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【寄稿】「温室の中の保守論壇」とヘイトスピーチ - 古谷経衡

"どう考えてもアウト"な曽野氏コラム

 保守論客として知られる曽野綾子氏の産経新聞紙上でのコラムが、大きな批判を浴びている。
 そのコラムというのは、2015年2月11日産経新聞朝刊の「曽野綾子の透明な歳月の光」と題される連載の中の一節。曽野氏自身が南アフリカを訪問した時の体験を元に、
「南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった」
 と書いた部分。即座に、南アフリカ共和国の大使館から「アパルトヘイト(人種隔離政策)を許容し、美化するものだ」と抗議を受け、国際的な大問題に発展した。2月17日、評論家の荻上チキ氏が曽野氏にこの問題でインタビューを敢行(TBSラジオセッション22で放送)。曽野氏は「私に差別の意図はなく、コラムの趣旨は差別ではなく区別である(だから正当化される)」と開き直り、記事訂正や削除の意思はないことを主張した。

 曽野氏の真意はともかく、人種隔離をしたほうが良い、という趣旨の発言は、どう考えてもアウトである。「結果的に人種間において居住地区の住み分けができるかもしれない」程度ならともかく、「その方がいい」と断言しているので、厳しい発言だ。
 本人の自由意志で異なる人種が別々の地域に固まって住むことと、最初から「べき論」で人種毎に居住地を分離するのは天と地の開きがある。前者は、現在のアメリカやイギリスでは実際にみることのできる現象(黒人の多い地区、ヒスパニックの多い地区など)だが、後者はアパルトヘイトやナチスの人種隔離政策と基本的に同根のものだ。普通の感覚なら、抗議が来ないと思うほうがおかしい。

 現在社会問題になっているヘイトスピーチを行っている過激な右派系の市民団体は、大阪や東京のコリアンタウンで「朝鮮人は出て行け、在日は半島に帰れ」と拡声器で喚き立てているが、彼らに話を聞いても、100人が100人とも、「これは差別ではなく区別だ」と抗弁する。「差別ではなく区別」というフレーズは、ヘイトスピーカーの抗弁の古典例だ。

 勿論、曽野氏をその辺の右派系市民団体と一緒くたに語るつもりはない。恐らく、普段は温厚な方なのだろうと思う。問題は、どう考えても「アウト」に思える表現を、なぜ重要な保守論客の一人である曽野氏が産経紙上に躊躇なく書いたのか、その部分である。

温室の中に存在していた戦後の保守論壇

 戦後の保守論壇というのは、基本的に守られた温室の中に存在していた、といってよいだろう。戦後の保守論壇の中核は、朝日や毎日といった、戦後リベラルメディアとして再出発した新聞集団に対抗するために、水野成夫・鹿内信隆という二人のゴリゴリの右派思想を持った実業家が、様々なコネや潤沢な資金力を武器に設立したフジサンケイグループをその始祖とする。

 当然、このグループにはフジテレビ(テレビ局)、産経新聞(新聞)、ニッポン放送(ラジオ)などが配列され、民放有数の一大メディア・コングロマリットとして花開いた。

 中でも、水野成夫の死後、実験を握った鹿内信隆は、自身の保守的思想を産経新聞紙上に「正論」として連載し、それが同名の「正論」として独立して、月間論壇誌「正論」が1973年に創刊した。所謂、「産経・正論路線」の誕生である。

 この、鹿内信隆時代に確立した「産経・正論路線(産経新聞と月刊誌正論)」の両輪の組み合わせこそ、戦後保守論壇のプロトタイプである。
 しかし同時に、この「産経・正論路線」はフジサンケイグループ内では、どちらかというと日陰者であった。もともと、産経新聞自体が大阪の地方紙に過ぎず、朝日・読売・毎日など在京全国紙に比べて東京進出(全国展開)が乗り遅れたので、部数が伸び悩んだ。  読売の公称900万部、朝日の700万部、毎日の300万部(全て概数)とくらべて、産経が全国紙でありながら、現在でもブロック紙の中日新聞などと大差ない150万分と段違いに少ないのは、高度成長時代の新聞拡張期に、ライバル紙と比べて全国化が遅れたためである。

