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小林秀雄はなぜ反省しなかったか 宿命としての大東亜戦争論 - 浜崎洋介

戦後七十年を経てなお引き裂かれる戦争観。「歴史の悲しみ」と向かい合うためには

 戦後七十年を迎えた現在でさえなお私たちは、「あの戦争」に対して素面と仮面の二重性を強いられている。私たちが私たち自身に向けて語り継ごうとする「大東亜戦争」の歴史と、他者に向けて語らざるをえない「太平洋戦争」の歴史といった二重性である。

 たとえば、素面において私たちは、あの「大東亜戦争」が罪悪ではなく失敗だったということを知っている。つまり、それが「罪」なのだとしても、戦争に敗けたがために被らざるを得なかった「罪」だということを知っているのだ。「勝者の裁き」である東京裁判自体が占領軍を正義の側に立たせるための政治的パフォーマンスだったことは当然だが、そこで提示された「A級戦犯」や「C級戦犯」なる概念が、ニュルンベルク裁判によって拵え上げられた「平和に対する罪」あるいは「人道に対する罪」といった事後法に基づくものであり、なお、満州事変から敗戦まで十四回も首相が交代している日本の国家的指導者と、開戦から敗戦までを一貫して指導したナチスとを同列に論じること自体が、そもそも無理を孕んでいることなどは誰の目にも明らかだろう。いや、もし本気で「人道に対する罪」を問うなら、東京大空襲と広島・長崎への原爆投下を実行したアメリカをも裁かなければ、そもそもフェアな裁判と言えないことは自明である。

 しかし、その一方で戦後日本は、東京裁判の結果を織り込んだサンフランシスコ講和条約に調印することで再出発を期したのだった。つまり、戦後日本は、形の上では東京裁判の正統性を認めているのであり、その効力によって国際社会に復帰したという過去を持つのだ。とすれば、他国に対する仮面において私たちは、あの戦争が「共同謀議」の「侵略戦争」であったことを一度は認めているのであり、そうである以上、その否認が、日中・日韓関係はもちろん、戦後秩序の生みの親であるアメリカとの関係(安全保障を含めた)をも損なう行為であることは覚悟せねばなるまい。

 なるほど戦後は、そんな仮面を素面に食い込ませて、いつしかそれが素面そのものとなるのではないかと夢見たこともあった。つまり、東京裁判が言うように、悪いのは軍部と国家指導者であり、罪なき一般国民は今度こそ占領軍からの贈り物である「平和と民主主義」を生かしてより良き社会を作り上げようというわけだ。この物語さえ信じ込めれば、私たちは自己喪失をしても、己の矛盾に満ちた現実だけは見なくて済む。

 だが、歴史はそんなに甘くはない。事実、アメリカの相対的な力の低下によって戦後秩序が不安定となるなかで、中国と韓国が「歴史問題」を政治カードとして自覚し始めた現在、改めて私たちは、仮面が仮面でしかなかったことに気づきはじめている。その意味では、戦後七十年にして初めて私たちは、歴史の矛盾を矛盾として見つめる場所に立っているのだと言えるのかもしれない。  だとすれば、今一度、素面において戦前を振り返っておく必要があるのだろう。それは、私たちが私たち自身の素面を見失わないための作業であると同時に、私たちが、今、どのような仮面を強いられているのかを自覚するための作業でもあるはずだ。

利益線の「切りのなさ」

 しかし、皮肉なのは、素面で歴史に向き合ったとき見えてくるのが、これまた素面と仮面の二重性のなかで動揺する近代日本の姿であるという事実である。

 まず、その二重性は明治維新からして明らかだろう。一九世紀末に始まる西欧列強の帝国主義的膨張政策に対抗するために、あるいは適応するために被られた西欧近代化の仮面の裏には、常に日本国家の自主独立という素面が隠されていたのだった。それを言い換えれば「和魂洋才」ということにもなろうが、それは、最初「攘夷派」だった薩摩と長州こそが、西欧の圧倒的実力に直面して後に涙を飲んで「開国派」に転じ、明治維新を成し遂げた歴史のうちにも暗示されている。そして、その後の日清、日露、そして大東亜戦争に至るまでの日本の歴史は、まさしく、日本国家の自主独立(攘夷)という素面の上に、西洋近代化(開国)という仮面を被せた形で歩まれていくのである。

