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「受話器マーク」で中国が仕掛ける対米「著作権」戦争

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 最も身近なもので言えばスマートフォン。あるいは自動車のインパネやカーナビ。街中に出れば電車やエレベーター、高速道路などにある「非常電話」の表示――。それらに共通して存在するのが、「電話」を意味する「受話器マーク」だ=右写真=。

 例えば、スマホで電話を掛ける際に押すアイコンを思い浮かべてほしい。すべての機種に必ずある「受話器マーク」は、誰もがひと目見て電話を意味していることが分かる図象であり、世界中至るところに氾濫している。

 その日常的に目にするマークに、実は歴とした「著作権」が存在することをご存じだろうか。そしていま、その「受話器マークの著作権」に、中国政府が重大な関心を寄せている。しかも、この著作権を中国政府は「IT核弾頭」と呼び、密かに対米経済戦争の切り札として活用しようと目論んでいるのである。

中国政府の“代理人”

 いわゆる「知的財産権」と呼ばれる権利のうち「特許権」「商標権」はよく知られているし、「著作権」についても、小説など文学作品や映画・写真など映像関係作品などで常識的に認識されている。著作権の保有を意味する©や(C)の表記もお馴染みだろう。

 この受話器マークもそうした作品の1つとして、「受話器の象徴」と題した「美術の著作物」ということで、著作権を管轄する文化庁に正式に登録されている。無論、法律で定められた権利であるから売買も認められており、質権も設定できるし相続の対象にもなる。逆に言えば、無断で侵害されてはならない権利として保護の対象になっているわけだ。

 実際、文化庁長官官房著作権課から取り寄せた謄本を見ると、この「受話器マーク」が登録されたのは2003年10月14日。「著作物の内容又は体様」という項目には「『左手に受話器を持ち右手にペンを持っている』というイメージから話しやすい傾きと膨らみがこのデザインの基礎」とあり、6点からなるアートとして著作権が認められていることが分かる(登録されている6点の「受話器マーク」はこちら)。

 その権利は、最初に登録された著作者から何人かに譲渡が繰り返され、2010年4月8日付けで、徳川高人(53)なる人物が権利者として登録されている。

 そして重要なのは、2013年9月11日付けの「移転の登録」である。上記・徳川高人氏の権利のうち、2分の1が「王暁濱」なる中国人に譲渡されているのである。実はこの王氏こそ、中国政府の“実質的な代理人”と言える存在なのだ。

最高裁が判断しなかった「翻案権」

 この中国人について触れる前に、「受話器マークの著作権」についてもう少々説明する必要がある。中国政府がなぜ興味を示すか、だ。

 徳川という人物は中小企業向けのコンサルタント会社を経営するが、この著作権を取得した2010年10月に、福岡地方裁判所で前代未聞の訴訟を起こしている。ドコモグループやソフトバンク、KDDIなど携帯キャリア各社やJR各社、エレベーター製造会社や道路公団など、日本を代表する超一流の大手企業約130社に対し、「受話器マーク」を無断で使用しているために著作権が侵害されたとして、総額5000億円の損害賠償を求めたのである。

 訴訟は、福岡地裁の判断で被告企業を業種ごとのグループに分け、同地裁民事部の6つの法廷で別々に審理された。そして判決は翌年6月から10月にかけ、相次いで下された。主文は6件とも「原告の請求を棄却する」。しかし、判決の内容が、同じ福岡地裁のなかでも、裁判官によって異なる判断が下されるという異例の事態となった。

「6つの判決のうち3つは、『その権利侵害は、表現全体をそのまま模倣するような、いわゆるデッドコピーの場合しか成立しない(判決文より)』と認定した。つまり、デッドコピーならば著作権侵害で賠償責任があるということ」(著作権に詳しい弁護士)

 その後、最高裁まで争われたが、判決は地裁の主文通りで確定した。結局、前代未聞の巨額請求は退けられたわけだが、実はこの判決の内容にこそ、中国政府は目を付けた。

「著作権には『複製権』と『翻案権』がある。この裁判では、『複製権』についてはまったく同じデッドコピーであれば侵害が認められるとした。そしてさらに重要なのは、『翻案権』について何の判断も下さなかったことなのです」(同)

中国独自の司法判断

 この「翻案権」を説明するには、キャラクターグッズで知られる「サンリオ」のケースを例にとると分かりやすい。2010年11月2日、オランダ・アムステルダムの裁判所が驚くべき判決を下した。サンリオのキャラクター「キャシー(ハローキティの友達キャラ)」が、オランダ人デザイナーが創作した「ミッフィー」に酷似しているとして、サンリオに対してキャシー関連製品製造販売の即時停止を命令したのである(朝日新聞2010年11月4日の記事参照)。

 ウサギをイメージした「キャシー」「ミッフィー」はともに日本でもお馴染みだが、写真を見てお分かりの通り、まあ似ていると言えば似ているかという程度。そもそもウサギをイメージすれば他にもこの類のキャラクターは存在するだろう。が、オランダ人デザイナー側の申し立てに対し、アムステルダム裁判所は、サンリオが著作権のうちの「翻案権」を侵害しているという判断を下したのだ(この件は後に訴訟合戦になったが、最終的には和解)。

 著作権については、通称「ベルヌ条約」と呼ばれる国際条約(正式名は「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」)があり、世界貿易機関(WTO)加盟国には批准と遵守の義務がある。つまり、ある加盟国で著作権保護法によって保護されている著作物は、他の加盟国でも、取り決めに細かい違いはあるものの、基本的に同様の保護対象になる。だからこそ、サンリオのケースは重大事だった。

 そして中国ももちろんWTOの加盟国である。「受話器マーク」については、前述した通り日本の最高裁で「複製権」はデッドコピーのみ侵害と確定したが、「翻案権」については何の判断も下されなかった。

「実情を言えば、最高裁は敢えて判断を避けたのです。『翻案権』を認めれば、サンリオのケースと同様に、徳川氏が保有する著作権を侵害していると認めざるを得なくなり、損害賠償額は一挙に跳ね上がって1兆円規模になる。逆に、『翻案権』を認めないとの判断をすれば、ベルヌ条約にかかわる新たな国際問題になりかねないから」(同)

 中国政府が大きな魅力を感じたのは、まさにこの部分だった。つまり、受話器マークの「翻案権」については、中国側が独自の司法判断を下せる余地があることになるのである。

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