては経営上有利なので、勢いわかりやすく、応報感情が満たされる(=水戸黄門的気持ちの良さのある)記事が短いスパンでぐるぐる回されることとなる。

専門家が多くの注をつけて解説する1本のニュースよりも、多くの種類の情報を掲載したまとめ記事のほうが需要は大きい。

1つの情報を多面的に扱うより多くの情報を1つ1つ別々に消費する方が知的負荷は少なくてすむかわりに、新しい知見が得られるチャンスも少ない。

別の言い方をすれば、一つの問題を構造的に解釈するよりも、多くの問題を「応報感情」にのせて(煽られて)流し読みする方がラクだ。

今般、「週刊新潮」が加害者の18歳少年の実名と写真を掲載するようだが、こういった編集方針は受け手の応報感情カタルシス(水戸黄門的カタルシス)に貢献することに照準しており、例えば「地域のコミュニケーション」「更生教育のレベルアップ」といった構造的な問題解決の目的には照準していない。

もっとも、販売部数低迷に悩む週刊誌が手近な売り上げ増を目論むため、禁断の「清純派アイドル衝撃のヌード路線」を選択するのは理解できるが、報道の社会的貢献より民衆の応報感情(この場合劣情と言ってもよい)の充足を重視する姿勢は、やはり(報道機関としては)問題だと言わざるを得ない。

(便所の落書きとしては問題はない。)

ともあれ、この事件も1年後にはほとんど忘れ去られ、また新しい人々の応報感情を充足させるニュース(定番は日中韓をグルグル回っているアレ)が次々と現れるだろう。

構造的な問題解決に対する目的は忘れ去られたまま。

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