 たとえば、一八九〇年(明治二三年)に提出された首相山縣有朋による「外交政略論」、あるいはその延長線上で為された施政方針演説(同年)が語る「主権線・利益線論」は、その後の日本が対外的に強いられた仮面がいかなるものだったのかを考える上で示唆的である。征韓論を近代化した山縣の「主権線・利益線論」(ドイツの法学者シュタイン博士に学んだと言われる)は、列強各国から一国の独立を維持するためには、自国の主権線は言うまでもなく、その周辺の「利益線」をも確保する必要を言いながら、「我邦利益線の焦点は実に朝鮮にあり」と説いていた。そして実際、朝鮮半島という「利益線」をめぐって戦われた日清、日露の二つの戦いに勝利した日本は、西欧近代化を実現することによって、東アジアの中で唯一自国の独立を守り抜くことに成功したのだった。以降、日清、日露戦争とは、帝国主義状況への必死の適応(仮面)によって、自国の自主独立(素面)をよく守りきった好例として語り継がれていくことになる。

 しかし、果たしてそうか。この「利益線論」という仮面が危ういのは、実は、その仮面それ自体が素面を食い破っていく性格を孕んでいたという点にある。つまり、「利益線」が確保された瞬間、その「利益線」をより磐石なものとするために、更なる「利益線」が求められ、ついに日本は何が「主権線」で何が「利益線」なのかが皆目分からないといった危機的な事態を迎えてしまうのである。

 しかも、注意すべきなのは、そんな「利益線」の切りのなさが、既に日清、日露の勝利においてさえ予感されていたという事実だろう。日清戦争の結果、日本に対して二億両(約三億一千万円)の賠償義務を負った清国は、列強からの借款供与の見返りに、自国の権益をイギリス、ドイツ、ロシアなどに譲り渡してしまうのだが、それが、後に列強の中国大陸における膨張政策を加速させ、ついにはロシアの南満州や朝鮮への南下政策を許してしまうのである。日露戦争が、その延長線上で戦われたことは言うまでもない。

 だが、「利益線」の確保は日露戦争の勝利でも終わらなかった。のみならず、そこでの戦利品自体が新たな問題を生み出していった。日露戦争後、遼東半島の租借権と長春・旅順間の鉄道とその付属権などを得た日本は、今度は、それらの権益をどのようにして守るのかという課題に直面することになるのだ。遼東半島の租借権は一九二三年に、鉄道の権利は一九四〇年にその期限が切れることになっていたが、多額の借金と死傷者約二十万人の犠牲を払って得た「利益線」をそのまま手放すということが、帝国主義状況を生きる当時の日本にとって、あり得ない選択肢だっただろうことは想像に難くない。

近代日本の無理が凝縮

 そして、そんな時、「天佑」のように第一次世界大戦が勃発する。日英同盟によって参戦を要求された日本は、即座に派兵を決定、ドイツが根拠地としていた中国山東省の青島を攻略し、これを占領する。また、それに乗じて中国に「対華二十一箇条」の要求をつきつけ、ドイツ権益を引き継ぐと共に、返還期限が目前に迫っていた南満州関係の権益の半永久的貸与(九十九年間)を中国に認めさせる。が、ここでも、例の切りのなさが顔を出す。「対華二十一箇条」が、一方で中国での排日運動の激化をもたらし(このとき中国側は日本をハッキリと帝国主義国と認知した)、他方で中国の「領土保全と門戸開放」を要求するアメリカとの間に利害対立を引き起こしてしまうのである。

 しかも、ここに最も切りのない課題が加わってくる。すなわち、日本は第一次世界大戦に勝利した五大国として国際的な「軍縮」条約に付き合わされるのと同時に、第一次世界大戦によって出現した「総力戦」という新しい戦争形態に備える必要にも迫られることになるのだ。事実、その後の昭和戦前期の歴史は、「総力戦」への備えもままならぬうちに「軍縮」を押し付けられた軍部の焦燥感が、一方で「昭和維新」を唱える一部青年将校の政治化を加速させ、他方で「総力戦」に備えるための資源地確保(利益線、生命線論)を促しながら、日本を、まさに大陸への終わりなき軍事展開(満州事変、日中戦争)へと駆り立てていくことになるだろう。その結果、日米間の中国利権をめぐる利害対立は決定的となり、アメリカからハル・ノート(「利益線」の放棄要求=最後通牒)を突きつけられた日本は、ついに日米開戦へと踏み切ることになるのだった。

