記事

昨年10月23日マスコミ倫理懇での朝日慰安婦報道の検証に関わるスピーチを文章にしました

1/2
─────────────────────────────────────

マスコミの劣化と、ヘイトスピーチ現象にみる〈感情の劣化〉は、完全に連動する

─────────────────────────────────────

 マスコミの劣化と〈感情の劣化〉は連動する──そう述べたのは、10月23日本プレスセンタービル8Fで開催のマスコミ倫理懇談会で「朝日新聞慰安婦報道問題をどう検証すべきか」と題した講演でのこと。そこで話した内容を紹介する。なお内容の概略は、それに二週間ほど先立ってTBSラジオ&コミュケーションの番組で話した。

 ちなみに〈感情の劣化〉とは、真理への到達よりも感情の発露が優先される態勢。最終目的が埒外になり、過程における感情浄化を得たがる傾向を言う。感情を制御できず、〈表現〉よりも〈表出〉に固着する。ちなみに〈表現〉の成否は相手を意図通りに動かせたか否かで、〈表出〉の成否は気分がすっきりしたか否かで決まる。

【朝日新聞慰安婦報道を検証する第三者委員会が抱える問題】

 10月10日金曜日にTBSラジオ「荒川強啓デイキャッチ」で「朝日新聞慰安婦報道を検証する第三者委員会はデタラメ」と題して話をした。前日9日に第三者委員会が開催され、それに合わせて研究者や弁護士のグループが人選の見直しを求める要望書を朝日新聞に提出したことに触れた。要望書の提出メンバーには私も含まれる。

 人選は以下の通り(敬称略)。中込秀樹・73歳・元名古屋高裁長官。岡本行夫・68歳・元外務省総理大臣補佐官。北岡伸一・66歳・国際大学学長。田原総一朗80歳・ジャーナリスト。波多野澄雄67歳・内閣府アジア歴史資料センター長。林香里・51歳・東大大学院情報学環教授。保阪正康・74歳・作家。人選のどこが問題か。

 左からは「密約問題有識者委員会で悪名高い政府御用学者・北岡紳一氏が含まれる」との批判、右からは「軍の強制を認めたアジア女性基金の呼掛人・岡本行夫が含まれる」との批判があるが、どうでもいい。まず委員会のタスクは、⑴誤報が果たした国内外への機能の測定、⑵誤報を除去した慰安婦の実態探索、⑶妥当な評価軸の設定であるべきた。

 となれば、批判のポイントは要望書が指摘する通り以下の3点だ。⑴慰安婦問題に専門能力がある研究者が含まれない。⑵国際人権機関に関係する法律家や人権NGOメンバーが含まれない。⑶女性人権侵害問題を扱うのに7名中1人のみ女性。なお⑴の専門能力とは93年談話(河野談話)以降に発見された529点の関連公文書を分析する能力のこと。

 こうした要件が満たされない現状で危惧されるのは、経営幹部の過剰反応への同調や、それを背景にした官邸との手打ちだ。危惧には根拠がある。福島第一原発の「吉田調書」記事の報道取消しだ。それについては去る9月26日に弁護士200名が報道取消しに関する申入れをした。要は朝日側の過剰反応を危惧したのだ。

 いわく、報道は「待機命令違反で撤退」で、その後明らかになった事実は「待機命令を聞き間違え撤退」だが、「待機命令が存在したこと」と「命令が結果として従われなかったこと」のは事実であり、報道取消しでこれら事実を否定する印象が拡がることに配慮すれば、報道訂正で充分で、報道取消しは過剰反応だと。私もそう思う。

【朝日新聞慰安婦報道問題への頓珍漢な反応】

 朝日新聞慰安婦報道問題に関する典型的な勘違いは、自民党国際情報検討委員会の9月19日決議に見出される。いわく⑴虚偽記事により国際社会が日本の歴史を歪曲して認識、日本の国益が損壊された。⑵朝日の謝罪で強制連行も性的虐待も否定され、日本批判は論拠崩壊した。⑶名誉回復のため国連など外交の場で国として主張を発信せねばならない。

