- 2015年01月08日 14:38
「観光振興」を予算化の口実に使うのはやめよう
身勝手な日本人が、日本の国宝をダメにする ―漆塗り老舗を率いる英国人社長が見た真実
http://toyokeizai.net/articles/-/55068?page=2
最近では例の「おもてなし」です。日本では財布を落としてもほぼ確実に戻ってくるってよくいうでしょ。でも警視庁の数字では、現金では届け出があった額の40%にすぎない。残り60%にはいっさい触れず、都合のいい少数を大げさに持ち上げる。サッカーW杯のとき、日本人観客のゴミ拾いが日本人の美徳として話題になった。なら、鎌倉の花火大会の後を見てください。ゴミだらけです。立派なおもてなしは確かに存在しても、それで日本が世界一のおもてなし国である客観性にはならない。
日本の鉄道は定刻運行、犯罪も少ないなどと自慢しますが、それは単なる住民目線でいいだけで、それがおもてなし? それを確かめるためにわざわざ外国から観光に来たりしないでしょ。本当に観光立国を目指すなら、住民目線で見た日本のよさと、観光の魅力とを結び付けるのは違う。
記事前半の上記の部分などは「ウンウン、その通り」と私も猛烈に賛同しながら読んでおりました。特に「本当に観光立国を目指すなら、住民目線で見た日本のよさと、観光の魅力とを結び付けるのは違う」というくだりなぞは、私が昨日twitterで言及した以下のコメントと通じる論議であります。(私の言及はあくまで「観光資源」に関するモノなので、ちょっと角度は違うのだが)
「その店でしか食べられないもの」には価値がある。「他店と比べて旨い」は客を呼べる。でも「ウチの店でこれが一番の自信作」は、店のPRにはならん。この理屈は消費者としては皆が判ると思うのだが、観光振興では延々と「地域のイチバン」をアピールする人が多い。
— 木曽崇:「日本版カジノのすべて」発売中 (@takashikiso) 2015, 1月 7
ただ、この東洋経済の記事、後半にゆくにしたがって、非常に残念なことになってきます。例えばこのあたり。
外国人にももっと楽しんでもらうための工夫が必要です。京都の神社や寺はただハコモノを見せるだけで500円の拝観料が入る。建物は国が補助金で保護してくれる。しかも頑張れば頑張るほど補助率が下がるのが問題です。いや、同氏の設定した問題提起である「(英語)表記や街のゴミ箱、道標、食事場所やトイレの整備などに配慮し、楽しく過ごしておカネを落としてもらって初めて観光立国」という部分は、仰るとおりなんですよ。ただ、その設問に対して同氏が示しているソリューションが「寺社仏閣の改修に公的財源を充てろ」ってのがどうも頂けない。
観光立国するなら発想の転換が必要ですよね。京都に来た外国人観光客の不満は「英語が通じない」の次が「解説がなく何を見ているのかわからない」。そうした表記や街のゴミ箱、道標、食事場所やトイレの整備などに配慮し、楽しく過ごしておカネを落としてもらって初めて観光立国。ビザを緩和して1000万人を超えたという数字に意味はない。
──文化財修復の予算が少ない点以外でも、問題は多そうですね。
この業界では、いつどこの寺社をどう修繕したかという資料があるようでないんです。入札業者の財務状態や品質など何のチェックもない。髪を切る理容師に国家資格は必要でも、文化財修復には何の資格もいらないんです。いったん傷つけてしまえばもう戻せない。国のチェック機能が著しく低いと思います。
実は、我が国の観光振興において最も問題となっているのは、彼が示している問題提起のうち「楽しく過ごしておカネを落としてもらう」という部分。一方で、彼自身も言及している通り「寺社仏閣でただハコモノを見せる」という観光資源は「500円程度の拝観料」しか入らないワケで、その為にウン十億円の改修予算を行政が用意しなさいってのは、彼の示した問題提起に対する回答にはなってない。
っていうか、実はここでインタビューを受けているDavid Atkinson氏、そういう寺社仏閣の改修業者の社長なんですよね。「楽しく過ごしておカネを落としてもらって初めて観光立国」と問題提起をしておきながら、その結論がウチの業界に行政予算をよこせ」という公財源の再配分論に終わってしまうのなら、ただ観光振興を「口実」にした我田引水でしかないでしょう。そもそも、ご自身が「建物は国が補助金で保護してくれる。しかも頑張れば頑張るほど補助率が下がるのが問題」と言及しているじゃないですか。スゴイ自己矛盾していませんか?
いや、このDavid氏だけではなくて、観光業界ってこの種の論説が非常に多い業界なんですよ。「●●は観光資源になる。だから予算をくれ」と色んな人が行政に向かって主張するわけですが、「で、その投資は採算合うんですか?」と問いかけると、「それは判らんが、人さえ来れば誰かが儲かるだろ?」と「風が吹けば桶屋が儲かる」を地で行くような薄い経済理論を振り回すわけです。
ただね、そもそも例え伝統文化であっても「本当に観光資源として価値がある」ものならば、観光客はそれそのものにおカネを払うワケで、500円の参拝料しか払われないってことは非常に残酷な言い方をしてしまえば、観光資源としての価値はその程度だってことです。(但し、それと文化的価値や学術的希少性は違うが)
私がこういう話をするときにしばしば使う事例が、日本の伝統芸能の歌舞伎の話です。歌舞伎は、能や文楽とならぶ我が国を代表する伝統芸能ではありますが、その多くの興業は松竹株式会社による営利事業だし、銀座で昨年430億円をかけて改修再スタートした歌舞伎座だって、松竹グループが開発した民間開発事業。彼らは伝統芸能の担い手でありながら、一方であらゆる知恵を絞って「儲ける仕組み」を作りながら、それを事業として廻しているワケです。
海老蔵だって一見チャラチャラしているように見えるし、実際チャラチャラしているのだろうけど、一方で自分の抱える旦那衆(いわゆるパトロン)に挨拶回りしながら、必死でひと席2万円の高額シートを売り歩いている。さらに付け加えるなら、彼らはそのように伝統を守りながら、一方で新しいファン層の獲得の為にスーパー歌舞伎と称してワイヤーアクションしたり、アニメONE PIECEを演目として公演を打ったりと、少々の無茶もしながら新しい事に挑戦を続けているワケです。(さすがに、ONE PIECEには僕もぶっタマゲたけど)
それに比べて「風が吹けば桶屋が儲かる」なんて言いながら、口空けて行政予算をせびってる「観光資源」が如何にしょうもないかちゅう話です。まずは、自分たちが歌舞伎ほどの伝統を守る努力をしながらも、一方で自立自存と新しいものへの挑戦をし続けているのか?と、公的財源を求める前に一度胸に手を当てて己を省みることが必要であると思われます。



