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なぜ左派は過激なムスリム集団・テロリストの台頭に正面から向き合えないのか?

ふ~む、これは興味深い。

米国プリンスト高等研究所のマイケル・ウォルツァー教授の論考

「イスラム主義と左派」(Islamism and the left)

http://synodos.jp/international/12879/3 (日本語訳版)
http://www.dissentmagazine.org/article/islamism-and-the-left (英語原文)

同教授は「左派(the left)」の立場であり、過激なムスリム集団、テロリストの台頭に左派が正面から向き合えていない状況を批判(自派批判)している。 

同教授の言うthe leftの範疇が語られていないが、おそらく米国流のリベラルから西欧的な社会民主主義までをカバーするのだろう(共産主義はおそらく含まない?)

全く同様の傾向は日本の左派にも顕著に見られる。 要するに日本人人質事件の救済を訴えるデモになるはずなのに、批判の矛先がISではなく、専ら安倍内閣に向かってしまう。

それに対して「今の問題の核心は安倍批判ではなく、テロとの戦いのはずだ。ISへの批判、糾弾で一致すべきではないのか?」と言うと、「言論封じだ、大政翼賛会だ」とあらぬ方向に行ってしまう(^_^;)

同教授の議論は冗長で、もっと整理してコンパクトにまとめてくださいよと感じるが、以下わかり易い部分を中心に引用しておこう。 赤字の(  )は私の注釈。

引用:
「ここで注目すべきなのは、オンラインでもオフラインでも集合的な左派はもはや存在していないにせよ、左派のまとまりというのは明らかに存在していること、そして彼らの中に現代宗教の統治、イスラム原理主義の政治に懸念を示す者がいなかったことだ。(失望と自派批判)

「外へのジハード」は今日、とてつもなく強大になっていることは確かであり、多くのムスリム世界の無信心者や異教徒、世俗的な自由主義者、社民主義者、自由を求める女性にとっての脅威となっている。そして、その恐怖は極めて合理的なものだ。

そのような状況にあっても、イスラム過激派を公然と非難するというより、イスラムフォビア(イスラム恐怖症・忌避症)とみなされることをいかに回避すべきかに腐心する左派に出くわすことは多い。これは今日のムスリム世界と左派の関係に鑑みれば、不思議な立ち位置である。

私が言わんとするのは左派の学術誌やウェブサイトに、イスラム過激派の問題について正面から向き合おうとする試みが一切みられないということだ。(再び失望と自派批判)
(なぜイスラム過激派をストレートに批判することを左派は躊躇うのか?に対する説明、以下)
彼によればイスラム過激主義に対する分析と批評を妨げているのは、今日のイスラム主義者が「西洋」すなわち西洋人、厳密にいえばアメリカ人による「帝国主義」の敵対者であるから、という事実に求められる。

左派にいる反帝国主義者たちは、イスラム主義者同様、個別的な判断を下そうとしない。かくして、「敵の敵は味方」という状況が生まれる。

イスラム過激派の犯罪を糾弾することに躊躇する理由はまだ他にある。それは、西洋の犯罪を糾弾したいがために、批判を手控えようとしていることだ。すなわち、多くの左派が主張するように、過激派の源は宗教などにはなく、西洋の帝国主義とそれによる貧困と抑圧から生まれている、という考え方だ。

左派の中には、イスラム過激派が西洋の帝国主義の産物というより、帝国主義への対抗形式のひとつだと考える者もいる。この立場は、イスラム過激派がどのような人々を魅了しているにせよ、過激派は根本的に虐げられている人々のイデオロギー、すなわち左派政治の変わり種のひとつだとみなすものである。
(しかしイスラム過激主義へのストレートな批判から逃げてはいけないのだよ、なぜなら・・・という自派批判、以下)
イスラム過激派に対する左派の一連の反応――同一化、支持、同情、謝罪、寛容、そして忌避――は、左派の本来のイデオロギーを考えれば、とても奇妙なことである。「西洋」に対するジハーディストの抵抗は、いかなる反応よりも先に、まず左派に深刻な不安をもたらさなければならないはずだ。

ボコ・ハラムは「西洋式」の学校の襲撃から始めたし、他のイスラム組織も特に女学校への同様の襲撃を行っている。過激派は、「西洋」のものとして弾劾する価値である個人の自由、民主主義、男女の平等、そして宗教的多様性などを攻撃の対象としているのである。

左派の価値とは、重視されてきた「西洋」の価値(自由、民主主義)である。従って、これらの価値への抵抗は本来左派が対決しなければならないものなのだ。そして、今現在では、その最大の抵抗者はイスラム原理主義なのである。
(では左派はどうすべきかについて、以下)
少なくとも左派は、特に異教徒やの異端者の大量虐殺を止めるための軍事行為を支持すべきだろう(支持しない者も多いだろうが)

この戦いにおいては、私たちはまずイスラム過激派とイスラム教とを明確に区別することから始めなければならない。そうする資格を私たちが備えているかどうかは疑わしい。(あらら、弱気によろめく・・・(^_^;)

左派は今の「ポスト世俗時代」において、いかに世俗的国家を擁護できるのか、そして、ヒエラルキーと神権政治を是とする宗教から平等と民主主義をいかに擁護できるのか、その方途を考えなければならなくなっている。(気を取りなおした。)

過激派が私たちの敵であると明言し、それに抵抗できるだけの理知的な運動を展開すること、つまり、自由と民主主義、平等、多様性を守っていくことが必要だ。(がんばれ、がんばれ)
(総括に入るよ、以下)
世俗主義的な左派は、ある種の宗教的な極端に対して適切な敵意を見せることもあるが、イスラム過激派への反応は鈍いままだ。なぜここまで反応が鈍いのかを、最後にもう一度考えてみよう。イスラムフォビア(イスラム恐怖症・忌避症)とされることに対する尋常でない恐怖心があるのというのが第一の理由だった。

左派の戦闘員が国際旅団を形成して戦場に赴くことなど期待できない。私の知人や隣人は入隊しようとしないだろうし、彼らの多くはイスラム過激派のもたらす危険も認識してないようだ。しかし、危険は現実のもので、世俗主義な左派は擁護者をも求めている。

そこで、私の出番である。戦闘員ではなく、一人の著述家として、イデオロギー戦争に参戦することで役に立つことができる。多くの国で賛同者を得ることになるだろうが、それでも決して十分ではない。左派の知識人による国際旅団が待たれている所以である。」
***
とうわけで、日本の左派の方々も、自由と民主主義、平和の敵であるイスラム過激主義を躊躇わずにストレートに糾弾・批判致しましょうね(^^)v  大好きな「安倍批判」はそれはそれ、別案件でやって頂いてかまいませんので、幸い日本は自由な国ですから。

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