 しかし、もうここまで来ると私たちは、当時の日本が何を守るべき素面とし、何を敢えて被っている仮面としているのかが見えなくなってくる。そして、そんな自己喪失の果てに唱えられたのが、あの「大東亜戦争」の理念だったのであれば、やはりそこには近代日本の無理が凝縮されていたと言うべきではないのか。実際、「東亜永遠の平和を確立し、以て帝国の光栄を保全せんことを期す」とした「大東亜戦争」開戦の詔勅自体が、その不可能性をよく示している。帝国主義からの解放(東亜永遠の平和)のための帝国主義戦争(帝国の光栄)という自己撞着的表現において、それは、日本近代史の切りのなさを、あるいはその空想性(ユートピア性)を告白しているように見えるのである。

 かつて竹内好は、「大東亜戦争」開戦当時に議論された「近代の超克」について、それを「日本近代史のアポリア(難関)の凝縮」だと評した。が、同じことは日本近代の戦争史全体にも言える。すなわち、日本の戦争そのものが、近代化(帝国主義化)しなければ自主独立を果たし得ず、しかし近代化(帝国主義化)すればするほどに己の素面(アイデンティティ)を見失わざるを得ないといったアポリアの中にあったということだ。その意味で言えば、林房雄が近代日本の戦争を、一つの「東亜百年戦争」(『大東亜戦争肯定論』)として捉えようとしたのも故なしとはしない。

過去の失敗を「我事」とする

 実際、この「日本近代史のアポリア」を考慮に入れない限り、「大東亜戦争」開戦時に共有された、文学者たちの快哉の叫びを理解することはできまい。日本共産党から日本浪曼派へと「転向」した経歴を持つ林房雄の喜びは言うまでもないが、戦前に「中国文学研究会」を設立し、戦後には毛沢東主義に傾いていった竹内好でさえ、「大東亜戦争」開戦時には「歴史は作られた。世界は一夜にして変貌した」と書いたのだし、その他、ロダンに学んだ高村光太郎、先鋭的マルクス主義者だった青野季吉、そしてフランス象徴主義の影響下に出発した河上徹太郎までが揃ってあの対英米戦争に対する「感動」を吐露していたのだった。おそらく、その現実がいかに矛盾に満ちたものだったのだとしても、「大東亜戦争」開戦の報に接した文学者たちは、これまでの近代化(帝国主義化の仮面)によって見失いかけていた自分達の素面が、実は「攘夷」にこそあったのだということに改めて気づいたのであり、その驚きと興奮を口にせざるをえなかったのだろう。

 しかし、だとすれば、日清、日露は肯定するが、大東亜戦争は否定するといったような議論がナンセンスであることは明らかだろう。既述したように、近代日本は日清戦争から大東亜戦争までの歴史を、一つの切りのない〝運命〟として生きたのであり、そうである以上、大東亜戦争が「罪」ならば、日清・日露も「罪」であり、果ては日本近代史そのものをも「罪」とせねば収まりがつくまい。しかし、それは同時に、日本という小さな島国が、西欧近代という途方もなく大きな力に直面せねばならなかった宿命それ自体を否定することであり、それこそ切りのない自己欺瞞への道を開くだけである。では、あの「失敗」した戦争に対して、単なる自己弁護と、単なる自己否定を超えて、私たちにはどのような態度が残されているのか。そう問うたとき、たとえば私は、戦後四年を経て表明された小林秀雄の次のような言葉を思い出す。

〈宮本武蔵の独行道のなかの一条に「我事に於て後悔せず」といふ言葉がある。(中略)今日の言葉で申せば、自己批判だとか自己精算だとかいふものは、皆嘘の皮であると、武蔵は言つてゐるのだ。そんな方法では、真に自己を知る事は出来ない、さういふ小賢しい方法は、寧ろ自己欺瞞に導かれる道だと言へよう、さういふ意味合いがあると私は思ふ。昨日の事を後悔したければ、後悔するがよい、いづれ今日の事を後悔しなければならぬ明日がやつてくるだらう。(中略)別な道が屹度あるのだ、自分といふ本体に出会ふ道があるのだ、後悔などといふお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろ、さういふ確信を武蔵は語つてゐるのである。それは、今日まで自分が生きて来たことについて、その掛け替へのない命の持続感といふものを持て、といふ事になるでせう〉(「私の人生観」昭和二十四年十月)

 ここで注意しておきたいのは、この小林の「掛け替へのない命の持続感」が、ほかならぬ「大東亜戦争」のなかで育て上げられていたという事実である。「東亜共同体論」の空想性に対しては常に批判的だった小林秀雄は、しかし、黙って事変に処した「国民の智慧」だけは信じ続けたのだった。それは言ってみれば、「大東亜共栄圏」の理屈は信じなくとも、その理屈を必要としてしまった日本の宿命だけは「我事」として引き受け続けたということである。そして、この態度は、そのまま戦後直後の小林の発言、「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」(『近代文学』昭和二十一年二月号、座談会にて)という言葉へと一直線に?がっている。  なるほど「自己批判」や「自己精算」というのは聞こえがいい。が、その果てに私たちは、「いづれ今日の事を後悔しなければならぬ明日」を迎えてしまうだけなのだ。とすれば、やはり、あの「失敗」をまずは抱きしめる必要があるのだろう。それ以外に、私たちが私たち自身の自己喪失(取り替え可能性)を回避する道はないのだ。

