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「幕張」を活かしきれていなかった千葉市 法人市民税やハラールで「攻めの自治体」に 千葉市・熊谷俊人市長に聞く市政改革の足跡(2)

柳瀬 徹 (フリーランス編集者、ライター)

政令市最悪の財政危機からの脱却へと道筋をつけた市長が、さらに打ち出したのは「法人市民税の100%減免」という、税収を自ら投げ打つような施策だった。前例踏襲と横並びから、真の国際都市への脱皮を目指す千葉市の挑戦とは。

第1回目はこちら

法人市民税がタダ?

――情報発信や政策提案を非常に戦略的にされている印象を強く受けます。その発想の源泉はどこにあるのでしょうか?

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千葉市・熊谷俊人市長

熊谷:目指しているのは、市民の皆さんがご自身の関心事についてどういう議論が行われていて、どういう選択肢があり、今はどのフェーズにいるのかがわかるようになることです。市民の皆さん一人ひとりがユーザーからパートナーになり、千葉市の共同マネージャーになる。私の最大の目標は、すべての市民が市長になることなんです。市長と市民が同じ意識と情報を持つ地域社会、これが理想ですよね。市長として働くなかで得る情報や感覚のほとんどは、すべての市民が本来持っていていいものに思えます。なるべく提示して、通過していくプロセスを分かち合うことができれば、千葉市は素晴らしい市になるはずです。

 一人の人間の限界や市役所の限界を、まずは認識しないといけません。私の在任中だけの政策で終わるのではなく、できるかぎりシステムや土壌の改良を行って、誰が市長になってもうまくいくのが最良の改革なんです。

――驚いたのは法人市民税の実質減免です。財政再建のためのカットや徴税の徹底化を行うなかで、千葉市に本社を移転した企業は100%、通常のオフィスなどは50%実質減免という企業誘致策は、これまた反発が大きそうに思えるのですが。

熊谷:担当者には「えっ?」と言われました(笑)。

 我々は市ですから、減免できるのは法人市民税しかありません。横浜市が50%減免で先行していましたが、後発の近隣市が中途半端な減免を行っても意味がないんですね。

 これまでの千葉市は、いつも周辺の政令市の施策を見ながら「では千葉市はこれくらいで」とやってきたきらいがあります。これでは延々と後追いになるだけです。相手は民間企業であり、市場です。ビジネスでは自ら切り開いていかないといけない場面が必ずあって、「横浜市がやっているから千葉市も同じことを」では勝てない。少なくとも後追いをするのであれば、先行者を追い越さなければ勝負にすらならないんですね。もちろん、バナナの叩き売りにならないよう、しっかりとした収支見通しを立てた上で、です。

 私は職員の意識を変えたかったんです。ずっと同じことをやっていても変わることはできません。皆と同じ武器を持つことは悪いことではありませんが、それが有効なのはその武器を持つ人の能力が、相手よりも高い場合に限られます。残念ながら千葉市は長年にわたって横並びと現状維持だけでやってきたので、意識のレベルが戦える段階ではなかったんです。一点突破でも突き抜けて、追われる立場という未知の領域を経験してもらいたかった。

 どれも60点を取るようなタイプは、だんだん集団に埋没してしまいがちです。それは「60点でいい」という勉強のやり方になっていくからです。合計点は悪くても、1教科でも90点を取るタイプは100点を目指した勉強をした経験があるため、大成しやすい。100点を目指す思考回路と意識をどこかで持たなくてはいけないし、その経験は、次第にほかの教科にも展開していくはずです。自ら切り開いて未知の領域で追われる立場になってみたときに見える景色、その高みを見せたかったんです。

 いま職員は、皆とても高い意識で市政にあたってくれています。千葉市の身の丈ではすべての領域で100点を目指すわけにはいきませんが、どこの分野であれば100点を取りうるかをまず見極めて、そこについてはとことんやると決める。その経験がほかの組織にも波及していけばいいと思っているんですね。

――施策を行う側としては「横浜市のような強い市が100点の施策をやっているのだから、わが市の身の丈ならば80点が妥当だろう」となりがちなのでしょうが、誘致される側から見ればわざわざ80点を選ぶインセンティブがないですね。

