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経産省テント村裁判の審理打ち切りと最高裁判事国民審査

 「経産省前テントひろば」からの報告によると、12月7日の「テント裁判」第9回口頭弁論の途中で、経産省側が「本日をもって弁論終結を望む」と発言したところ、村上正敏裁判長の指揮により「弁論終結」が告げられ、「結審」が強行されたということだ。被告側弁護士は、直ちに裁判長を含む3名の裁判官に対して忌避を申し立てた。

 経産省前のテントは、福島の被災者が自然発生的に抗議の座り込みを始めたのを起源として、1186日、3年3ヶ月にわたって続いている。今や東京新名所の一つであり、経産省正面横の広い緑地の一角にあって、官庁の業務には何の支障も与えていない。民主党政権の時代には、首相が「強制的な排除はしない」と明言していた。それに対して現政権は、テントで活動する少数の個人に対して、土地の明け渡しと損害賠償の支払いを求める民事裁判を起こしているのである。

 テントは市民の情報交換の場であり、国政の不備を訴えるシンボルとなっている。そもそも国有地とは国民のものではないのか、国政に意見を述べる活動は公益にかなうのではないか、大衆が利用していることを知りながら特定の個人を訴えるのは、権力による威嚇行為ではないかなどを争点として、裁判は進行してきたようだ。それに対して原告側は所有権・管理権の侵害として、問題を単純化しようとしている。裁判所は、どちらの側に立って判断するのだろうか。これは第一審の東京地裁の話だが、これから長い法廷での争いが続くことになる。

 日本の裁判所は、憲法により独立して判断を下すことになっている。裁判官は、法令と自由な心証のみに従って判決文を書く。それが建前なのだが、公正を疑われる裁判の例は後を絶たない。裁判官も公務員の官僚だから、上司もいれば出世への人事異動もある。その最上段階に最高裁判所がある。最高裁は憲法の番人としての役割があるのだが、これが頼りないことは周知の事実になってしまって久しい。難しい判断になると「高度な政治的判断」という言葉で逃げてしまうのだ。

 こんどの選挙では、その最高裁判事の国民審査も行われる。国民審査は形骸化はしているが、国民が裁判所を評価できる機会としては、今のところこれしかない。私はある時期から、不信任の×印をつけるのを励行しているのだが、きょうの新聞には「一人一票実現国民会議」の意見広告が出ていた。それによると、5名のうちで鬼丸かおる、山本庸幸の二人には、×をつけなくてもいいとしている。一律の×印よりも、選択的な審査の方が効果があるかも知れない、などと考えている。

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