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- 2015年03月07日 08:06
[日本の格差社会]どん底の貧困に救いはあるか〔1〕日本は階層社会? - 鈴木大介(ルポライター)
2008年の大晦日に、大量の派遣切りなどで仕事と住まいを失った失業者に寝場所と食事の提供、弁護士等による各種相談サービスを提供する目的で開設された「年越し派遣村」。東京の日比谷公園内で行なわれたこの支援活動を機に、貧困問題に関する報道が急増した。その後しばらくメディアでの扱いは減っていたが、昨年1月にNHK「クローズアップ現代『あしたが見えない~深刻化する“若年女性”の貧困~』」が放送されたころから、再び貧困問題が注目を集めている。
裏社会や触法少年少女の取材を続ける鈴木大介氏が昨秋上梓した『最貧困女子』(幻冬舎新書)も話題の書だ。「取材相手の迷惑になるといけないから」とメディアでの顔出しをいっさい禁じている骨太のルポライターに、知られざる「貧困」の実態を聞いた。
<聞き手:オバタカズユキ(フリーライター)>
鈴木: 長く貧困層を取材してきた立場からいえば「何をいまさら」感が強いのですが、端的にいうと、国内で低所得者の割合が増え、貧困層も確実に拡大しているからだと思います。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、最低限の生活の維持に必要な収入を表す貧困線は2012年の段階で122万円、相対的貧困率(貧困線に満たない世帯員の割合)は16.1%。前回調査の09年から0.1ポイントですが上昇しています。
ただ、この調査の数字はあくまで納税者のデータから割り出したもので非常に曖昧です。実際には、納税対象にもならないわずかな稼ぎで生きている人びとが存在します。そしてそのうちの少なからずが、女性の場合はセックスワーク(売春や性風俗産業)、男性はさまざまな「裏稼業」の世界に埋没しています。
そうした統計にもカウントされない層の実態はどうなっているのか。ないことにされている人びとの姿を可視化したいと思い、私は裏社会に生きる彼ら彼女らを取材してきました。昔からその存在を否定され、社会が当人たちの辛さや苦しみに目を向けようとしない貧困層の問題を、皆さんに知ってもらいたいのです。
――『最貧困女子』はそうした鈴木さんの仕事をコンパクトな新書にまとめた一冊ですが、昨年は、博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平さんの『ヤンキー経済』(幻冬舎新書)もヒットし、「マイルドヤンキー」という若者たちの存在が知られました。その層と鈴木さんが追ってきた層とは重なる部分もありますか。
鈴木: いや、まったく別です。マイルドヤンキーは、強い地縁や血縁をベースとした生活で満足している低所得の若者層のこと。「お金がなくても、地元の仲間とつるんで楽しくやっていりゃいいじゃん」と語る郊外や地方の若者たちですね。僕も取材したことがありますが、彼ら彼女らは「地元を捨てて上京したら負け」といった意識をもっています。ミニバンに乗り合わせて国道沿いのショッピングセンターやリサイクルショップに行けば、お金をかけず何でも手に入れることができる。「なのに、この経済的に逆風のなか、なんで家賃の高い東京に行かなきゃならないんだよ」となる。
興味深いのは、たとえタトゥーが入っていたりして派手な外見をしていたとしても、彼らは前の世代の不良と違って、親元から早く独立することをプライドにしていません。20代後半、30代になっても、国民健康保険が親の扶養のままだったりして、実家に頼れる部分はずっと頼っている。その代わり、相応の収入が得られるようになったら、親にお金を返していく。「借りた金を親に返すためにも地元にいなきゃダメじゃん」と話すのです。
鈴木:知られざる若者の実態は次々と表出しています。でも、日本が格差社会だと私は思いません。新書を出していろいろな読者の方からリアクションをいただきながら、この国は格差社会ではなく、階層社会だったのかと実感します。
私の印象をざっくり言葉にすれば、まず上から、高所得層、プチセレブ層、中流層がいて、下に低所得層と貧困層、そのまた下にもっとも見えにくい最貧困層がいる。
各階層のあいだには厚い壁が存在し、それが互いの世界を知ることを困難にしている。私は最貧困層の実態を著しましたが、高所得層やプチセレブ層の方から「先進国の日本でそんな酷い生活をする人がいるはずがない」といわれてしまうことがあります。セックスワークの世界でしか生きていけない女性のリアリティーが、どうしても伝わらない。「国民皆保険で、生活保護制度もあって、中学までは義務教育が保障されているこの国にいて、やむなく最貧困層に追いやられるなどありえない」と思うようですが、現実には「ありえる」のです。