 勘違いを説明する。従軍慰安婦が問題化した経緯を見よう。83年に吉田清治『私の戦争犯罪』が上梓されたが話題にならなかった。91年8月に韓国で元慰安婦を名乗る女性らが現われ日韓で問題化、12月に彼女たちが東京地裁に提訴した。翌92年にこれに応答して吉見義明氏が一連の軍公文書群を発表し、以降、慰安婦研究が本格化した。

 吉見氏も、後続する研究も、吉田清治証言を一切資料としない。なぜか。提訴に対応する形で朝日が提訴の翌月(92年1月)に吉田清治証言記事を掲載したものの、秦郁彦氏による綿密な現地取材を経た反証の文章が『正論』(92年6月号)『諸君!』(92年9月号)に掲載され、勝負が付いたからだ。だから93年8月の河野談話も吉田証言(軍の強制連行)には触れない。

 この談話では、⑴慰安婦が軍の要請で慰安所が設置されたこと、⑵軍の直接・間接の関与で慰安婦の管理と移送が行われたことが、語られる。これらは公文書を通じて確認できるから(後述)、妥当である。つまり、この93年談話は、吉田証言記事を引き金にしたものでもなければ、吉田証言記事の内容的影響を受けてもいない。

 他方、国際問題化の契機は、96年の国連人権委・女性への暴力に関する特別報告最終報告書「クマラスワミ報告」だ。これはG・ヒックス『慰安婦』を介して吉田証言を引用するが、構成は吉田証言と無関係で、元慰安婦16人の聴取に依拠する。吉田証言への言及がニ箇所あるが、一箇所は吉田証言を反証した秦郁彦氏の発言を紹介したものだ。

 1箇所目には、《吉田清治は⋯国民勤労報国会の下で他の朝鮮人とともに千人の女を慰安婦として連行した奴隷狩りに加わったと告白》とあるが、これとバランスをとる形で、2箇所目には《秦郁彦博士は、慰安婦に関する歴史研究とりわけ吉田清治の著書に異議を唱える》とある。意外にもクマラスマミ報告書は吉田証言に関しては中立的だ。

 クマラスワミ女史は日本をメンバーに含む人権委決議で任命された特別報告者。政府の招待で来日、政府情報の提供を受けて報告書を作成したので、ミクロネシア虐殺事件の記述など間違いも多いが、政府情報と矛盾する記述はない。そして96年の53回人権委ではクマラスマミを盛大な拍手で迎え、日本を含めた全会一致で報告書を採択した。

 報告書は政府の法的責任回避をハーグ陸戦条約やジュネーブ条約などに基づき批判する。オーソドクスな手法だ。政府は採択妨害すべくクマラスマミを中傷する文書を配布したが、各国から激しい批判を受け撤回・回収した。政府は説明資料だと弁解したが、訂正でなく回収した理由が説明できない上、文書バラ撒きの末に全会一致に賛同するという恥を晒した。

 一連の経緯に吉田証言は影響していない。それより大事なのは「名誉回復のため政府として言うべきことを言った」結果の恥晒しだった事実。一般には、何を批判されているのか分からない鈍感な者には〈表出〉できても〈表現〉できない。自分の気分をすっきりさせる営みが〈表出〉で、相手が受け取る印象を操縦する営みが〈表現〉だった。

 さて、前述通り93年から本格化した研究を主導したのが、研究者と市民のネットワーク、戦争責任資料センターである。93年4月に発足、同年11月発刊の『季刊戦争責任研究』に資料や論文が続々と掲載された。吉田証言を資料とした論文はない。93年談話から14年6月までに新発見の公文書は529点に及び、戦争責任資料センターが政府に提出した。

