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- 2014年12月20日 13:02
STAP細胞 科学者としての矜持
理化学研究所がSTAP検証実験の中止を発表しました。STAP現象の検証結果 2014年12月19日 理化学研究所 STAP現象の検証結果について 昨日マスコミでも大々的に報道されています。
概ねSTAP現象は再現できない、作れないとの報道で、STAP細胞はあるかないかについては解答できないとの内容です。
ここで、わかったことは小保方さんという名人の手を使っても、多能性を持つキメラマウスを作る真のSTAP細胞はできなかったということです。つまり、言い換えると論文に書かれていたSTAPは作者でも再現できない内容、まだ証明できていない仮説にすぎないものであったということです。
効率は悪いながらも、死細胞と区別できないながらも、一部遺伝子を発現するSTAP様細胞集塊はできています。論文には書かれていないATPを入れること(特別なレシピ)で塩酸を使うより効率があがることも報告されました。でもそれでもネイチャーでの報告の10分の1以下で、まさに偶然に毛の生えたようなものでした。
そして一番大切なキメラマウスを作製できるという多能性の再現性が全くできませんでした。
面白い結果が出た際、あとはきっとこうなると効率を考えずに実験し、一度でもできた?こと(チャンピオンデータ)を用いて論文を作製することは実はあります。
見栄えをよくするためのものですが、それが許されるのは最低でも報告したい現実が再現できるという科学者の基準があります。今回のSTAP事例は多能性の細胞ができないのですから、その後のキメラマウスやT細胞受容体の遺伝子再構成などのデータはどうやって出したのか。やはり捏造としか思えません。
多能性遺伝子を(一過性に?)発現した細胞らしきものができた時に(ここまでは小保方さんが対応)、証明は後からできるからこのデータを使いなさいと指示されたかたがいらっしゃったのでしょうか。(STAP細胞「再現簡単…は重大な間違い」論文共著者が見解)そして彼女は洗脳と同様に信じ続けていたのでしょうか。
特許がからむ、ビジネスがからむと、はったりを使って研究費をとり、正しい結果が出なくてもお茶を濁すやりかたが正直存在しています。 そして再現できないといっても、完全否定できるわけではなく、可能性は否定できないという言葉でこのような科学を喰いものにするかたがいらっしゃいます。残念ながら現実です。
一部の方達が、証明できないのをいいことにやっているとんでも医学も同様の構図です。
付随的事項で、犯罪者を扱うような体制で実験をおこなわせたことを責任者が謝罪されていました。性善説での研究管理についても質問としてあげられていました。理研についての対応も取沙汰されています。
どこまで善人でなければいけないか、そして周りはどう教育しなければいけないかを含めて、ノーベル賞が出たこの年だからこそ、科学者の環境を検討する必要があります。
概ねSTAP現象は再現できない、作れないとの報道で、STAP細胞はあるかないかについては解答できないとの内容です。
ここで、わかったことは小保方さんという名人の手を使っても、多能性を持つキメラマウスを作る真のSTAP細胞はできなかったということです。つまり、言い換えると論文に書かれていたSTAPは作者でも再現できない内容、まだ証明できていない仮説にすぎないものであったということです。
効率は悪いながらも、死細胞と区別できないながらも、一部遺伝子を発現するSTAP様細胞集塊はできています。論文には書かれていないATPを入れること(特別なレシピ)で塩酸を使うより効率があがることも報告されました。でもそれでもネイチャーでの報告の10分の1以下で、まさに偶然に毛の生えたようなものでした。
そして一番大切なキメラマウスを作製できるという多能性の再現性が全くできませんでした。
面白い結果が出た際、あとはきっとこうなると効率を考えずに実験し、一度でもできた?こと(チャンピオンデータ)を用いて論文を作製することは実はあります。
見栄えをよくするためのものですが、それが許されるのは最低でも報告したい現実が再現できるという科学者の基準があります。今回のSTAP事例は多能性の細胞ができないのですから、その後のキメラマウスやT細胞受容体の遺伝子再構成などのデータはどうやって出したのか。やはり捏造としか思えません。
多能性遺伝子を(一過性に?)発現した細胞らしきものができた時に(ここまでは小保方さんが対応)、証明は後からできるからこのデータを使いなさいと指示されたかたがいらっしゃったのでしょうか。(STAP細胞「再現簡単…は重大な間違い」論文共著者が見解)そして彼女は洗脳と同様に信じ続けていたのでしょうか。
特許がからむ、ビジネスがからむと、はったりを使って研究費をとり、正しい結果が出なくてもお茶を濁すやりかたが正直存在しています。 そして再現できないといっても、完全否定できるわけではなく、可能性は否定できないという言葉でこのような科学を喰いものにするかたがいらっしゃいます。残念ながら現実です。
一部の方達が、証明できないのをいいことにやっているとんでも医学も同様の構図です。
付随的事項で、犯罪者を扱うような体制で実験をおこなわせたことを責任者が謝罪されていました。性善説での研究管理についても質問としてあげられていました。理研についての対応も取沙汰されています。
どこまで善人でなければいけないか、そして周りはどう教育しなければいけないかを含めて、ノーベル賞が出たこの年だからこそ、科学者の環境を検討する必要があります。