――中流層以下の反応はどうですか。
鈴木:中流層と思われる読者からは、「すごい。こういう人たちがいたとは驚いた」といった感想をよくいただきます。それまで不可視だった存在を初めて知ってショックを受けるわけですが、その衝撃は原田さんの本でマイルドヤンキーを知った驚きと、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれない。あまりにも自分の生活空間と違うところで生きている他者という意味で、とくに大都市部に住む中流層にとっては、最貧困層もマイルドヤンキーも「想像を超えた存在」に思えるのです。
低所得層の人たちも最下層のことは見えていません。『最貧困女子』を刊行していい反応をもらえたなと思ったのが、風俗の世界でセックスワークの女の子たちを雇う側にいた男性の感想です。「俺が現役だったころも鈴木さんの本に書いてあるような子たちはいたけど、そんなに苦しんでいるとは認識してなかった。『こいつ、ブスだし、だめでしょ』など酷い言葉を使ったりしたことを、すごく後悔してる」と。
――同じ風俗の世界で働いていても、最貧困層は理解されていないのですか。
鈴木:理解されていません。階層が違うとわかり合うことはきわめて難しいのです。
たとえ低所得でも、地縁や血縁、地域の支援があれば、貧困までの状態にはなりません。年越し派遣村を率いるなど反貧困活動をなさっている湯浅誠さんたちが言い続けてきたことですが、貧乏と貧困は別物なのです。貧乏はたんに低所得であること。低所得でも家族や地域との関係性がよくて、助け合って生きていけるのならけっして不幸ではありません。
対して貧困は、家族、友人、地域などあらゆる人間関係を失い、もう立ち上がれないほど精神的に弱っている状態です。その辛さは満たされている者にはわからない。たとえば、地縁や血縁を守ることに力を注いでいるマイルドヤンキーからすれば、「その子(貧困層)の努力が足りないからだ」と見えるでしょう。ありがちで、まったく現実とそぐわない自己責任論です。
それでも貧困層は、制度による支援の可能性が残されているだけマシともいえます。その人の貧困状態がホームレスという形で見えたなら、行政や反貧困系NPOなどの支援対象になります。あるいは伝統的に、貧困は創価学会と共産党といった一部の組織が支えようとしてきました。誰が見ても明らかな貧困に対しては、何らかの支援の手が伸びるのです。
一方、そうした支援者の視野からも外れてしまうのが最貧困層です。セックスワークや裏稼業でギリギリ生活できていて、身も心もボロボロの人たち。この層は差別の対象にされても、支援の対象にはなりにくい。理解者も現れません。
〔2〕に続く
(『Voice』215年3月号[特集:ピケティと格差社会]より)
1973年、千葉県生まれ。「犯罪現場の貧困問題」をテーマに裏社会・触法少年少女らの 生きる現場を中心に取材活動を続ける。 著書に『家のない少女たち』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち』(朝日新聞出版)。昨年、『最貧困女子』(幻冬舎新書)を発刊。
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■『Voice』2015年3月号【総力特集:日韓「歴史戦争」】
韓国系団体が慰安婦小説を全米の図書館に送付するという。「強制連行」し、「性奴隷」にしたと描写し、そのうえナチスと旧日本軍、ホロコーストと慰安婦問題を同じだと言い募る。日本を貶め、誤った歴史認識を世界に広めたいのだろう。
3月号の総力特集は、いつまでも交わることのない日韓「歴史戦争」。櫻井よしこ氏と田原総一朗氏は、朝日新聞の「慰安婦報道検証第三者委員会」の報告書について激論。産経新聞の黒田勝弘氏は、韓国の「対日戦勝70年」の記念行事に疑問を呈する。また、「反日プロパガンダ」に対して、反撃すべきだと説くのは弁護士のケント・ギルバート氏だ。さらに、生き証人として99歳の元朝鮮総督府官吏の西川清氏にご登場いただいた。ご自身の経験から「日本の軍や官が慰安婦を集めたことはなかった」と断言し、昭和10年当時は「朝鮮人と日本人が仲良く桜の下で酒を酌み交わすほど平穏」だったと証言する。日韓の歴史認識が交わる日は来るのだろうか。
第二特集は、「ピケティと格差社会」と題し、日本経済の現状と処方箋について考えた。さらに、緊急特集として「イスラムテロの脅威」を取りあげ、イスラム過激派についてジャーナリストの丸谷元人氏に解説していただいた。
