記事

ジブリとモノづくりの運命 アジアで日米アニメ戦争が始まる - 鈴木敏夫

※本シリーズは、11月26日発売の「文藝春秋 SPECIAL冬Kindle版)」との共同企画です。本誌掲載記事の一部を4週にわたって配信いたします。(BLOGOS編集部)

宮崎監督引退に続いて制作部門解体。名プロデューサーの見つめる次の時代

鈴木敏夫:スタジオジブリ代表取締役プロデューサー

 宮さん(宮崎駿監督)が引退を表明してから、もう一年あまりが過ぎました。これはスタジオジブリにとってももちろんですが、日本のアニメ業界にとっても大きな節目だったと思うんです。

 とりあえずジブリはいま制作部門を解体して、小休止に入っています。2014年に『思い出のマーニー』を撮った後は、次の映画制作の予定は立てていません。実は、2001年に『千と千尋の神隠し』を作った後も一時、アニメ制作を休んだ時期がありますが、時代が大きく動くときに、ジブリというスタジオに何が出来るのか模索する、そういう時間も必要だというのが、いまの僕らの判断なんです。

 では、いま我々が直面しているのはどういう節目なのか……、説明は難しいのですが、大きく言えば、日本のモノづくりと同じことがアニメ制作の世界でも起きている、ということなんです。

 近年、日本の大手メーカーの人たちに話を聞くと、かつての主力商品だけではなく、思いがけない事業に力を注いでいることがうかがえます。大手電機メーカーが農業部門に進出したり、自動車メーカーが住宅部門に力を入れたりといった話は、もはや当たり前になってきました。最近、富士フイルムが作った薬がエボラ出血熱の治療に使われるというニュースがありましたが、写真用のフィルムの代表選手が、医療部門に進出してすでに久しい。そして、生産拠点はどんどん海外に移転しています。

 ここにトトロの縫いぐるみがあります。ジブリでこれを最初に作ったのが1990年頃だったと思いますが、はじめは四国の工場で作っていたんですよ。それがあるとき、韓国で作るようになり、中国へ行き、いまは東南アジアで作っている。つまり、韓国、中国も製作費が高騰してしまって、どんどん作る場所が動いていく。

 実は、これと同じことがアニメの世界でも起きるんです。結論から先に言えば、これから日本のアニメーションはおそらく東南アジアで作られるようになるでしょう。

アニメはソフト産業というより「モノづくり」

 宮さんは1941年生まれで、東映動画に入社したのが1963年です。歴史家の色川大吉さんの本で読んだのですが、庶民の暮らしでみると、江戸期の終わりから1950年代くらいまでは、実は大きな変化はなかった。それが60年代になると一変する。色川さんは「生活革命」と呼んでいるのですが、農業人口が一気に減って、第一次産業から工業、モノづくりへと激しい勢いで移り変わっていくんですね。

 宮さんたちは、その巨大な波のなかで、アニメーションの世界へ入っていくんです。自分のことで言うと、1948年生まれ、団塊世代の僕が、アニメや宮さんに深入りしていくのが80年前後。いわゆるアニメ・ブームのただなかで、制作現場にも山のように若者が押し寄せてきました。ジブリもそんな熱気のなかで作品を作っていった。ちなみに、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』は、始まった頃のジブリの精神を持ち込んだんです。企画ごとに人を集めて、終わったら解散。しかし、それがずっと続けられるかというと、これはこれで大変なんですよ。

 今の東南アジアを見ていると、ちょうど宮さんたちがアニメを作り始めた頃の日本と同じような状況にあるようにみえます。若者たちがたくさんいて、新しい産業に次々飛び込んでいく。そして、そこから新しい才能が生まれてくる。  近年〝クールジャパン〟などとして取り上げられ、アニメはソフト・ビジネスのように思われている面もありますが、その制作現場は、多くのスタッフが技術と労働時間を注ぎ込む職人仕事の集積で、まさにモノづくりそのものです。だから、日本のメーカー企業が直面した問題は、そのままアニメの現場にもあてはまるのではないか、と僕は考えているのです。

 実際、タイ、マレーシア、台湾で優秀なスタジオがいっぱい出来ています。ベトナムでも始まりつつある。それは単に、労働力が安いから、だけではありません。国際的なアニメフェスティバルなどで短編アニメのコンテストを行うと、東南アジアの国々からグランプリや上位入賞作品が次々と生まれています。それをみると、作品のレベルがいかに高いかがわかる。それは制作現場の技術力の端的なあらわれです。

 僕は『トイ・ストーリー』シリーズや『ファインディング・ニモ』などを作ったピクサーとずっと付き合ってきました。いまや千数百人を抱える巨大スタジオですが、まだ社員三百人くらいの頃から知っています。当時はほとんどがアメリカ人、それも会社のあるサンフランシスコ近郊の人たちが多かったんです。それが気がつくと、アジア系の人たちがどんどん増えていた。

