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これだけで1ヶ月健康に過ごせたドロドロの物体「Soylent」

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2013年シリコンバレーで24歳の青年が立ち上げた「Soylent」は、水に溶かして飲む粉末食品を開発・販売しているスタートアップ。企業名と同じ「Soylent(以下ソイレント)」という名のこの粉末食品さえ摂取すれば、健康を維持するために必要な栄養素が取れ、食事にかかる手間や費用などを大幅に節約にできるという。

ただし味は保証の限りではない。試飲した人の中には、「甘くて美味しい」と言う人もいれば、「最悪」と言う人もいる。あるブロガーはその濁った色とドロリとした形状から男性の生殖器から放出される物質を連想し、「誰がこんな不気味なモノを口に入れるのか!」とまで酷評している。長期に摂取し続けた場合、健康に本当に悪い影響が出ないのかも、今後の研究を待つ必要がある。普通に考えたら、勧められてもあまり食指が動きそうもない代物だ。

ところが商品化を目指して自サイトでクラウドファンディングを募ったところ、生産が間に合わないほどの予約注文が殺到した上、Andreessen HorowitzやLerer Venturesなどの著名投資会社からも投資のオファーが届き、短期間で約200万ドル(約2億4000万円)を超える資金を確保。2013年において最も成功したマーケティング事例の1つに数えられるまでになった。

粉末状の栄養食品は、ダイエットシェイクやプロテインパウダーなどがすでに市販されており、今や別に珍しい商品ではない。どうしてソイレントはブームを起こすことができたのだろうか?

個人的な事情からスタートした製品開発

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ソフトウェア・エンジニアのRob Rhinehart(上写真、以下ラインハート)氏は「発展途上国でも導入できる安価なWi-Fiインフラを構築する」というビジネスのアイデアを思いつき、仲間たちとチームを組んで、スタートアップ養成機関であるYコンビネーターの2012年夏季講座に応募し、入学を認められる。

Yコンビネーターでは、参加したスタートアップが数百人の投資家の前で自分たちのビジネスプランのプレゼンテーション「デモディ」を行って3カ月の養成期間を締めくくる。ここで有望なプランと認められれば、投資のオファーが届くのだが、彼らのプレゼンテーションに対して投資家からは否定的な反応しか返ってこなかった。

失意の中、ラインハート氏は手元にある資金で行けるところまで行くしかないと決意する。貴重な資金を無駄にしないためには、出費の切り詰めが必要だ。まず家賃や食費を節約しなければ......このとき彼の頭に「食物を取らずに生きていくことができれば、非常に助かるのに」という思いがよぎる。

凡人なら切羽詰まった状況で浮かんだ戯言として一笑に付すところだが、ここから彼は「人間が食物を取らずに生きていける可能性」について真剣に考え始める。生化学の教科書や栄養に関する情報を貪り読み、栄養と健康の関係について理解と考察を深めた末、次の仮説にたどり着いた。

"一般には、生命の維持に食物の摂取は欠かせないとされている。しかし本当に必要なのは食物ではなく、食物の中に含まれている栄養素(化学成分)ではないのか? もしそうなら、別に肉や野菜を食べなくても、化学成分をそのまま取れば足りるはずだ。"

この仮説を試すために、彼は生命の維持に必要だとされる化学成分の原料となるいくつもの化学物質をAmazonを通じて取扱い業者から取り寄せ、それぞれ必須とされる量を計り取っては、次々と水に混ぜていった。

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出来上がった液体を不味いに違いないと覚悟して息を止めて飲んでみると、意外や非常に美味しく感じられ、すぐに満腹感も覚えた。数時間後、空腹になると、再びこの液体を飲んだ。翌日も同様にこの液体だけで過ごしたが、腹持ちもし、体調もすこぶる良かった。

しかし3日目に、突然動悸を覚え、活力が一気に低下するのを感じた。どうも心臓が他の臓器に酸素を運ぶのに苦労しているようだ。ラインハート氏はこの症状はヘモグロビン不足が原因だと自己診断し、レシピを見直した結果、鉄分が完全に欠如していることを発見。急いで鉄のサプリメントを購入し、レシピに追加した。

