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地を這うオバマ人気と金融政策のゆくえ 〔1〕- 吉崎達彦(双日総合研究所副所長)

「景気が悪い」とは口にしにくい

先日来、いろいろな人に聞かれるのだが、「米国経済は好調だというのに、なぜオバマ大統領は人気がないのか」「なぜ、中間選挙であそこまで負けなければならなかったのか」――これが意外と答えにくい質問なのである。

表面的にいえば、米国経済は好調である。実質国内総生産(GDP)は2014年4―6月期が年率4.6%増、7―9月期が3.9%増となっている。国際通貨基金(IMF)は、10月7日の「世界経済見通し」で、米国経済の成長率を2014年に2.2%、15年は3.1%と予測している。

ちなみに世界各国のほとんどが下方修正されるなかで、米国のみが上方修正であった。

あるいは雇用情勢はどうか。一時期は10%を超えていた失業率は、足元では6%以下にまで低下している。市場の注目を集める非農業部門雇用者増減数は、2014年は毎月のように20万人を超えている。金融危機下にあった2008年と09年には、合計で870万人もの雇用が失われたが、その後の四年間では1000万人もの雇用が創出されている。

財政赤字も、すでにGDP比3%以下にまで改善している。税収が増加する一方で、予算の強制支出削減措置が効いた形である。

さらに株価は、といえばもちろん史上最高水準にある。これらの指標を見て「景気が悪い」とは、少なくともエコノミストとしては口にしにくいところである。

悲観的な「民の声」

しかるに2014年11月4日の中間選挙は、与党・民主党に対して厳しい結果となった。景気指標が改善しているのにオバマ大統領の人気は地を這うがごときで、民主党の候補者たちはいかに「自分はオバマと違う」か、を懸命に説明しなければならなかった。もっとも、そういう努力はえてして裏目に出るもので、共和党は8年ぶりに上院における多数派の地位を獲得し、下院では第2次世界大戦後では最多の議席数を確保した模様である(一部に未確定議席があるため)。

いくら景気指標が好転していても、有権者の受け止め方はきわめて悲観的なものであった。以下はすべて、CNN(ケーブルニュースネットワーク)の出口調査で示された「民の声」である。
*国が向かっている方向は……正しい:31%、間違っている:65%
*経済状況を……心配している:78%、心配していない:21%
*国の景気は……良い:29%、それほどではない、悪い:70%
*あなたの家計は……良い:28%、悪い:25%、同じ:45%
*ワシントンの政府を信用するか……まあまあ:20%、あんまり:79%
簡単にいってしまうと、景気回復の恩恵に浴しているのは、どうやら富裕層に限られている。いくら景気指標が良くなったとしても、4年前や6年前に比べてそのことを国民の大多数が実感していない。さらに将来の見通しが明るいか、と尋ねれば大方の答えはノーだったのである。

英『エコノミスト』誌によれば、オバマ政権下の6年間でGDPは8%増えているが、中央値の家計所得は逆に4%も減少しているという。ここは「中央値(メジアン)」で見るという点がキモである。平均値の家計所得は、ごく一部の富裕層によって全体が嵩上げされてしまうが、こういうときは「100人中50番目の家計」に着目しなければならない。

これはにわかには信じがたいデータである。6年前といえば、リーマン・ショックで米国経済が大混乱に陥っていた時期だ。失業率も10%に達していた。それよりも、いまのほうが中央値の家計所得が少ない。いったい何が起きているのだろうか。

おそらく20世紀までの米国経済は、GDPの伸びとともに普通の家計所得も伸びるというごく自然な姿が保たれていた。ところが21世紀になると、両者の乖離が始まってしまう。

ブッシュ時代には低金利政策から派生した「住宅バブル」があり、普通の家計が持ち家の評価額上昇分をキャッシュに換えて消費に回す、といった贅沢が許された。それくらい銀行が気前よくカネを貸してくれたのである。ところが、2008年のリーマン・ショック以降は、そんなことは夢のまた夢となり、いまでは持ち家比率も低下している。

また米連銀(連邦準備制度理事会=FRB)は、金融危機からの脱出のために三次にわたる「量的緩和政策」に打って出た。すなわち、中央銀行が膨大な量の国債や住宅担保債券などの資産を買い入れ、市場にマネーを供給し続けたのである。おかげで米国の株価は史上最高値まで駆け上がり、住宅市況も最悪期を脱した。資産家にとってはまことに結構な政策というべきであった。

結果として以前にも増して貧富の差は拡大し、「1%の富裕層とそれ以外の99%」に社会は分断されてしまった。こんな「閉塞感」が、中間選挙での地滑り的な結果につながったと見るべきであろう。

オバマ大統領にとっては気の毒な事態といえるかもしれない。米国経済が抱えている問題は、グローバル化の進展や技術の進化、産業構造の転換などの大きなうねりの結果として生じている。大統領を責めてどうなるものでもない。そして勝利した共和党は、それほど貧しい人たちに優しい政党であるとは言い難い。

選挙予測の定番、「クック・ポリティカルレポート(Cook Political Report)」のエイミー・ウォルター記者は、開票速報の夜に今回の中間選挙に対して次のような総括(Election Night Takeaways)を下している。
*すべての政治はナショナルである。“All PoliticsIs National.”
*選挙はいつも大統領への信任投票である。“Elections Are Alwaysa Referendumon the President.”
*オバマ連合(女性、若者、マイノリティ、都市住民など)は議会選挙では通用しない。“The Obama Coalitiondoes Not Work at the Congressional Level.”
*やっぱり経済だよ、馬鹿野郎。“It’s the Economy, Stupid.”
* メッセージで負けていたら票にはつながらない。“You Can’t Winon Turn-out If You Are Losingon Message.”
いちいちごもっとも。