 聞いてみると、ピクサーに入るのは実は大変なんです。まず高校を出て、アニメの専門技能を身につける学校に行かなければならないし(ピクサーのアーティストたちが仕事の後レクチャーをする学校もあるほどです)、インターンとして現場経験も積まなければならない。高校を出てからピクサーに入るまでに、十年近くかかるそうです。

 そこに、東南アジアの子どもたちがたくさんチャレンジしている。そして、アメリカで技量を磨いたスタッフが、今度は本国に帰って自分のスタジオを開く。それで一気にレベルが上がってしまった。

 今、日本で何が起きているかというと、アニメーションというのは映画やテレビだけではないんですよ。たとえば二十兆円市場ともいわれるパチンコ。ここで使われるアニメのおよそ七〜八割はタイで作られています。

 そして次に何が起きるか。日米による東南アジアのアニメーターの争奪戦です。そこで優秀なアニメーター、スタジオをいかに確保するか、という戦いが、もうすでに繰り広げられ始めている。よくiPhoneについて、アイデア、デザインはアメリカのアップル、重要な部品は日本、韓国、台湾で作られ、組み立てるのは中国で、と言われますね。それと同じようなことがアニメの世界でも起きつつあるのです。

ジブリは孤塁を守る?

 もうひとつ、大きな流れとして見えてきているのは、これは海外、国内を問わずですが、コンピュータで描く、いわゆるCGの分野に優れた若いスタッフが集まりつつある。

 これは手描きのアニメーションを追求してきたジブリとしてはなかなか難しいところですが、宮崎吾朗監督がNHKBSプレミアムで初めてテレビアニメを作ったんです。『山賊の娘ローニャ』という作品ですが、これはすべてCG。ポリゴン・ピクチュアズという制作会社なのですが、ジブリでも一番上手いアニメーターが見学に行って、「みんな上手い」とショックを受けて帰ってきたんです。

 つまり、今の若い描き手は生まれた時からファミコンがあった世代ですね。鉛筆よりもパソコンのキーボードのほうが慣れている。彼らにとって最も使いやすいツールはもはやコンピュータなんですね。『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけた庵野(秀明監督)とも話したのですが、「手描きのアニメーションっていつまで行けるのかな」と聞くと、「五年? いや十年くらいは行けるでしょうか」という答えが返ってきました。つまり、絵を描くといえばコンピュータで、という世代に全部切り替わるのがその頃だろう、と。庵野ももうとっくにCG主体となったアニメの現場を想定して、準備を進めているわけです。僕自身は手描きにこだわりがありますよ。しかし、この趨勢は変わらないでしょう。

 しかも、先に挙げたように、アジアの制作現場とも、彼らはネットワークで繋がっています。だから国際的な分業も瞬時にこなせる。

 だから、ジブリ的な手描きアニメーションは伝統工芸として残っていくのだと思います。時代の流れの中で孤塁を守っていく(笑)。

 面白いのは、吾朗監督の『ローニャ』は、すべてCG、それも3Dで立体的に作ったものを、あえてセル画にみせかけている。つまり平面的に見せているんです。その方が日本人には受け入れやすい、と彼は判断したんですね。

 平面か3Dかというのは、これは単純に、画面の質感の好みなのですが、つきつめると、日米の文化の違いにまでたどり着くテーマではあります。アメリカ人はもともと3Dが好きだったんですね。というのは、そもそもアニメーションの初期から、まず人形でキャラクターを作って、それを平面の絵に写生する、という作業をやっていた。また、一度俳優たちに演じさせて、それを絵に置き換えるといった手法を取ったり。それに対して、日本は「漫画が動く」ものがアニメーションなんです。平面が動き出すから驚くわけで、平安時代の絵巻物にまで遡る、日本オリジナルのものでしょうね。

アジア全域で役割分担

 さて、そうなると、日本のアニメづくりは今後、どうなっていくのか、という問題になります。

 制作現場がどんどんアジアに移っていく、となると、「日本アニメは空洞化していく」という結論になりますが、それを空洞化というのは間違いではないか、というのが僕の考えなんですよ。

 つまりアジア全域が、それぞれに役割を担って、一本の作品を作る時代が来た、と考えればいいのではないか。だから、日本の若者で自分は現場で絵が描きたいというのであれば、タイやマレーシアなどのスタジオの門を叩けばいいわけです。

 実際、僕のところにもアジアから、これまでの日本での映画作りのノウハウを教えて欲しい、という要望が来ています。そうした日本の持つ経験知のようなものには、全アジア的にニーズがあるのだと思います。確かに日本は年を取った国ですが、逆に言えば、若者にない経験と知恵がある。