巻頭の対談では、外交の専門家である宮家邦彦氏と佐藤優氏が、対ロシア、韓国、中国を中心にユーラシアの地政学の重要性を説いた。 ぜひご一読いただきたい。
裏社会や触法少年少女の取材を続ける鈴木大介氏が昨秋上梓した『最貧困女子』(幻冬舎新書)も話題の書だ。「取材相手の迷惑になるといけないから」とメディアでの顔出しをいっさい禁じている骨太のルポライターに、知られざる「貧困」の実態を聞いた。
<聞き手:オバタカズユキ(フリーライター)>
マイルドヤンキーと貧困層は違う
――リーマン・ショック後のような不況期ではないのに、なにかと「貧困」が注目されています。どうしてなのでしょうか。鈴木: 長く貧困層を取材してきた立場からいえば「何をいまさら」感が強いのですが、端的にいうと、国内で低所得者の割合が増え、貧困層も確実に拡大しているからだと思います。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、最低限の生活の維持に必要な収入を表す貧困線は2012年の段階で122万円、相対的貧困率(貧困線に満たない世帯員の割合)は16.1%。前回調査の09年から0.1ポイントですが上昇しています。
ただ、この調査の数字はあくまで納税者のデータから割り出したもので非常に曖昧です。実際には、納税対象にもならないわずかな稼ぎで生きている人びとが存在します。そしてそのうちの少なからずが、女性の場合はセックスワーク(売春や性風俗産業)、男性はさまざまな「裏稼業」の世界に埋没しています。
そうした統計にもカウントされない層の実態はどうなっているのか。ないことにされている人びとの姿を可視化したいと思い、私は裏社会に生きる彼ら彼女らを取材してきました。昔からその存在を否定され、社会が当人たちの辛さや苦しみに目を向けようとしない貧困層の問題を、皆さんに知ってもらいたいのです。
――『最貧困女子』はそうした鈴木さんの仕事をコンパクトな新書にまとめた一冊ですが、昨年は、博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平さんの『ヤンキー経済』(幻冬舎新書)もヒットし、「マイルドヤンキー」という若者たちの存在が知られました。その層と鈴木さんが追ってきた層とは重なる部分もありますか。
鈴木: いや、まったく別です。マイルドヤンキーは、強い地縁や血縁をベースとした生活で満足している低所得の若者層のこと。「お金がなくても、地元の仲間とつるんで楽しくやっていりゃいいじゃん」と語る郊外や地方の若者たちですね。僕も取材したことがありますが、彼ら彼女らは「地元を捨てて上京したら負け」といった意識をもっています。ミニバンに乗り合わせて国道沿いのショッピングセンターやリサイクルショップに行けば、お金をかけず何でも手に入れることができる。「なのに、この経済的に逆風のなか、なんで家賃の高い東京に行かなきゃならないんだよ」となる。
興味深いのは、たとえタトゥーが入っていたりして派手な外見をしていたとしても、彼らは前の世代の不良と違って、親元から早く独立することをプライドにしていません。20代後半、30代になっても、国民健康保険が親の扶養のままだったりして、実家に頼れる部分はずっと頼っている。その代わり、相応の収入が得られるようになったら、親にお金を返していく。「借りた金を親に返すためにも地元にいなきゃダメじゃん」と話すのです。
日本は格差社会ではなく階層社会
――格差社会という言葉だけでは捉えられない新しい価値観が生まれているようですね。鈴木:知られざる若者の実態は次々と表出しています。でも、日本が格差社会だと私は思いません。新書を出していろいろな読者の方からリアクションをいただきながら、この国は格差社会ではなく、階層社会だったのかと実感します。
私の印象をざっくり言葉にすれば、まず上から、高所得層、プチセレブ層、中流層がいて、下に低所得層と貧困層、そのまた下にもっとも見えにくい最貧困層がいる。
各階層のあいだには厚い壁が存在し、それが互いの世界を知ることを困難にしている。私は最貧困層の実態を著しましたが、高所得層やプチセレブ層の方から「先進国の日本でそんな酷い生活をする人がいるはずがない」といわれてしまうことがあります。セックスワークの世界でしか生きていけない女性のリアリティーが、どうしても伝わらない。「国民皆保険で、生活保護制度もあって、中学までは義務教育が保障されているこの国にいて、やむなく最貧困層に追いやられるなどありえない」と思うようですが、現実には「ありえる」のです。
――中流層以下の反応はどうですか。