 当然、月間論壇誌「正論」は産経新聞が刊行しているから、この産経の脆弱な基盤の下に存在する、うつろな立場である。が既に述べたとおり、「産経・正論路線」は、「鹿内王国」とまで謳われたフジサンケイグループの総帥、鹿内信隆の保守的なイデオロギーの独壇場として誕生したのだから、採算は二の次でイデオロギーが全面にでた。
 フジサンケイグループ内にあっては、「産経・正論路線」は慢性赤字の不採算部門と呼ばれたが、それを1980年代中盤から鹿内信隆の息子である鹿内春雄による大改革によってリニューアルしたフジテレビが、広告出荷など有形無形の形で支援し続けた。

 ともすれば泣き所の「産経・正論路線」をフジテレビが支援し続けたのは、「産経・正論路線」が持つ保守人脈、つまり自民党政権とのパイプを保持しておきたいからである、という推測がある。この辺りのお話は、中川一徳氏の『メディアの支配者』(講談社・上下巻)という本に詳しい。大著だが、同グループの変遷が手に取るように分かる力作だ。

競争のない、内向きの理屈が支配

 ともあれ、このようにグループ内で常に庇護され、其の引き換えに保守的人脈という政治力を提供することで隠然たる戦後保守論壇を確固たるものにしてきた「産経・正論路線」の姿は、基本的には現在も大きくは変わっていない。産経はライバル紙と比べてハンデが有り、部数が少ないとは既に述べたとおりだが、それを補うためにゼロ年代からは他誌に先駆けてデジタル版の拡充を実施し、一定の成功を収めている。かなりの企業努力の賜物だが、それでも産経の部数や、「正論」の実売部数が劇的に上昇しているわけではないようなので、やはり「産経・正論路線」が、フジサンケイグループ、つまり実質的にはフジテレビによって庇護された温室のような空間であることは、現在でもそうは変わらないだろう。
 温室と形容するのは若干聞こえが悪いかもしれないが、私はそれ自体を悪いと言っているのではない。グループ内で特定の不採算企業が、稼ぎ頭の他企業に支えられている、というのはどの企業コングロマリットでもある普通の現象である。産経や正論を責めているわけではない。加えて出版不況の昨今、どの新聞社や雑誌社も経営が苦しいのは当たり前の話だ。

 さて、このような構造的に永らく「温室」の状態、つまり庇護された状態の空間では何が起こるのかというと、まず競争原理が働かなくなる。「温室」の内部は、自然と内向きの理論が支配するように成る。それは、組織防衛やヒエラルキーという階級構造を生む。
 所謂戦後保守論壇に登場する多くの論客は、曽野氏がそうであるように、お歳を召した方が多い。それは、保守論壇が、グループ内の大きな資本によって競争にさらされることのないよう、庇護されてきたおかげで、人的な流動性を欠き、まるで終身雇用・年功序列の階層社会を形成したためで、比較的若い頃にこの階層社会に入った人々が、現在に至ってそのまま高齢化したことが直接の原因である。

 外部との競争がなく、庇護された空間の中では、其の空間の中でしか通用しない独特の力関係と、独特の価値観が支配することに成る。つまり、外部社会では異端であっても、内側に入ると常識、というような、所謂「ガラパゴス化」が進行していく。
 昨今、曽野氏の他にも、「問題発言」と取られるような発言を躊躇なく行う保守論客は多い。元航空幕僚長の田母神俊雄氏は、所謂「イスラム国」で人質となりその後殺害されたとみられる後藤健二さんを「在日かどうか調べたほうが良いのではないか」とツイッターで指摘し、物議をかもした。同じく、保守的な価値観を持ち田母神氏の都知事選挙の際に応援演説など精力的な活動を続けるデヴィ・スカルノ氏も、所謂「イスラム国」の事件に際し、「(人質らは)自決するべきだ」という頓狂な意見をブログに書いて炎上状態に。
 あるいは、2013年には当時、維新の会に所属していた西村眞悟議員が、「大阪には朝鮮人の売春婦がウヨウヨいる」という差別的な発言が問題視されて離党する羽目になった。
 いずれも、議員やタレント活動の傍ら、保守論壇に登場する保守系論客として知られる。