翌4日目に体調は完全に復活した。以前の彼はジムに通うような元気はなく、ジョギングを始めても1マイル(約1.6キロ)を走るのに苦労したものだが、この日は体内にエネルギーがみなぎっていると感じたので、試しに走ってみると、休憩を取らずに3.14マイル(約5キロ)も走ることができた。

その後も彼は自分の体調と相談しながら、各化学物質の分量を加減するという試行錯誤を続け、2週間目には、自身にとって適正と思えるレシピにたどり着く。これが完全食品「ソイレント」の最初のバージョンとなる。

熱い議論を巻き起こしたブログ記事

ラインハート氏は1カ月間、このソイレントだけで過ごした後、健康診断を受けたが、まったく異常は見つからなかった。4日目以降、日課となったジョギングは日を追うごとに走る距離が伸び、4週目には、7マイル(約11キロ)に達した。体力に加えて、気力や集中力、記憶力も以前より高まった。

それまで彼は買物や外出、調理、後片づけなどの時間も合わせると、食事に関する作業に1日平均2時間を費やしていた。しかしこの実験期間中、食事の準備にかかる時間は1日約5分、食事自体にかかる時間は1回数秒に減少した。月平均470ドル(約5万6000円)だった食費は約3分の1の154.82ドル(約1万8570円)に抑えられた。

だが毎食こんな液状食だけでうんざりしなかったのだろうか? それが本人にとっても意外だったことに、通常の食べ物を恋しいとは感じず、大好きなメキシコ料理の匂いが漂ってきても、誘惑に駆られずに済んだという。

極めて個人的な事情から誕生したソイレントだったが、ラインハート氏は自身をモルモットとしたこの実験を通じ、ソイレントにはもっと大きな可能性が潜んでいると感じるようになる。

まず、わずかな時間と金銭で必要な栄養素が摂れるということは、人間を食にまつわる煩わしさから解放することに通じる。食物アレルギーを引き起こす恐れがない点もソイレントの利点だ。

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また、発展途上国では、現在でも3人に1人が飢餓に苦しんでいる。従来の食物は世界の人口を支える栄養源としてはあまりに効率が悪い。たとえばトマト1個に水分が占める割合は90%を超える。したがって、もしトマトだけで必要なカロリーを補給しようとしたら、非常にコストがかかる。食糧難と無縁の米国では、貧困層ほど、糖尿病や高血圧などの成人病患者が多いが、これも健康に良くない食べ物の方が安価にエネルギーを補給できるからだろう。

長期の貯蔵が可能で、場所も取らず、調理に燃料を必要としないソイレントは環境に及ぼす影響も小さく、生産や輸送にかかるコストも大幅に引き下げられる。これは食糧問題や環境問題の解決にも貢献できるのではないか?

2013年2月15日、ラインハート氏は「まだ1カ月しか試していないので結論を出すのは尚早だが」と断りつつ、上記のような意見も含め、実験の経過と結果を前年から開いていた個人ブログに「How I Stopped Eating Food(いかにして私は食物を食べるのを止めたか)」と題して詳しく報告した。

この記事は瞬く間にバイラルとなって、ネットユーザーの間に拡散。メディアからも注目され、ソイレントは「未来の食物」「SFドリンク」などの名前で紹介されるようになる。

「健康維持にかけては、自然食品にかなうものはない」「食はただの栄養補給の手段ではなく、人生の大きな楽しみであり、社会生活や文化に欠かせないものだ」といった否定的な反応も数多く返ってきたが、ラインハート氏は「自然が作り出そうが、化学的に合成しようが、身体によいものは良く、毒は毒だ」「僕たちはすべての食事をソイレントに切り換えろとは主張していない。ソイレントは食事に時間をかける余裕がないときに十分な栄養を手軽に補給できるデフォルト食品であり、食が人生の楽しみや文化であるという考えと矛盾しない」などと反論している。