 そういえば、宮さんに『ローニャ』の予告編を見せたんです。すると動きがどうとかブツブツ言っていたんですが、僕が「これ、3Dで作ったのをセル画にみせているんですよ」と言うと、顔色が変わって、「えっ、どうやって?」と即座に食いついてくる(笑)。引退なんて言っていますけど、まだ何かやりたいんだな、この人は、と思いましたね。

プロフィール

すずき としお 1948年愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、徳間書店入社。1989年にスタジオジブリへ移籍し、プロデューサーとして数々の名作を手がける。著書に『仕事道楽』(岩波新書)、『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』(復刊ドットコム)など。

「文藝春秋SPECIAL 2014冬」目次

▼ノーベル賞興国論 一匹狼中村修二型か チームカミオカンデ型か(立花隆)

▼SPECIAL白書2015
・衝撃レポート これが日本の実力だ
資本 国連調査で「世界一の豊かさ」 福島清彦/ASEAN 人口6億人が日本経済の生命線に 大泉啓一郎/科学 21世紀だけで13人 ノーベル賞量産の秘密 馬場錬成/治安 「子供の送り迎え不要」は世界の例外 河合幹雄/財政 国民を分断する税システムを変えよ 井手英策/生産性 「おもてなし」は両刃の剣 黒田祥子・山本勲/アジア・マーケット 韓流ソフトパワーに勝つには 原田曜平/農業 「農家」は成長企業である 浅川芳裕/不動産 「負動産」時代の価値観革命 牧野知弘

▼グローバル経済の時代は終わった ニュー・ノーマル経済の勝者は日本だ!(中野剛志)
▼追加緩和も公共事業も百害あって一利なし 安倍首相よ経済の足を引っ張るな(ぐっちーさん)

▼日本型組織の弱点
・内幕ルポ 朝日新聞メルトダウンの病根を暴く(チームTKJ)
・ニッポン株式会社 ソニーの崩壊(川端寛)

▼新発見講義録 学生との対話 悪に耐える思想(福田恆存)
▼東大発企業シャフト元CFO激白 世界一の国産ロボットはなぜグーグルに買われたのか(加藤崇)

▼チェンジ! 弱点が強さに変わる
・日本人が目指すべき21世紀版『坂の上の雲』ヒトの値打ちが急騰する 日本文明の大転換(橘玲)
・過酷な自然条件が日本人をつくった 天災大国 日本はまだまだ強くなれる(大石久和)

▼「空気」は「ディベート」より客観的だ 日本人の壁(養老孟司)
▼緊急提言 日本を最も愛する作家が語る 慰安婦、靖国 朴正熙との一夜(石原慎太郎)

▼地方に勝機あり
・規制緩和だけでは再生しない 地方版「所得倍増計画」を実施せよ(冨山和彦)
・むしろ地方は生き残る「地方消滅」より危険な首都崩壊(松谷明彦)

▼黒船、敗戦をしのぐ大転期がやってくる 日本人が日本を捨てるとき(磯田道史)
▼明治のグローバル化を乗り切った男 「和」をもって尊しとせず リーダー伊藤博文(福田和也)
▼協調性がない日本人、喧嘩が出来る中国人 京都在住アフリカ人学者の日中論(ウスビ・サコ)

▼賢人、日本の未来を予言する
・人類はどこへ向かうのか 二つに割かれる日本人(渡辺京二)
・ジブリとモノづくりの運命 アジアで日米アニメ戦争が始まる(鈴木敏夫)

▼日本企業で働く外国人に聞きました ニホンのカイシャ9つの不思議(森健)

▼グローバル人材と女性はカヤの外
・日本ニューエリートの苦悩(三浦瑠麗)
・仲良しコミュニティからガバナンスへ 日本に眠っている「政治」の遺伝子(竹井隆人)

▼『昭和天皇実録』徹底解読 昭和天皇三つの顔(半藤一利×保阪正康)




あわせて読みたい

「スタジオジブリ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    シンガポールで面白自販機が増殖

    後藤百合子

  2. 2

    夏のユニクロ肌着 苦手な男性も

    NEWSポストセブン

  3. 3

    丸山議員の診断出した医師に憤り

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    増税こそリーマン級不況生む恐れ

    自由人

  5. 5

    スルガ銀行を助ける金融庁の本音

    大関暁夫

  6. 6

    来日した韓国議員団の反日言行録

    NEWSポストセブン

  7. 7

    書類を即処分 桜を見る会の異常

    猪野 亨

  8. 8

    山下達郎&まりやが海外で大人気

    NEWSポストセブン

  9. 9

    「ガイアの夜明け」にねつ造疑惑

    和田政宗

  10. 10

    自民による野党批難は不安の表れ

    大串博志

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。