 公文書529点のリストは「衆議院ホームページ」http://goo.gl/ch1l0C で、また一部公文書については内容を「Fight for Justiceホームページ」http://goo.gl/DZsEoF で閲覧できる。これらを読めば、93年談話の言う「⑴軍の要請で慰安所が設置されたこと、⑵軍の直接・間接の関与で慰安婦の管理と移送が行われたこと」を確認できる。

 公文書と符合する証言も複数ある。松浦敬紀編『終りなき海軍』(文化放送、1978年)http://goo.gl/AXk44g では海軍設営班矢部班主計長だった中曽根康弘氏が《原住民を襲う》部下のために《苦心して、慰安所を作ってやった》と発言するが、資料リストの海軍航空基地第二設営班資料の《主計長の取計で土人女を集め慰安所開設》という記述と合う。

 産経新聞の社長・会長を歴任した鹿内信隆氏は、桜田武氏との共著『いま明かす戦後秘史(上・下)』(サンケイ出版、1983年)http://goo.gl/KftsSL で《調弁する女の耐久度とか消耗度⋯どこの女がいいとか⋯将校は何分⋯といったことまで決め⋯料金も等級をつける。それを規定するのがP屋設置要綱で⋯》と発言する。P屋とは慰安所業者の隠語だ。

 ことほどさように、朝日の誤報や誤報訂正は海外の政府やメディアにとって重要性を持たない。朝日の誤報(ないし捏造)が国際社会で日本の名誉が傷つく原因になったという説も勘違いだ。だが私にとってその勘違いは比較的どうでもいい。それより日本政府を批判する側も弁護する側も陥っている巨大な勘違いの方が問題だ。

 敢えて付け加えれば、経緯も調べず報告書も読まずに朝日の記事が諸悪の根源だとする語りが絶えないのは、社会心理学で言う「帰属処理」現象だと見られる。ヘイトスピーチと同じで「諸悪の根源」を皆で名指してカタルシスを得ているだけ。「だけ」と記したが、デマによる虐殺の背景にも同じ機制が働くから、軽視するべきではない。

 もう一つ加えれば、吉田証言記事で、国内の議論が「軍の強制があったか否か」に縮小したことで利益を得たのは、むしろ、問題を縮小するチャンスを得たリビジョニストだ。以下に述べるが、国際社会では、というより理論的には、従軍慰安婦問題を「軍の強制かあったか否か」に縮小することは不可能だ。

あわせて読みたい

「従軍慰安婦問題」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    新型コロナ感染者数が過去最多も 病院のひっ迫状況を強調するだけの尾身茂会長に苦言

    深谷隆司

    08月01日 17:19

  2. 2

    コロナはインフルエンザ程度?インフルエンザで死ぬかと思った24歳の時の話

    かさこ

    08月01日 09:14

  3. 3

    「日本人の給料はなぜ30年間上がっていないのか」すべての責任は日本銀行にある

    PRESIDENT Online

    08月01日 16:13

  4. 4

    五輪の「祝賀モード」は選挙で政権に有利になるのか?減り続ける菅総理のポスターと自民党の焦り

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    08月01日 11:04

  5. 5

    資格と能力は違う?資格や履歴書が充実していても使えない人材多い日本

    ヒロ

    08月01日 11:28

  6. 6

    バッハ高笑い!?東京五輪「やってよかった」が77%も!

    女性自身

    08月01日 08:42

  7. 7

    こういう五輪中止の可能性

    krmmk3

    08月01日 15:19

  8. 8

    次の総選挙結果は「与野党伯仲」ー〝真夏の白昼夢〟を見た/8-1

    赤松正雄

    08月01日 08:31

  9. 9

    横浜市長選に立憲民主党等が擁立する候補予定者の適格性が問題視されるという異常な事態

    早川忠孝

    08月01日 22:01

  10. 10

    「400店舗から27店舗に」"絶滅危惧種"だったドムドムを黒字化した"元専業主婦社長"の実力

    PRESIDENT Online

    08月01日 10:35

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。