熊谷:動機を生まないですよね。企業は「80点でいい」と思っている職員に命運を預けたくはないはずですから。

 後追いする側は、先行者によってすでにリスクも検証されていますから、いつだって楽です。でもそれだけをやっていると、リスクをとる側の気持ちがわからなくなってしまう。千葉市の身の丈であれば、ときには一位を取る、取れるときに取りにいく、それで十分です。それ以外は前例踏襲型のリスク回避主義でも、私はいいとは思っています。

――かつてソフトバンクの孫正義会長が同じような発言をなさっていました。倒産寸前だったボーダフォンジャパンを買収して業界3位のキャリアになり、まずやらなければいけないことは、1カ月でもいいから社員に純増契約数1位を経験させることだった、と。

熊谷:よくわかりますね。上昇する可能性のない業界3位から革命児に変わっていくきっかけは、純増1位の経験だったのでしょう。

 千葉市としてICTに力を入れているのも、私がICT業界出身だということも多少はありますが、投資回収できる分野だと判断しているからなんです。少ない投資でいけると判断できる分野だったので、あえて戦う場所にしたということです。

ハラールとはインフラである

――昨年、「千葉市でハラール認証(※イスラム法において合法な食事であることを証明する認証制度)を広める」という構想について市長が言及されて、それがひとり歩きし、全国紙で「千葉市にイスラム街を作る」といった誤解含みの報道がされたことまでありました。誤報はともかくとしてハラールの普及も着実に進まれているそうですが、この発想はどこから来たのでしょうか?

熊谷:私も千葉市の経済部も「ハラールというものがあるらしい」と気づいたのは、幕張のホテルがハラール認証を取得したという情報がきっかけでした。ハラールってなんだ? と調べてみると、ハラールはムスリムの方々にとっては水道から水が出るのと同じで必須なインフラなんだとわかり、「そりゃあそうだよね」と納得したんです。

 千葉市は成田空港に最も近い政令指定都市であり、羽田空港へのアクセスもよく、都心までも40kmという恵まれたポジションにあります。2020年の東京オリンピック開催を控えて、とくに国際競争力のある企業の本社や幕張メッセを有する幕張新都心にとっては、とても重要な戦略になると思いました。

 インバウンド戦略により交流人口を増やすことの重要性はどの自治体でも認識されていることですが、現実的にはアジアの方々にどうやって来てもらえるかが鍵になります。そんなことは誰でもわかりますが、皆が同じ方向を見ているなかで突き抜けるための戦略は何かと、我々も頭を悩ませていました。

 ご存知の通り、アジアのムスリム人口は大変に大きいわけで、ハラールを都市基盤として整備することは、インバウンド戦略における大きなアドバンテージになるはずです。市政だけでなく民間にも呼びかけていけば、千葉市全体の戦略としてどんどん展開していけるだろうと考えました。

 神田外語大学のレストランがハラール認証を取得してくれたり、イオンモール幕張新都心のなかに祈祷室が作られたりと、市内の民間レベルの対応も広がっています。11月26・27日には幕張メッセで日本初のハラール製品の展示会である「JAPAN Halal Expo」が開催されました。先行してインバウンド戦略に取り組んでいる都市として注目もされるし、市民の意識も変わってきています。異文化に対応していくことは、魅力的な都市インフラをつくることなんですね。

――ハラールに限らずこれまでの千葉市は、国際都市になりうるポジションにあったと思うのですが、地理的な優位性を活かしきっていない印象がありますね。

熊谷:千葉市がもったいなかったのは、幕張メッセという日本初の大規模コンベンション施設を持っているにもかかわらず、いまひとつ国際化できていなかったことです。成田空港にもっとも近い政令指定都市として、国際的なチャレンジを千葉市が真っ先にやって、それが他の自治体に模倣されるくらいであってしかるべきでした。

 先端で何かをしていると、情報が集まるんですよね。先陣切って挑戦をすることの利益はそこにあるし、集まった情報が次へのエンジンになります。幕張新都心がなければやらなくても良かったかも知れませんが、千葉市には幕張があったわけですから。

――「攻めの自治体」のイメージは、千葉市にはあまりありません。

熊谷:なかったですね(笑)。平均点を目指すやり方でした。悪くはないのですが、それが効率的なのは人口が自然増の時代だけです。残念ながら人口は減っていく。住む人、働く人、観光する人が選んでくれる都市にならなくてはいけない。一部だけでも尖っていないと埋没していきます。

幕張はどこにある?

