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- 2010年10月05日 00:00
捜査機関の暴走
1/21.はじめに
厚生労働省の村木元局長を被告人とする汚職事件で無罪判決が出た。更には,この事件の捜査過程で,担当検察官が自らのストーリーに沿わない証拠を改ざんしたのではないかという事実まで明るみになり,現在,捜査が進行中である。小沢一郎民主党元幹事長の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件についても,2007年分の虚偽記載容疑については不起訴が確定した。検察官が有罪と見立てて,政治的に大きな影響が生ずることも顧みずに遂行した捜査であったが,結果として検察官の見立てが誤りであったことが確定したわけである。2004年分,2005年分についても検察官としては不起訴処分を決めており,あとは検察審査会の議決を待つ状態である。
医療界に目を向けても,帝京大学附属病院で,アシネトバクターに感染して死亡した疑いのある患者が発生したことに伴い,警察が任意捜査を開始したとの報道がなされ,それに対して医療界から大きな反発が生じている。
大きな政治的影響や人権侵害を必然的に伴うことを顧みず,検察官や警察が遂行した捜査が結果として誤りであったという事案が続いており,検察官への信頼が大きく揺らいでいる。このような捜査機関の暴走がなぜ生ずるのか,それを防ぐ手立てはないのか。暴走が生ずる理由それを防ぐ手立てには,種々のものが考えられると思うが,その一端に触れたい。
2.捜査機関の暴走を防ぐ仕組み
日本の刑事訴訟法では,通常の事件は,警察が捜査の端緒をつかみ,捜査を遂行する。そして,検察官は警察の捜査を監視し,補充捜査を行った上で,起訴の可否を決定することになっている。ただ,複雑な経済事犯や汚職事件など「警察の手に負えない」と検察官が考える事件について,特捜部など検察官の特別な組織が独自に捜査の端緒をつかみ,捜査を行って,起訴の可否を自分で判断することになっている。
しかし,このような「警察の手に負えない」事件も数多くあり,全ての事件を検察官が処理することはできない。いきおい検察官は事件を選択して捜査・起訴することになる。警察には,泥酔者の保護から殺人事件まで事件を選ぶ余地がほとんどないことと対照的である。
しかし,検察官が数ある事件の中から「価値ある事件」を選択しようとすると,そこには検察官の出世欲やプライドが介在して,より難しい事件,より大きな事件をどうしても選択してしまう。しかし,立件の難しい事件,大きな事件には,必然的に無理な捜査,無理な起訴を生んでしまう危険が潜んでいる。少々無理筋でも大物を逮捕,起訴することの誘惑に勝てないのである。
本来,(1)事件の選択,捜査の遂行と(2)捜査の監視,起訴の可否決定は分けるべきであって,(1)と(2)を,同一人物又は同一機関が行うことにはリスクがある。一人の人間・組織が,自らの行った捜査・起訴の適否について謙抑的・冷静に判断することは不可能である。誰しも自分の行為は正当化したいのである。
検察内部にも高検・最高検と段階的に捜査・起訴の適否を判断する構造があるが,現実には機能しなかったことは今回の一連の不祥事で明らかである。
警察官が捜査の端緒を発見して,捜査を行い,検察官が警察の捜査方法を監視し,補充捜査を行った上で,最終的に起訴の可否を決定するという本来のあり方を重視することが捜査機関の暴走を防ぐ手立てではなかろうか。
3.医療事件における暴走を防ぐ仕組み
では,医療事件において検察官や警察が暴走するのは,どうやって防ぐことができるであろうか。