その後も懐疑的な見方は消えなかったが、ソイレントは人々の好奇心を刺激し続け、冒頭で触れたクラウドファンディングを経て、商品化に至った。

注文殺到で品薄状態が続く中、ソーシャルメディア上では、早期にソイレントを試すチャンスに恵まれた人たちによる製品レビューが相次いだ。ラインハード氏と同じく、30日間ソイレントだけを飲んで過ごしたBrian Merchant(以下マーチャント)氏のドキュメンタリー動画もその一つ。

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マーチャント氏の場合も、健康状態に何も問題は出なかったが、精神的には途中でかなり落ち込んでいる。実験後、初めて固体の食物を口にしたときの彼の表情はとてもイキイキと輝いており、本人もこのとき食べるという行為がどんなに幸せかあらためて気づいたと語っている。

こうした必ずしもポジティブでないレビューが発表されても、「騙されたつもりで自分もソイレントを試してみよう」という人は後を絶たない。

レシピを完全公開し、自作することも奨励

現在、ソイレントはSoylentのECサイトで販売されている。Soylentは顧客や栄養学者らのフィードバックを受けて、製品のアップグレードを続けており、現在販売中のバージョンは1.3となっている。

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製品はピニールパッチに梱包されていて、最低購入単位は7袋(21食分以上に相当)。7袋分を1回限定で注文する場合は送料込みで85ドル(約1万200円)だが、月1回の定期購入とする場合は70ドル(約8400円)に割引きされる。

ただし生産能力が商品の人気にまだ追い付いていないため、初めて注文する場合は、商品が届くまでに4〰5カ月も待たなければならない状況だ。

「これ以上待ちきれない」という顧客のために、同サイトでは、ソイレントのレシピを完全公開するとともに、ラインハート氏と同じように各自で自作することを推奨している。

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実際に自作した人たちが自分で工夫したレシピをシェアするための掲示板も設けられていて、ここでも活発な情報交換や議論が行われている。

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特定層の心に強く刺さる商品コンセプト

米国の食品業界では、「オーガニック」や「自然食品」「ケミカルフリー」「スローフード」といった言葉が流行している。その中にあって、「味」も「食べる楽しみ」も重視せず、「ケミカル」で作られていることを前面に出しているソイレントの商品戦略は異色であり、それだけにビジネスとしてのリスクも大きい。

ソイレントを一定期間試した人たちのほとんどは体重が落ちたと報告しているので、リスクを抑えるために、既存製品よりも低価格のダイエット食品として売り出すことも可能だったと思うが、Soylent社では、減量効果を商品のセールスポイントとして特にアピールすることもしていない。

レシピ完全公開という方針も「オープンソース」の思想が浸透したハイテク業界では当たり前でも、食品業界では異例のことだ。レシピは秘伝として企業の財産になり得るもので、それを無料で公開することは、商売の不利益にもつながる。

しかしSoylentの場合、レシピの公開は宣伝にこそなれ、商売のマイナスにはなっていないらしい。すでにソイレントを定期購入している顧客たちがソイレントについて最もクールと感じている点は「食べることに煩わされる時間や労力を減らし、その分の体力や知力を他の創造的な活動に回せる」というコンセプトにあるからだ。いちいち必要な材料を調達して自作する手間をかけるのでは、彼らにとってクールでなくなってしまう。

「食べるために生きるな。生きるために食べよ」という有名な諺があるが、ソイレントは人々に「食べることの本来の意味」を問う商品なのだ。そのコンセプトは強い反発を買う一方で、「体力と知力を良好なコンディションに保ちながら、食に煩わされる時間や労力を他のより創造的な活動に使って、意味のある人生を送りたい」と考えるタイプの人たちや「テクノロジーは人間の生活を進化させるためにある」と信じるタイプの人たちの心に深く刺さる。

はたして本当に十分な栄養が摂れるのか、食糧問題の解決につながるのかといった疑問については僕には何とも言えない。だが、もしソイレントが「ダイエット食品」として売り出していたら、これほどのブームになることはなかったということだけは断言できる。

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