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第58回 “一強多弱”の政界では、憲法改正論議は進展しない ‐ 南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

立憲主義の芽生えから800年

2015年を迎えました。日本の終戦(1945年)から70年であり、立憲主義思想の原点といわれる、イギリスのマグナカルタ(大憲章)の制定(1215年)から800年、という節目でもあります。個人の人権保障が真正面から憲法制定の目的に掲げられるのは、マグナカルタからさらに数世紀後の話になりますが、いななお世界各国が、立憲政治の発展に向けて試行錯誤と苦労を重ねている最中にあります。日本の政治は、誰の目からみても、この点で努力不足です。主権者目線で、憲法の価値を問い直す作業が続く一年になりそうです。
 昨年は、日本の立憲主義に大きな動揺が走りました。国会の憲法改正発議要件を過半数に緩和しようとする議論はすでに沈静化したものの、憲法上許される「自衛の措置」に関する政府解釈を変更する閣議決定(→政治家主導による憲法解釈変更)は、憲法施行67年目にして、憲法改正に匹敵する政治的決定であったといえます。与党の根回しさえあれば、内閣総理大臣のリーダーシップ(独断)で以て、憲法の解釈・運用を自由に変更できるという、憲政史上初となる、悪しき前例を作ってしまいました。閣議決定から半年が経過し、今日、既成事実と成りかかっています。
2015年は、(政府内において)カタチが変わってしまった憲法と向き合うことが出発点となります。“積極的平和主義”という用語の濫用によって、(集団的自衛権の行使を含む)安全保障に関する新たな法整備がどうなるか、政治の動向に目を光らせつつ、さらに、政府解釈を元に戻すことと、解釈を安定させるための政治的工夫を講じることまで考えていかなければならないと思います。

“一強多弱”では、憲法改正論議は進まない

 ちょうど1か月前、12月14日が衆議院議員総選挙の投開票日でした(随分、昔の話にも感じられます)。衆議院では自由民主党が290議席を獲得し、公明党の35議席を加えると、連立与党で総議員(475名)の3分の2を超えることから、国会では憲法改正(の発議)に向けた動きが加速するとの観測(期待、煽り)が、一部のメディアから出ています。しかし、私はこうした観測(期待、煽り)は憲法論、政治論として誤りであり、大きな勘違いであると思います。
 こうした誤り、勘違いは、憲法改正論議を100m走のような、選手が単独で行うスピード競争(純粋な体力勝負)と捉えていることから始まっています。衆議院における現在の保有議席を前提にすれば、与党が単独で、憲法改正発議というゴールまで走り抜けることができるので、いつ、そのスタートラインに立つのかという観測(期待、煽り)が、自然と出てきてしまうのです。
 しかし、憲法改正論議は、複数の選手が揃って行う“多人多脚走”と捉えるべきです。2人3脚、3人4脚、最近は30人31脚というものも行われているそうですが、単純にタイムを競うだけでなく、まず初めに全員が横一線にスタートラインに立ち、第一歩をどちらの足から出すかを決め、一定のペースで走り切ってゴールすることができるものと想定する必要があります。たとえ、メンバーの一人が、単独走では断トツの好タイムを出すことができるとして、多人多脚走の場面で自分の能力を誇示しようと、全力疾走してしまっては、即、その周辺からズッコケてしまうことは想像に難くありません。一番足の速い者のタイムに、全体が便乗することはありえないのです。
 そもそも憲法は、こうした身勝手な選手をスタートラインに立たせないために、「総議員の3分の2以上」という厳しい発議要件を課しているものと考えられます。現に、参議院では与党だけで3分の2以上の議席を有しておらず、少なくとも野党第一党の賛成が不可欠な状況ですから、与党ペースの憲法改正論議を念頭に置くこと自体、意味がないことです。仮に、衆参両院で、自由民主党が単独で3分の2以上の議席を有することになれば、事実上、単独走が可能となるので、そういう議論の建て方はありうることにはなるでしょう。しかし、過去にも参議院で単独で3分の2以上を占有した政党はなく、これからも政治論としてはありえない話です。
 また、この多人多脚走じたい、時間制限があるものでもなく、タイムを意識するような性格のものではないといえます。憲法は元々、永久の法典として制定されているので、多人多脚走をじっくりと続けている過程で、一定のゴールが見えてくるにすぎません。さらには、多人多脚走が進行中であったとしても、2~3年に一度は行われる国政選挙によって、選手そのものが入れ替わったり、スタートラインに戻らなければならなくなる、という事態が生じえます。
 憲法改正発議は、こうした政治的条件、困難、ハードルを乗り越えて初めて可能となるものであって、個人の職業人生(**党総裁としての任期等)の尺度で語られるべきものではありません。最初の発議は50年後かもしれないし、100年、200年という単位で時間を要するかもしれません(こればかりは、誰も予測できません)。「憲法改正発議を、○○年までに行う」といった類の議論の建て方は、本当にやめるべきだと思います。

国民投票制度の浸透具合に疑問

 さらに言えば、国民投票制度の浸透具合にも疑問があります。憲法改正が発議された場合、その案を承認するかしないか、後に国民投票が行われます。2015年6月1日(日)が投票日として決まったとして、「いったい何歳から投票できるのか?」という投票年齢の問いに対しては、国民の半数も正しく答えられないのではないでしょうか。改正手続についての理解が十分でないままに、憲法改正に関する実体的な議論を無理に集約しようとしても、国民(有権者)の側から引いてしまうのが落ちだと思います。
 2015年、小さな政争が勃発することはあっても、当面“一強多弱”の構図は変わりません。憲法改正論議は進展しないと割り切りつつ、国会(議員)も、自覚して“憲法の番人”の役割を果たすことができるよう、声を上げ続ける必要があると思います。とかく、内閣法制局、最高裁判所の判断だけ注目されてしまいますが、私はこれまで以上に、立法府が果たすべき役割、責任を細かく、厳しく見ていこうと思います。

 1865(慶應1)年、土佐の町人郷士だった坂本龍馬が、桂小五郎(木戸孝允)、西郷隆盛を説得し、「薩長連合」を成立させ、その後の討幕運動と近代国家建設(明治維新)の流れを決定付けました。作家の大佛次郎氏(故人)は、「自らを燃焼し、炎となる熱情であった」と、当時の龍馬の様子を著しています。
 あれからちょうど150年が経ちました。憲政も、社会も、科学も一定の進歩がみられましたが、外患、内憂はなお、溢れんばかりです。龍馬もどきは数多にいるものの、利害と打算にまみれ、現代の薩長連合は、なかなか成立しがたい事情があるようです。

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