――インバウンド戦略を重視するとはいえ、千葉市はいわゆる風光明媚な観光地ではありませんね。

熊谷:でも幕張新都心を持っていることは、首都圏全体で見ても大きなアドバンテージなんです。

――幕張が千葉市という認識そのものが、外の地域の人にはあまりないのかも知れません。

熊谷:そうそう(笑)。これも職員の意識改革が大変でした。就任早々、「幕張新都心が千葉市にあると思っている人は少ないよ」と言うと、「この外部からきた市長は何を言っているんだ?」という顔をされましたから。千葉市と思われていない可能性なんて、頭をよぎったことさえなかったんじゃないでしょうか。

 県外の人が持っているイメージは、多くが県内出身者で形成された千葉市役所の人にはわからないんですね。私は日本各地で講演の機会をいただいていますが、幕張新都心の話を始めると「えっ? なんで千葉市長が幕張の話を?」という反応です。「幕張新都心が千葉市にあることを知らなかったという人は手を挙げてください」と聞くと、多くの方が手を挙げられます。

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 千葉市が幕張新都心のブランドイメージを吸収できていなかった、それがインバウンド戦略の最大のネックだったんです。幕張の企業の方々と千葉市役所の職員の交流もほとんどなく、就任して幕張の企業に挨拶に行くと「市長が来られたのは初めてです」と言われました。幹部クラスもまったく訪問していなかったそうです。私がしつこいくらいに幕張について発言するのは、千葉市と幕張のイメージを少しでもつなげたいからなんです。

 JR千葉駅周辺(※中央区)の経済界と、幕張(※幕張は花見川区と美浜区にまたがる広域地名)の経済界も分かれてしまっていました。幕張は幕張だけのコミュニティがあり、千葉市の経済界にはあまり顔を出さない。民間レベルでもいまだに一体感を持てていない、それが現状です。

 とはいえ、融合する必要はないんです。幕張というもうひとつのエンジンを活かすために、日本全体における幕張の位置づけを千葉市民が意識することが必要なんです。

 市役所の経済部も、幕張の企業についてはよく知らない状態でした。ウェザーニューズ社やZOZOTOWNなどを運営するスタートトゥデイ社といった幕張に本拠を構える企業名も知らなかった。スタートはそこからでしたがこの4~5年で、職員もだいぶ幕張の企業と交流できているのではないでしょうか。企業側の認識もだいぶ変わってきていますし、定期的な意見交換もできるようになりました。これまでそれがなかったことが問題ではあるのですが、ひとまずは進歩です。

 自治体によっては、イオンの出店は地場経済への圧迫になることもあるでしょう。でも千葉市にはその本社があるわけで、意味合いは異なります。世界を見ている企業の視点から、千葉市に求められているものを見出すことや、協力できることを探すことは、私には優先順位の高い課題だと思えました。

 かつては川崎製鉄(現在のJFEスチール株式会社)と共に発展をしてきた歴史が、千葉市にはあります。それと同様に、イオンも重要なパートナーとして考えています。(第3回へ続く)

(11月19日(水)千葉市役所内 市長室にて収録)

熊谷俊人(くまがい・としひと)
1978年奈良県天理市生まれ。父の転勤に伴い千葉、大阪、兵庫に移り住む。2001年3月に早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業し、NTTコミュニ ケーションズ株式会社入社。2006年、民主党の市議会議員候補公募に応募、合格。翌年4月の千葉市議会議員選挙(稲毛区)に立候補、当選。さらに 2009年に千葉市長選挙に立候補、当選。31歳の市長は当時の全国最年少であり、政令指定都市としては歴代最年少。2013年の千葉市長選で再選され る。千葉市中央区に妻と二人の子と暮らす。ツイッターアカウントは https://twitter.com/kumagai_chiba
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