記事
- 2014年12月31日 10:00
私は今年、汗をかいたのだろうか?
今年最後のブログを迎え,まずはサポートしていただいた皆様に厚くお礼申し上げます。
私もこのブログを通じて好き勝手なことを書かせていただいております。まさに「異見異論」でありますが、私は常々主張しているように答えは一つではない、ということをバックボーンに持っています。そんなバカな発想はないだろうと多くのコメントを頂戴すればするほど私のブログの存在意義があると思っています。それが読者の自己主張を引き出し、自分の考えを論理的に記し、公開することで皆様と学んでいると思っています。皆が「そうだよね」「いいね」と思う心地よいことばかり書いていて癒されたいのなら他に星の数ほどブログやメルマガは存在します。私は皆様と共に学ぶことが一番楽しいひと時であります。
さて、普段のブログでは社会、経済、政治など我々の周りで起こっている事象を中心に書かせていただいておりますが、時として「そういうお前はどうなのだ」と思われている方も多いでしょう。今回は自己のことを中心に年の最後を締めっくくりたいと思います。
皆さん、経営者のイメージとはどんなものでしょう。立派な経営者とは従業員を何百人も雇ってNO.1を目指す社長さんでしょうか?私も従業員数3000人超のゼネコンに20年も勤めました。ですが、その間、私には部下がたった2人しかいたことがありません。現場勤務の時は現場の母(=事務方)として常に一人。不動産事業本部の時は特命係で部長と二人三脚。秘書時代に部下はいません。カナダ、アメリカにきて一時的に部下を抱えたことはありますが、それぞれ2年ずつ程度。あとは雑務から経営判断まで全部上司とのペア仕事の中で行ってきました。
つまり、私にとって何十人、何百人という部下をもって組織を引っ張るという経験は全くしてありません。もっと言うなら、家業は自営業だったこともあり、自分で汗をかくということが生まれてからこの方、当たり前のことでありました。
先日、某商社の現地トップの方などを交えた忘年会があったのですが、傍で見ていて生きるスタイルの違いをまざまざと見せつけられました。ただ、企業名と肩書を取った時、この人はどうなるのだろうとみると全く違う姿が見えてきます。たまにリタイアされたばかりの方とご一緒することがあるのですが、「俺が部長だった時は…」と勇ましいのですが、全てが過去形なのです。リタイアした今、現役時代と同じことをやろうともがいていらっしゃる方もお見かけします。
出張に行くことが仕事をしていると勘違いしている人は今でも多いようでマイレージの自慢話を聞かされると「本人がそこまで出張しなくてはいけない事業はよほど拡大しているか頓挫しているか」と思ってしまいます。
私の強みは一人で仕事ができることだと思っています。部下がいたことがないから「おい、これ纏めておいてくれ」とか「この件、顧客を説得してくれ」と言う相手がいませんから、自分で今でもやっているのが強みにもなるのです。
もう一つ、ゼネコンにいて自分に大きく影響したことはプロジェクトは2年程度の周期を繰り返すという事です。建物は建築してから完成するまでゼネコン側の所員と協力会社との連携を取りながら強いチームワークを結成します。ところが完成するとたちどころにチームは解散し、また全員、バラバラになっていきます。つまり、自分の2年後のことは全く分からない、だけどその短いサイクルでものを作り上げるというはじめと終わりがあるのです。
多くの事業は一旦スタートすると延々と続くものです。つまり、終わりは原則ありません。ですが、私は不動産開発も含め、常に終わりがある仕事をしてきました。これが時々ここでも書かせていただく経営の栄枯盛衰にもつながってきます。永遠に続くものはない。華は枯れる前に切るのがよいのであります。
更に一点あげると建設現場のゼネコン所員はせいぜい数名。それに対して下請けは何百人規模になります。つまり、ほとんど外注で必要に応じて必要な業者を招き入れる、というスタイルです。不動産開発の時はもっと顕著です。私はバンクーバーで600戸以上のコンドミニアムを建築、販売してきましたが所員は社長を含め3名だけでこなしたのです。不動産開発事業もコーディネーション業務と言われ、やろうと思えば誰でもできる、だけどその組み合わせのテクニックとチームを組成するのが難しい業種であります。
今、私の仕事のスタイルは正にこれです。だから極端に少ない人数で7つのビジネスをこなせるのです。そういう意味で大企業の方とは全く違いますが、これも一つのビジネスの進め方です。誰も知らない会社名だけどそこで汗をかくことが楽しいと思えれば大企業でいやいや歯車仕事をするより人生を楽しんでいるのではないかと思っています。
2014年、私はだいぶ汗をかきました。かなり仕事をしたし、来年からの中期展望にも目途をつけたつもりです。そんな汗交じりのブログ、来年もしっかり書いていきたいと思います。
皆様、ご支援有難うございました。そして皆様の2015年が素晴らしいものとなりますよう祈念しております。明日のブログではまず、「2015年 世界を考える」、明後日には「2015年 日本を考える」と題した内容をお届けする予定です。