鈴木:中流層と思われる読者からは、「すごい。こういう人たちがいたとは驚いた」といった感想をよくいただきます。それまで不可視だった存在を初めて知ってショックを受けるわけですが、その衝撃は原田さんの本でマイルドヤンキーを知った驚きと、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれない。あまりにも自分の生活空間と違うところで生きている他者という意味で、とくに大都市部に住む中流層にとっては、最貧困層もマイルドヤンキーも「想像を超えた存在」に思えるのです。
低所得層の人たちも最下層のことは見えていません。『最貧困女子』を刊行していい反応をもらえたなと思ったのが、風俗の世界でセックスワークの女の子たちを雇う側にいた男性の感想です。「俺が現役だったころも鈴木さんの本に書いてあるような子たちはいたけど、そんなに苦しんでいるとは認識してなかった。『こいつ、ブスだし、だめでしょ』など酷い言葉を使ったりしたことを、すごく後悔してる」と。
――同じ風俗の世界で働いていても、最貧困層は理解されていないのですか。
鈴木:理解されていません。階層が違うとわかり合うことはきわめて難しいのです。
たとえ低所得でも、地縁や血縁、地域の支援があれば、貧困までの状態にはなりません。年越し派遣村を率いるなど反貧困活動をなさっている湯浅誠さんたちが言い続けてきたことですが、貧乏と貧困は別物なのです。貧乏はたんに低所得であること。低所得でも家族や地域との関係性がよくて、助け合って生きていけるのならけっして不幸ではありません。
対して貧困は、家族、友人、地域などあらゆる人間関係を失い、もう立ち上がれないほど精神的に弱っている状態です。その辛さは満たされている者にはわからない。たとえば、地縁や血縁を守ることに力を注いでいるマイルドヤンキーからすれば、「その子(貧困層)の努力が足りないからだ」と見えるでしょう。ありがちで、まったく現実とそぐわない自己責任論です。
それでも貧困層は、制度による支援の可能性が残されているだけマシともいえます。その人の貧困状態がホームレスという形で見えたなら、行政や反貧困系NPOなどの支援対象になります。あるいは伝統的に、貧困は創価学会と共産党といった一部の組織が支えようとしてきました。誰が見ても明らかな貧困に対しては、何らかの支援の手が伸びるのです。
一方、そうした支援者の視野からも外れてしまうのが最貧困層です。セックスワークや裏稼業でギリギリ生活できていて、身も心もボロボロの人たち。この層は差別の対象にされても、支援の対象にはなりにくい。理解者も現れません。
〔2〕に続く
(『Voice』215年3月号[特集:ピケティと格差社会]より)
プロフィール
■鈴木大介(すずき・だいすけ)ルポライター1973年、千葉県生まれ。「犯罪現場の貧困問題」をテーマに裏社会・触法少年少女らの 生きる現場を中心に取材活動を続ける。 著書に『家のない少女たち』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち』(朝日新聞出版)。昨年、『最貧困女子』(幻冬舎新書)を発刊。
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■『Voice』2015年3月号【総力特集:日韓「歴史戦争」】
韓国系団体が慰安婦小説を全米の図書館に送付するという。「強制連行」し、「性奴隷」にしたと描写し、そのうえナチスと旧日本軍、ホロコーストと慰安婦問題を同じだと言い募る。日本を貶め、誤った歴史認識を世界に広めたいのだろう。
3月号の総力特集は、いつまでも交わることのない日韓「歴史戦争」。櫻井よしこ氏と田原総一朗氏は、朝日新聞の「慰安婦報道検証第三者委員会」の報告書について激論。産経新聞の黒田勝弘氏は、韓国の「対日戦勝70年」の記念行事に疑問を呈する。また、「反日プロパガンダ」に対して、反撃すべきだと説くのは弁護士のケント・ギルバート氏だ。さらに、生き証人として99歳の元朝鮮総督府官吏の西川清氏にご登場いただいた。ご自身の経験から「日本の軍や官が慰安婦を集めたことはなかった」と断言し、昭和10年当時は「朝鮮人と日本人が仲良く桜の下で酒を酌み交わすほど平穏」だったと証言する。日韓の歴史認識が交わる日は来るのだろうか。
第二特集は、「ピケティと格差社会」と題し、日本経済の現状と処方箋について考えた。さらに、緊急特集として「イスラムテロの脅威」を取りあげ、イスラム過激派についてジャーナリストの丸谷元人氏に解説していただいた。
巻頭の対談では、外交の専門家である宮家邦彦氏と佐藤優氏が、対ロシア、韓国、中国を中心にユーラシアの地政学の重要性を説いた。 ぜひご一読いただきたい。
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