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「正しい情報」は伝わるのか

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「BBCの放送=英国政府の姿勢」?

 国際的な情報伝達の難しさを伝える、もう一つのエピソードを紹介しておこう。第二次世界大戦が始まる少し前の英国での話だ。当時、スペインではフランコによる反乱が始まっており、英国からはフランコと戦うべく多くの義勇兵が内戦に参加していた。

 英国の挙国一致内閣はスペインには不干渉の立場を取り、『デイリー・メール』のような保守系の新聞はフランコ側に立って参戦することを求めていた。フランコが倒そうとしていた左派政権が気に食わなかったからだ。そうした立場からすると、「中立」であろうとするBBCの放送が実に「偏向」しているように見える。たとえば同紙は次のような社説を掲げる。

多くの『デイリー・メール』読者からの手紙により、我々はBBCのニュース解説にほぼ毎日示されている偏向について記さざるをえない。それは、英国人としての健康的で自然な偏向なのではなく、奇妙にも赤い類の「主義」に傾斜した偏向なのである。社会主義、急進主義、平和主義、そして国際主義。つまりは多くの国際連盟主義である。しかし、そこに愛国主義は少ない。
(出典)Daily Mail 1937/1/13

 そうしたムードのなか、英国政府の外務官僚もBBCに干渉を試みるようになる(以下の記述はBBC文書アーカイブの内部資料に基づく)。彼らの理屈はこんな感じだ。海外では「BBCの放送=英国政府の姿勢」だと見なされている。そして、フランコはどうやらBBCや『タイムズ』の報道姿勢が自らに敵対的だと感じているようであり、したがって英国政府もフランコに敵対的だと考えているかもしれない。その場合、フランコが内戦に勝利した暁にはドイツやイタリアに接近してしまうかもしれない…というのだ。

 しかし、BBC側の見解からすると、海外で同局が信頼されているのはそれが「中立」で「公平」だと見なされていることにある。つまり、BBCが英国政府の言いなりだと海外の人びとが考えるようになれば、その国際的評価は地に落ちてしまうということだ。

 当時の英国政府とBBCの見解、どちらが正しかったのかを論じることは難しい。人びとが当時、BBCの海外放送をどのように聴いていたのかを調べることは容易ではないからだ。

 ただ、現在のBBCの高い国際的なプレステージを踏まえると、「中立」で「公平」だと見なされているがゆえに信頼されているという自己評価はそれほど的を外していないように思われる。実際、わりと最近の調査で「世界で最も信頼されているニュース放送局」としてBBCの名前が挙げられている(まあ、ソースがBBCというのがアレなのだが…)。実際には英国政府からの様々な圧力に屈してきた歴史があるとしても、キャメロン首相に厳しい質問を投げかけている同局のニュース番組を見ていると、信頼が生まれる理由もなんとなくわかる気がする。
 

一方的な「正しい情報」は伝わらない

 いろいろと寄り道をしてきたが、ここでようやく最初の話に戻る。(3)のどちらでもない層をひきつけるためには、信頼に値する情報源だと見なされる必要がある。一方的な観点からだけの「正しい情報」は伝わらないどころか、そうした姿勢そのものが国のイメージをかえって悪くしてしまいかねない。

 一方から見た「正しい情報」を伝えるためには、それと対立している側から見た「正しい情報」もまた公平に伝えねばならない。そのうえで最終的な判断はそれを見る人に委ねるしかない。とりわけ国際的な知名度の低い極東の放送局が信頼を勝ち取ろうとすれば、「公平」や「中立」とは何かを真剣に考える必要がある。

 このエントリの冒頭で引用した記事によると、自民党内では「従来の枠内では報道の自由など基本的な制約が多いため、今日の事態に十分対応できない」という意見が出ているのだという。数多くのメディアが人びとの限られた時間を奪うべく激しく競い合っているなかにあって、「報道の自由」から外れたような放送をいったいどこの暇人が見るのだろうかという疑問が浮かぶ。

 他方で、「公平」で「中立」の放送局があったところでいったい何の役に立つのかと考えるひともいるかもしれない。だが、たとえ両論併記における一方でしかなかったとしても、自分たちから見た「正しい情報」を広く伝えるチャンネルを持っているということは、決して無意味なことではないはずだ。

 もちろん、「正しい情報」が本当に正しいのか、ということにもよるわけだが。

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