今日はこのぐらいにしておきましょう。よいお年を。
私もこのブログを通じて好き勝手なことを書かせていただいております。まさに「異見異論」でありますが、私は常々主張しているように答えは一つではない、ということをバックボーンに持っています。そんなバカな発想はないだろうと多くのコメントを頂戴すればするほど私のブログの存在意義があると思っています。それが読者の自己主張を引き出し、自分の考えを論理的に記し、公開することで皆様と学んでいると思っています。皆が「そうだよね」「いいね」と思う心地よいことばかり書いていて癒されたいのなら他に星の数ほどブログやメルマガは存在します。私は皆様と共に学ぶことが一番楽しいひと時であります。
さて、普段のブログでは社会、経済、政治など我々の周りで起こっている事象を中心に書かせていただいておりますが、時として「そういうお前はどうなのだ」と思われている方も多いでしょう。今回は自己のことを中心に年の最後を締めっくくりたいと思います。
皆さん、経営者のイメージとはどんなものでしょう。立派な経営者とは従業員を何百人も雇ってNO.1を目指す社長さんでしょうか?私も従業員数3000人超のゼネコンに20年も勤めました。ですが、その間、私には部下がたった2人しかいたことがありません。現場勤務の時は現場の母(=事務方)として常に一人。不動産事業本部の時は特命係で部長と二人三脚。秘書時代に部下はいません。カナダ、アメリカにきて一時的に部下を抱えたことはありますが、それぞれ2年ずつ程度。あとは雑務から経営判断まで全部上司とのペア仕事の中で行ってきました。
つまり、私にとって何十人、何百人という部下をもって組織を引っ張るという経験は全くしてありません。もっと言うなら、家業は自営業だったこともあり、自分で汗をかくということが生まれてからこの方、当たり前のことでありました。
先日、某商社の現地トップの方などを交えた忘年会があったのですが、傍で見ていて生きるスタイルの違いをまざまざと見せつけられました。ただ、企業名と肩書を取った時、この人はどうなるのだろうとみると全く違う姿が見えてきます。たまにリタイアされたばかりの方とご一緒することがあるのですが、「俺が部長だった時は…」と勇ましいのですが、全てが過去形なのです。リタイアした今、現役時代と同じことをやろうともがいていらっしゃる方もお見かけします。
出張に行くことが仕事をしていると勘違いしている人は今でも多いようでマイレージの自慢話を聞かされると「本人がそこまで出張しなくてはいけない事業はよほど拡大しているか頓挫しているか」と思ってしまいます。
私の強みは一人で仕事ができることだと思っています。部下がいたことがないから「おい、これ纏めておいてくれ」とか「この件、顧客を説得してくれ」と言う相手がいませんから、自分で今でもやっているのが強みにもなるのです。
もう一つ、ゼネコンにいて自分に大きく影響したことはプロジェクトは2年程度の周期を繰り返すという事です。建物は建築してから完成するまでゼネコン側の所員と協力会社との連携を取りながら強いチームワークを結成します。ところが完成するとたちどころにチームは解散し、また全員、バラバラになっていきます。つまり、自分の2年後のことは全く分からない、だけどその短いサイクルでものを作り上げるというはじめと終わりがあるのです。
多くの事業は一旦スタートすると延々と続くものです。つまり、終わりは原則ありません。ですが、私は不動産開発も含め、常に終わりがある仕事をしてきました。これが時々ここでも書かせていただく経営の栄枯盛衰にもつながってきます。永遠に続くものはない。華は枯れる前に切るのがよいのであります。
更に一点あげると建設現場のゼネコン所員はせいぜい数名。それに対して下請けは何百人規模になります。つまり、ほとんど外注で必要に応じて必要な業者を招き入れる、というスタイルです。不動産開発の時はもっと顕著です。私はバンクーバーで600戸以上のコンドミニアムを建築、販売してきましたが所員は社長を含め3名だけでこなしたのです。不動産開発事業もコーディネーション業務と言われ、やろうと思えば誰でもできる、だけどその組み合わせのテクニックとチームを組成するのが難しい業種であります。
今、私の仕事のスタイルは正にこれです。だから極端に少ない人数で7つのビジネスをこなせるのです。そういう意味で大企業の方とは全く違いますが、これも一つのビジネスの進め方です。誰も知らない会社名だけどそこで汗をかくことが楽しいと思えれば大企業でいやいや歯車仕事をするより人生を楽しんでいるのではないかと思っています。
2014年、私はだいぶ汗をかきました。かなり仕事をしたし、来年からの中期展望にも目途をつけたつもりです。そんな汗交じりのブログ、来年もしっかり書いていきたいと思います。
皆様、ご支援有難うございました。そして皆様の2015年が素晴らしいものとなりますよう祈念しております。明日のブログではまず、「2015年 世界を考える」、明後日には「2015年 日本を考える」と題した内容をお届けする予定です。
今日はこのぐらいにしておきましょう。よいお年を。