それにしても米国で進行中のこの事態は、日本にとっても他人事ではない。アベノミクスはたしかに一部の富裕層や大企業を潤したけれども、中間層以下はいい目を見ていないのではないか。現在、解散・総選挙が戦われているが、ここでも似たような異議申し立てが成立するかもしれない。

安倍さん、どうかご用心召されよ。

「綻び」だすアメリカ社会

経済成長は続いているものの、一人ひとりが貧しくなっている米国社会の現状を、余すところなく描いているのがジョージ・パッカー著『綻びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語』(NHK出版)である。1960年生まれのジャーナリストである著者は、ごく普通の同世代人たちが過ごしてきた人生模様を浮き彫りにした。

登場するのは、南部のタバコ農家から起業した男性、金融界から転身したワシントンのインサイダー、自動車工場で働く黒人のシングルマザー、そしてシリコンバレーで成功を収めた億万長者……。彼らの人生を縦糸とし、時に誰もが知っている有名人のエピソードが横糸として絡む。テレビ界の人気司会者であるオプラ・ウィンフリー、量販店チェーン「ウォルマート」の創業者のサム・ウォルトン、そして政治家のニュート・ギングリッチやブッシュ政権の国務長官を務めたコリン・パウエルや、クリントン政権で国家経済会議委員長に就任した経済アナリストのロバート・ルービンといった人たちである。

本書が描いているのは既視感のある風景である。製造業は国際競争に敗れて海外に移転していくが、労働組合は無力で働く者たちを守ってはくれない。サービス業では全国規模のチェーンが拡大して、地場の商店を押し流していく。故郷の街は荒れ果ててしまっていまでは見る影もない。他方では金融やITなどが急成長を遂げているが、その成果を享受できるのはごく一部の限られた人たちである。そして政治は、どんどん普通の人の利益から懸け離れていく。

いわば同時代を生きるアメリカ人たちの群像史である。今日の米国は、保守とリベラル、あるいは一%と九九%に分断されているといわれるが、その「綻び(Unwinding)」とはまさしくこの本に描かれているように展開してきたのであった。

読了後は嫌でもこう感じざるをえない。「これほどの規模ではないかもしれないが、似たようなことはわれわれの周囲でも確実に起きているのではないか」。

ところが残念なことに、「なぜこうなってしまうのか」をいまの経済学はうまく説明できないでいる。

ローレンス・サマーズ元財務長官は、問題は成長率が十分に伸びない点にあるとして、「長期停滞論」を唱えている。以前の経済に比べて、需要が決定的に足りていないのだ。したがって、いまこそ政府が大胆な投資を行なう必要があると説く。が、いささか旧式のケインズ経済学の焼き直しのようにも聞こえる。

フランス人経済学者のトマ・ピケティは、話題作『21世紀の資本』(みすず書房)のなかで格差を是正しなければならないと説く。ごく一部の人たちに使い切れないほどの富が集中してしまうと、社会全体の消費性向が下がってしまうからだ。かといって、同書が提言している「グローバルな累進課税」が実行可能であるとはとても考えられない。

(『Voice』2015年1月号より/〔2〕につづく))

■吉崎達彦(よしざき・たつひこ)双日総合研究所副所長・チーフエコノミスト
1960年、富山県生まれ。84年、一橋大学社会学部卒業後、日商岩井(現双日)に入社。米国ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会調査役などを経て現職。ホームページ「溜池通信」を運営中。著書に『1985年』『アメリカの論理』(いずれも新潮新書)など。

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■『Voice』2015年1月号<総力特集:2015年を読む/世界の大停滞、日本の正念場>
突然の衆議院解散・総選挙が行なわれ、2015年は新政権でスタートすることになる。 そこで、新年1月号の総力特集は、「2015年を読む世界の大停滞、日本の正 念場」とした。シンポジウム「レジームチェンジをめざ せ」では、小浜逸郎氏、藤井聡氏、三橋貴明氏、柴山桂太氏の4名が2015年の 世界と日本の経済・財政について激論を交わした。また、吉崎達彦氏は2015年 の米国経済について、オバマ人気が凋落する一方で、米経済強気論が続く理由 を解説した。中西輝政氏は11月10日の日中首脳会談を取り上げ、中国が今後 「よりソフトな『微笑外交』を交えつつ、政治戦争にシフトしていくだろう」 と読む。さらに、イスラム国、台湾、香港についての専門家の見解とともに、 小川榮太郎氏の安倍政権の真の理念、目的は何かを問う論考を掲載した。

第二特集は、「甦る消費」と題し、物流・消費の現場で何が起こっているのか を、三越伊勢丹、大戸屋、福島屋の3人の経営者に聞いた。

ほかに、ドイツの「脱原発」政策がどうなっているのかを、ドイツ在住の川口マーン惠美氏と渡部昇一氏が対談。 今月号から巻頭エッセイは、東京大学名誉教授で解剖学者の養老孟司氏が担当する。 2015年を先読みするオピニオンを多数掲載した今月号、ぜひご一読を。

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