 小林秀雄は、敗戦直後に改めて書き直したドストエフスキー論のなかで、「悔恨」できないラスコオリニコフの心中を次のように描いていた。

〈何もかも正しかつたと彼は考へる。何も彼も正しかつた事が、どうしてこんなに悩ましく苦しい事なのだらうか〉(「『罪と罰』についてⅡ」昭和二十三年十一月)

 小林が描くラスコオリニコフと共に、この「悩ましく苦しい」感覚を今度こそ手放してはならない。なぜなら、その感覚だけが、私たち自身の「掛け替へのない命の持続感」を支えているのだから。それは、過去に辻褄を合わせるということではないし、過去に罪をなすりつけるということでもない。過去の「失敗」を「我事」とすることである。

 おそらくその覚悟だけが、「歴史の反省」という言葉に真に見合っている。素面と仮面の矛盾を生きながら、それに耐えられず、ついには「大東亜共栄圏」という空想の中に自己喪失していった歴史の悲しみに学ぶということの本当の意味がそこにある。

プロフィール

(はまさき ようすけ) 文芸評論家。1978年埼玉県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了・博士。日本大学芸術学部非常勤講師。著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉』(新曜社)。

「文藝春秋SPECIAL 2015春」目次

大人の近現代史入門 最重要テーマ20
・満州事変 永田鉄山が仕掛けた下克上の真実(川田稔)
・昭和恐慌 高橋是清は格差を拡大した(武田晴人)
・張作霖爆殺事件 軍閥中国は「イスラム国」状態だった(広中一成)
・国際連盟脱退 松岡洋右も陸相も「残留」を望んでいた(井上寿一)
・五・一五事件 エリート軍人がテロに走るとき(別宮暖朗)
・二・二六事件 特高は見た「青年将校」の驕り(佐藤優)
・軍部の暴走 誰なら陸軍を抑えられたか(大前信也)
・日中戦争 蒋介石が準備した泥沼の戦争(北村稔)
・三国同盟 「幻の同盟国」ソ連に頼り続けた日本(田嶋信雄)
・日米開戦 開戦回避 チャンスは二度あった(佐藤元英)
・真珠湾攻撃 戦略比較 山本五十六は石原莞爾に勝てなかった(星野了俊)
・原爆投下 ヒロシマ・ナガサキこそ戦争犯罪だ(宮崎哲弥)
・ポツダム宣言 日本は「無条件降伏」ではなかった(五百旗頭真)
・東京裁判 戦争裁判の遺産と限界(日暮吉延)
・GHQ占領 日米合作だった戦後改革(福永文夫)
・人間宣言 天皇・マッカーサー写真の衝撃(眞嶋亜有)
・再軍備 海上自衛隊発足の立役者は野村吉三郎(有馬哲夫)
・日韓歴史認識 和解が今後も進まない三つの理由(木村幹)
・沖縄返還 米新資料が暴く沖縄返還交渉の真相(春名幹男)
・尖閣・竹島・北方領土 領土問題 原点は講和条約にあり(小川聡)

特別座談会
・世界史の中の昭和史(半藤一利、船橋洋一、出口治明、水野和夫)

70年代生まれの戦争論
・対「イスラム国」戦争が戦後を終わらせる(白井聡)
・小林秀雄はなぜ反省しなかったか 宿命としての大東亜戦争論(浜崎洋介)

・「昭和天皇実録」皇族たちの暗闘(浅見雅男)
・三島由紀夫 死後四十五年の宿題(小川榮太郎)
・超強力クライアントGHQとの戦い 交渉のプロが見た「日本国憲法」の作り方(青木高夫)
・日本を滅ぼした「二つの顔」の男たち(保阪正康)
・東大、慶応、一橋 カタヤマ教授が解く 近現代史入試問題(片山杜秀)
・8・15 安倍談話が語るべきこと(三浦瑠麗)
・事実関係無視の論敵に勝つ歴史論争術 南京・慰安婦論争 本当の敵はアメリカだ(渡辺惣樹)
・戦後日本を揺るがした世界十大戦争(菅原出)

・大人の近現代史入門年表




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