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若者の自立・家族形成の保障は住宅政策から(川田菜穂子)

編集部より:ビッグイシュー基金と住宅政策提案・検討委員会が実施した調査「『若者の住宅問題』-住宅政策提案書[調査編]-」を通して、低所得の若者の居住の自立が極めて困難であり、自立した若者が厳しい住宅事情におかれている実態が明らかになりました。

調査レポートより、大分大学大学院准教授の川田菜穂子さんの文章を転載いたします。

自立する若者の厳しい住宅事情

調査で明らかになったのは、低所得の若者の居住の自立が極めて困難であり、自立した若者が厳しい住宅事情におかれていることだ。

親と別居する若者の6割以上が 「自己借家」 に居住し、可処分所得の多くを住居費にあてている。低所得若年層の住居費負担は極めて重く、家賃滞納を経験している者もいる。

可処分所得から住居費を支払って残ったアフター・ハウジングインカムは少なく、必要な生活支出を賄える水準にない。健康保険や年金に加入していない者が少なからず存在している。若者にとって、家賃の捻出、住宅の確保は、いまの問題で優先度が高いのに対して、社会保障は、もしも・いつかの問題である。

自立した生活や過剰な家賃負担は、現在・将来における社会保障の犠牲によって成り立っている。「自己借家」では、遮音や断熱、日当たりや風通しといった質の側面において問題を抱えている割合が高い。

親の家はセーフティネットになりうるか?

今回の調査では、若年低所得者の約8割が親と同居している。

注目すべきは、この親同居の場合について、若者本人が低年収であるのみならず、本人以外の親などの世帯員分を含めた世帯年収も低水準である割合が高いことだ。

親同居世帯の生計は、住居負担が少ないローンなしの親持ち家の存在によって成り立っていると考えられる。しかし、その親の家は、老朽化するなど、住宅の質において様々な問題を抱えている。

また、生まれ育った親の家に長らく居住しているにも関わらず、近隣に頼れるような人間関係を構築しておらず、同居する親さえ頼れないと回答する者も多く存在している。

今後は、家事や食事、経済的援助など、親から享受している様々な恩恵が、親の加齢にともない見込めなくなる。親の介護や所得のさらなる減少といった負担が同居の子どもにのしかかる。

本調査の結果においても、年齢があがるほど暮らし向きが「苦しい」と回答する割合が高く、親と同居する場合においてその傾向が顕著であった。また、子どもは老朽化した家を適切に管理・維持していく経済力や気力を備えていない。将来的に、不良住宅ストックが蓄積されることが懸念される。親族が高齢化し、次第に人との関係性を失っていくなかで、地域や社会からの孤立を深めていくことも予想される。

時間の経過にともなって、親の家のセーフティネットとしての機能が失われていくことは明らかであり、それへの対策が急務である。

若者という隠れた住宅困窮層

低所得や無業の若者が増加しているにも関わらず、日本においてはこれまで若者の貧困は認識されてこなかった。それら若者の多くは親と同居し、かれらの経済状態は親と不可分の状態にあるため、その実態が把握できなかったからである

わが国では、家族による若者の扶養を前提としていることが大きく関係している。しかし、低所得であるがゆえに望まない同居生活を送り、適切な住まいを確保できないがために自立や家族形成をあきらめる層が拡大し、非婚化や少子化をますます加速させているとすれば、その実態を詳細に捉え、社会的に対応することが必要になる。

すでに1980年代から若者の貧困や自立の困難に直面し、それを社会的排除と関連づけて対策してきた欧州諸国のなかには、フィンランドのように親族や知人と望まない同居をする者をホームレスと定義する国や、フランスのように劣悪な住環境のもとで親族や知人と同居する者を住宅困窮者として捉えるなどしてその動向を把握し、制度対象としている国もある(檜谷ほか 2005、都留 2003)。

わが国でも、若者個人の経済状況や潜在的な住宅問題、住宅需要を把握したうえで、必要な住宅支援を計画していくことが望まれる。そのためには個人単位の分析が可能な統計調査の実施や、制度利用における若者の世帯分離の容認などの改善が必要になる。

包括的な自立支援政策の展開を 住宅政策が鍵

これまで若者を対象とした自立支援は、就労に関するものが中心であった。

しかし若者が安定した生活基盤を得て、自立や家族形成を達成するには、就労のみならず、教育・訓練、社会保障、家族形成、住宅など、暮らしの全体を支える包括的な支援策の整備が必要である。なかでも最も対応が遅れているのが住宅政策である。

若年期の住宅保障は、若者が自立・家族形成を達成し、次世代を育てるという再生産の役割をはたすうえでなくてはならない。欧州のいくつかの国では、低家賃の社会住宅の供給や、低所得者向けの住宅手当、公的家賃保証などにより住宅保障を充実させ、若者の貧困や自立・世帯形成の困難に対応している(川田 2009)。

しかしわが国では、公営住宅の多くが若年者の単身入居を制限しており、低所得の若年世帯の住宅確保を可能にする公的住宅手当も普及していない。2009 年には離職者向けの住宅手当が誕生し、短期間ではあるが家賃補助を提供することが可能になった。

しかし、ワーキング・プア、就労経験のない無業者、長期の離職者を対象とする住宅支援はいまだ皆無に等しい。

本調査で明らかになったのは、若年低所得者が経済的困窮のみならず、いじめや不登校・ひきこもり、家族関係の不和や断絶、就労における挫折、鬱病などの精神疾患など複合的な問題を多く経験し、社会的に孤立する傾向にあることである。

こうした状況は、家賃補助などの現金給付や公営住宅の直接供給といった従来の住宅政策のみでは対処ができないことを示している。このような若年層には、人とのつながりを構築していくケアやサポートを附帯した住宅支援を提供することが必須になっている。

(川田 菜穂子)

引用文献

檜谷美恵子 , 多治見左近 , 小伊藤亜希子(2003)「「住宅困窮」実態の把握方法とその支援方法をめぐる課題」『生活科学研究誌』2:173-187.

都留民子(2005)「フランスにおける住宅政策と社会保障」『海外社会保障研究』152:33-45.

川田菜穂子(2009)「若者の自立・家族形成と住まいの国際比較」『若者たちに「住まい」を! 格差社会の住宅問題』岩波ブックレット.


『若者の住宅問題』-住宅政策提案書[調査編]-より)

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