 こうした、一般的には「思慮に欠けた」「非常識で差別的な」発言の数々は、外部社会との競争のない、内向きの理屈が支配する保守論壇の中では往々に目にすることのできる光景である。「支那(中国)の軍艦など、チャンコロ(中国人)ごと爆撃して沈めてしまえ」「◯◯は朝鮮人みたいな奴だ」「支那に原爆でも落としてやろうか」こういったことが、普通に飲み会の席やごく内々の講演会や勉強会などで、躊躇なく平気で発言される。それに対し、聴衆は拍手喝采を送る。異様な光景だが、外部との競争のない空間の中では、何の疑問もなく交わされる「内部言語」としての一幕である。

 このような発言でも、ごく内々の、気心のしれた支持者や友人の間でなら、オフレコということで百歩譲り目をつぶることもできるだろう。しかし、競争のない「温室」空間での感覚が日常になって、それが長く続くと、いつのまにかこの感覚が、外部にまで通用すると錯覚してしまう。人間の慣れとは恐ろしい物で、永らく「温室」の中にいると、いつの間にか温室の外も、同じような快適な空間が広がっていると錯覚してしまう。実際には厳冬の氷点下であっても。

 曽野氏が躊躇なくアパルトヘイトを肯定するような発言をし、あまつさえそれを「差別ではなく区別」とさも当然のように抗弁して憚らないのは、戦後の保守論壇が永らく外部との競争にさらされること無く、自閉した「温室」の中で育まれ、成立してきた歴史と密接に関係している。今回の記事が、戦後の保守論壇の中核である産経新聞紙上から出てきたことは、それを象徴的に示すものだと思う。

曽野氏はミステイクを認め、謝罪を

 私は繰り返すように、何も「温室」自体が悪いことであるとか、そしてその「温室」を解体しろだとか、いうつもりも毛頭ない。何度も述べるように、「温室」の誕生には歴史的経緯があるし、「産経・正論路線」が日本の戦後保守論壇に果たしてきた肯定的な役割については、余りにも大きい物で、否定できるものではないからだ。

 しかし、私はこれだけは言いたい。今後は、保守論壇にいる方々は、自分たちが「温室」の中に居る存在であることを自覚していただきたいと思うのである。これから、保守や右派の外に大きく打って出ようと考えているのならば、外部に大衆的な支持を広く得たいと思うのであれば、「ガラパゴス化」した「温室」の内部言語は通用しないことを知るべきだ。

 「公明党をぶっ潰せ」とか「外国人の生活保護はけしからん」と叫んで、19議席から2議席に壊滅した次世代の党が典型的であったように、「温室」の中の理屈は、同じイデオロギーの人には「あ・うん」で理解されるが、それ以外の他者には滑稽で奇っ怪なものとして映ることもある。
 どうか、襟を正して「外部からの視線」に敏感になるべきである。曽野氏の発言は、明らかに「ヘイトスピーチ的なるもの」と外部からは混同されるだろう。混同されているからこそ抗議が来ているのである。「これは差別ではなく区別」などと抗弁せず、はっきりと自らのミステイクを認め、謝罪するべきだ。

プロフィール

(ふるや つねひら)1982年札幌市生まれ。NPO法人江東映像文化事業団理事長。立命館大学文学部史学科卒。ネットと「保守」、マスコミ問題、またアニメ評論などのテーマで執筆活動を展開する。著書に『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)、『ネット右翼の逆襲』(総和社)、『ヘイトスピーチとネット右翼』(オークラ出版・共著)など。近著に、『インターネットは永遠にリアル社会を超えられない』。

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