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「反知性主義」の風潮を憂う~慰安婦問題・南京事件めぐって - 柳原滋雄

ジャーナリスト 柳原滋雄


「反日」の言葉が跋扈する時代

 「売国奴」「亡国」「反日左翼」「日本を貶めるな」――。こんな言葉がふつうに目にされる時代になった。特に昨年8月、朝日新聞が韓国での慰安婦狩りを証言した吉田清治氏に関する記事を取り消してからというもの、その傾向が急速に強まり、紙媒体である右派系メディアで、冒頭のような言説があふれるようになった。

 1つの方向に扇情的に押し流されるかのような風潮に対し、昭和の一時期に「非国民」などのレッテルを貼られた暗い時代を思い起こした人もいたようだ。

 朝日新聞の誤報問題は、その後、場外乱闘に発展した。渦中の一人となった元朝日新聞記者の植村隆氏が1月9日、週刊誌記事などで「捏造」と批判されたことを名誉棄損として発行元の文藝春秋などを提訴した。一方で、上智大学名誉教授の渡部昇一氏など8749人は、同じ月の26日、朝日新聞の慰安婦報道で日本人の名誉を傷つけられたなどして、朝日新聞社を相手どり集団訴訟を提起。双方の応酬は言論の舞台から法廷の場へと広がった。

 しかし、「反日」「売国奴」といったナショナリズムの裏返しのような言葉が、これほど広範囲に使われる時代は、戦後日本の歩みの中でなかったはずだ。近年、右派メディアが活発化した背景には、長びく経済不況や労働環境などの悪化で、社会への不満やストレスがたまり、そのはけ口として、弱いものいじめやヘイト・スピーチの蔓延につながっているとも見られている。

 同時に、戦後70年を迎え、日本人自身の手で戦争責任を明確に総括しないまま戦争体験世代が激減した結果、過去の出来事を蔑ろにし、自分の見たいように歴史を構築する「反知性主義」が蔓延し始めたことも指摘されている。

 客観的な事象や論理性を蔑ろにする立場を最近は「反知性主義」と呼ぶ。自分の見たいように歴史を見る偏った態度はその典型だ。事実を主観的にとらえ、自分の好きなように取り出して使うような態度とも共通しており、一般に「歴史修正主義」といわれている。

 そうした風潮が端的に出るのが「昭和の戦争」における日本軍の罪責ともいうべき行為についてだ。1つは1937年に日中戦争に突入した日本軍が中華民国の首都南京に入城した際に起こしたとされる「南京虐殺事件」。もう一つは、朝日新聞の誤報問題でも浮き彫りになった「慰安婦問題」である。

日本が抱える2つの問題

 南京事件は日本軍が南京を陥落させた際、逃げ出して市民に紛れ込んだ中国兵を殺害するために、裁判などの適正な手続きを経ないまま、市民と一緒に大量殺戮した事件のことで、ほかにも多くの婦女子を強姦さらに事後殺害した事件とセットで知られている。

 その犠牲者数について、中国側は公式には30万人を主張し、日本人識者は4万や10万人を主張する。一方で一部の日本人には「ゼロ」を主張する人がいて、中国側の神経を逆撫でしてきた。

「ゼロ説」を主張する背景には、日本軍の残虐行為を認めたくない、日本人を貶めたくないとった心情論が根強く横たわっている。つまり、客観的事実かどうかというより、心情を優先する立場といってもよい。
 同じことは慰安婦問題についてもいえる。2万人とも5万人以上ともいわれる慰安婦の存在について、「金をもらって日本軍を慰安した商売女」などの極論が最近は拡散される傾向が強くなった。一方で、騙されたり、強制連行されるなど、意に反して使役させられた慰安婦が多くいたことも歴史的な史実であり、これも客観的事実と心情論とのせめぎ合いの問題といえよう。

 共通するのは、現在生きるわれわれの、祖先である父や祖父の世代が戦争に巻き込まれ、戦地で残虐な行為を行ったかどうかという問題だ。しかも性処理というセンシティブな問題と関わっている。

 もともと慰安婦問題は、90年代初頭に韓国発で社会問題化したこともあり、朝鮮半島でどうだったかということばかりがクローズアップされてきた。だが、朝日新聞の誤報に見られるとおり、当時日本が植民地支配していた朝鮮半島では、強制連行を示す公文書などの客観的な証拠は確かに見つかっていない。

 それでも中国やフィリピン、インドネシアなどの占領地では、強制連行された事例は枚挙にいとまがなく、植民地の実態とは明らかに様相を異にする。

 インドネシアでは、オランダ人女性を日本軍の慰安婦にするために捕虜収容所から強制連行したスマラン事件が有名だし、ほかにも多くの事例がオランダ政府作成の報告書(公文書)によっても明らかにされている(注1)

 また中国では日本軍による常習的な強姦行為が広く知られているものの、その延長として兵士が村の女性を強制連行して監禁し、強姦を繰り返した事例は数多い(注2)

 これらに対し、日本政府の態度は、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」(2007年 答弁書)というもので、消極的に否定しているにすぎない。
 だが、占領地における上記のような「強制連行」は、日本の司法の最高機関である最高裁判所でもすでに中国人、オランダ人など30人以上が認められており、外国政府の報告書やさまざまな資料を加えると、すでに「確定」しているといって差し支えのないものである(注3)

 最近は、確たる証拠が存在するにもかかわらず、客観的証拠をあえて無視し、「強制連行はなかった」などと、自分の見たい歴史を見ようとする人々が増えてきた。根底にあるのは、自分たちの先祖の過去の行動が、間違ったものであってほしくないとの自己愛に近い心理にすぎない。だがこうした態度が、過去の事実と正面から向き合う姿勢でないことは明らかだ。

「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」

 1月末に亡くなったドイツのワイツゼッカー元大統領の言葉である。終戦から70年。日本は近隣国とのあつれきを抱えたまま、いまだ「昭和の戦争」を終わらせることができないでいる。
 過去に目を閉ざさず、歴史に向き合うという姿勢を堅持する以外に、解決の有効な方法があるだろうか。
 
注1…『「慰安婦」強制連行』金曜日(2008年)
注2…『黄土の村の性暴力』創土社(2004年)
注3…強制連行などが認定された裁判、『司法が認定した日本軍「慰安婦」』かもがわ出版(2011年)

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やなぎはら・しげお
●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。柳原滋雄 公式サイト

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