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全中国を震撼させたPM2.5「告発ドキュメンタリー」 - 野嶋剛

 春節(旧正月)のさなかの2月28日、突然、中国のPM2.5(微小粒子状物質)問題を告発するドキュメンタリー映像『穹頂之下(天空のもとで)』が中国の主要ニュースサイトなどで公表され、2日間で1億回を超えるとも言われる桁違いの再生回数を記録し、春節気分を吹き飛ばして中国全土を震撼させた。政府機関や大企業の実名も挙げながら中国の大気汚染問題を批判している内容で、中国の言論界は「快挙」の声で埋め尽くされた。

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制作費2000万円は自己負担

 本来は3月3日の開催を控えた「両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議)」の話題で一色になるはずの中国で13億人の関心を独占した形になったが、その理由は、内容もさることながら、ドキュメンタリーを発表したのが、元中央電視台(CCTV)の人気女性キャスターでベストセラー作家でもある柴静氏(39)だったこともある。

 中国の環境保護部長(環境大臣)に就任したばかりの陳吉寧氏はさっそく柴静氏に感謝のメッセージを携帯メールで送ったとも言われる。ところが、3月1日夜までに当局から各メディアやニュースサイトなどに、このドキュメンタリーに関する内容を削除するよう指示があったという情報が流れた。実際、2日昼の時点で一部のサイトからは論評やドキュメンタリーへのリンクが姿を消しているが、まだ残しているサイトも多い。

 柴静氏は山西省出身で、CCTVに入社以後、ニュースやドキュメンタリー番組での果敢な報道ぶりが人気を集めた。2012年に発表した著書『看見』は、10年におよぶ取材生活でSARS(ウイルス性新型肺炎)や四川大地震などに遭遇した体験を、個人の感想を交えながら率直に語ったものだ。昨年日本でも『中国メディアの現場は何を伝えようとしているか』(平凡社)というタイトルで翻訳出版されているが、中国では150万部を超える大ベストセラーとなっている。

 その後、柴静氏はCCTVを辞め、結婚して米国で子供を産み、しばらく表舞台から姿を消していた。さらに驚かされるのは、今回のドキュメンタリー制作費の100万人民元(約2000万円)を、本の印税などによって自分で負担したとされていることだ。スポンサーや大手メディアとの共同制作ではなく、完全に独立して撮ったということになる。映像をメディアに送付し、中国版『YouTube』 である『優酷』などで公開させた点もユニークだ。

3つの「問題」と「誤解」

 作品自体が、見事な演出のもとに制作されている。アップルの新製品の発表スタイルで観衆のいるステージに立ち、おなじみのショートヘア、白いシャツ、ジーンズのラフなスタイルで冷静かつ早口に語り続ける柴静氏に見入ってしまう。1年のうち半分以上の日が大気汚染の基準を超えており、生まれた娘が家の外にほとんど出られない状況にいらだち、悩み、ドキュメンタリーの制作を決意したという。映像は約100分間にわたって続くが、プレゼン能力の高さ、柴静氏のカリスマ性もあってか、まるで長さは感じさせない。

 この作品で柴静氏は「PM2.5とは何か」「なぜ大気汚染は起きるのか」「我々はどうすればいいか」という3つの問題点をクリアに指摘し、現地取材や専門家へのインタビューによって、それぞれの問題の所在を明らかにしていく。

 PM2.5について「この2年ほどの問題である」「子供は適応できる」「中国北部で主に起きている問題」という3つの誤解があると指摘。石油化学大企業の野放図な対応を許さず、環境保護部門が正しく法律や規制を執行し、1人1人の「公民」は問題を発見したら通報し、環境保護につながるエネルギー消費行動を取るべきだと提言している。

 柴静氏のドキュメンタリーに対し、賞賛の声が響き渡った。多くの知識人、文化人、メディア人がその勇気と作品のクオリティの高さを誉め称えた。一部の党・政府系のメディアやウェブも当初は好意的に紹介した。

 一方で、当局から「暗黙」の了解を得ているはずだとの観測も流れたが、その後、作品の「排除」が通達されたことが本当なら、柴静氏は「個人の動機」で行動した可能性が高い。それでも、元CCTVキャスターだっただけあって、映像のなかでは、中国ではタブーである体制批判や実名批判は控え、許されるギリギリの線は見極めて作っていたことがうかがえる。しかし、公開後のあまりの反響の大きさが、かえって当局を予想以上に機敏に行動させてしまったのかもしれない。

 いずれにせよ、中国のPM2.5に代表される環境問題に巨大な一石を投じたわけで、現実に柴静氏の作品は女性を含めて圧倒的な支持を集めており、中国人の環境意識を大いに刺激したことは間違いない。中国メディアの環境問題担当記者は「過去数年のすべての環境問題報道の総量を超える破壊力を持つだろう」と評したが、中国の環境問題がもし今後改善されていくとすれば、その時代を画す作品として後世に残っていくだろうし、そうなることを願いたい。(野嶋 剛)

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大反響を呼んでいる(『優酷』より)

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執筆者:野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)。


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