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税金は有効に使われているか?――政策評価の現状と課題 - 藤原徹 / 公共経済学

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■費用便益分析のプロセス

費用便益分析の大まかな流れは、

(1)政策の代替案を決める

(2)各代替案のインパクト(効果や影響)を定量的に予測する

(3)インパクトを貨幣の価値に直して評価する(さらに、現時点での価値(割引現在価値)に換算して合計する)

(4)費用と便益とを比較する

(5)分析の前提条件を変えると便益や費用がどの程度異なるかを評価する(感度分析

といったものになる。

(1)は、通常はある政策をする場合(with)としない場合(without)を比較する。する前と後ではないことに注意が必要である。する前と後では、その他の社会経済の環境も変化してしまっているので、政策の効果だけをとりだすのが困難になる。

(2)については、例えば道路利用者数の予測や周辺環境への影響などについて、可能な限り科学的知見に基づいて予測し、具体的な体的な数値を示す。もちろん、時間、データ、資源などの制約で精緻な予測ができないことも少なくないが、どのような前提でどのような情報を用いて予測したのかを明らかにする必要がある。

(3)では、(2)の予測が貨幣の価値でどの程度なのかを示す。例えば、「CO排出量がXXトン削減できる」ではなくて、「CO排出量がXXトン削減でき、YY円分の削減効果である」といった計算をする必要がある。さらに、例えば10年後の50億円の便益を現時点の価値に換算するといくらか(割引現在価値)を計算する。そうすることで、すべての便益、費用を合計することができる。ちなみに日本では年率4%で割り引くことが一般的であるので、10年後の50億円は、現在の約33.8億円に等しいと評価される

環境の価値、時間の価値、人命の価値(!)等を貨幣換算する手法については、上記の金本他(2006)やBoardman et al. (2010) などを参考にされたい。費用便益分析に嫌悪感を持たれないために述べておくと、人命の価値については、「個人個人の命の尊さを貨幣の価値にする」という意味ではなくて、「社会全体で交通事故死者数を1人減らせることの経済的な価値を測る」といった意味での価値である(統計的生命の価値)。

(4)については、費用便益比(B/C)を算出し、それが1を超えているかを政策の採択基準とすることが多い。しかし、政策によってあるグループにはよい影響が、別のグループに悪い影響が発生するような場合、悪い影響を「負の便益」として、B/Cの分母である便益の一項目にカウントする場合と、「費用」の増加とみなしてB/Cの分子である費用の一項目としてカウントする場合とでは、結果が大きく異なる。こういった問題を避けるために、社会的純便益(B―C)を算出し、それがプラスであれば当該政策を採択する方法もある。アメリカにおける費用便益分析の定番テキストBoardman et al. (2010)では、社会的純便益を基準にすることを推奨している。

費用便益比の基準値として1を用いることは、必ずしも望ましくない。費用便益分析の過程で設定した諸条件を変えると、費用便益比の値が大きく動くことが頻繁に起きるからである。著者がドイツの研究者と共同研究(Baum et al.(2009))を行った際に聞いた話では、ドイツでは3を基準値として用いているとのことであった。

分析の前提条件を変えると便益や費用がどの程度異なるかを評価するのが感度分析であり、費用便益にどの程度の幅があるのかを示す、重要なプロセスである。費用や便益の値にばらつきが大きいと信用できない分析のように思われがちであるが、1つの結果しか提示しない分析の方が、「都合の良い結果のみを提示しているのではないか」と思われ、信用度を下げる。

さて、このように述べると、「費用と便益の各項目がすべて完璧にリストアップされ、定量化できていないと、費用便益分析は成立しない・意味がない」と思われる方もあるかもしれないが、必ずしもそうではない。例えば、「重要な便益の項目のうち、一つしか定量化できないが、その値だけで十分に費用を上回っている(純便益がプラスであることは確実である)」ということが分かれば、そのプロジェクトは採択してよいであろう。

おわりに

本稿では、わが国の政策評価がどのような現状であるか概観するとともに、費用便益分析の基礎についてご紹介した。わが国の政策評価がより進歩していくためには、費用便益分析の普及が欠かせないが、いくつか課題が残っている。

第一には、公共部門のインセンティブの問題である。個人レベルでは費用対効果の高い政策を実施したい、という志があっても、現状でも「無駄がある」と思って政策を行っているわけではない(と期待している)し、費用便益分析や政策評価をより詳細に、厳密に行うことの労力に見合うリターンがなければ、個人のレベルを超えて、「よりよい政策評価をしよう」、とはなかなかならない。現状の政策評価でも膨大な書類作成があるし、他の業務もある。これは仕事をされている方なら同種の経験をされているのではないだろうか。

第二は、インサイダーが自ら評価している点である。シンクタンク等が請け負って費用便益分析を行うとしても、発注元に不利益な報告は外に出しづらいであろう。外部の者が評価することや、評価の前提となる数値や条件を可能な限り公表し、チェックや再現が可能な状況になることが望ましい。

第三は、結果の正しい解釈と利用である。「税金の効率的な利用」というと、採算性の問題や単なる経費の節約といった、会計上の問題に目が行きがちであるが、それらとの違いを明確にしておく必要がある。また、費用便益比が1を下回ったからといって、それが自動的に「政策をすべきでない」とはならない。政治的圧力などから、例えば利用者予測を大きめに見積もって便益の値を大きくしたり、予算上の費用を圧縮したりして、費用便益比が1を超えるように操作することは非常に望ましくない。効率性に劣る政策をどうするか、他の視点から見て実行すべきか否かを判断するのが政治の本来の仕事である。圧力をかけて費用便益比が1を上回るようにするのが政治の仕事ではない。分かりやすい数字が出てしまうので、どうしても後者になりがちであるが、それは費用便益分析そのもの信用を下げることにもつながる。

第四は、人材の育成である。公共政策大学院などで講義をさせていただいた経験からすると、費用便益分析の教育を受けられた方が政策に関わる仕事に就かれることが以前よりは増えたが、法学部や工学部などを卒業された方が、仕事をしながら、あるいは大学院に1・2年派遣されて、経済学を基礎とした費用便益分析をマスターするのはまだまだハードルが高いように感じている。また、経済学部であっても、費用便益分析を教えている大学は多くないと思われる。使っているツールは基礎的なミクロ経済学と統計学、計量経済学のものが大半であるので(それゆえに学術研究論文になりづらく、優秀な経済学者の参入の動機づけに乏しいのであるが)、多くの方が政策評価や費用便益分析に興味をもっていただけることを願っている。

■参考文献

金本良嗣、蓮池勝人、藤原徹、『政策評価ミクロモデル』、東京経済新報社、2006年。

城所幸弘、「交通プロジェクトの費用便益分析-現状と課題-」、『応用地域学研究』No.13、応用地域学会、2008年(http://arsc.tiu.info/downback2.html)。

総務省、「政策評価Q&A(政策評価に関する問答集)」(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seisaku_n/q_and_a.html)。

長峯純一、『費用対効果』、ミネルヴァ書房、2014年。

H. Baum, 藤原徹, T. Geißler, 城所幸弘, U. Westerkamp, 「自動車横滑り防止装置の費用便益分析」、GRIPS Discussion Papers 09-07、政策研究大学院大学、2009年(http://www3.grips.ac.jp/~pinc/data/09-07.pdf)。

Boardman, Anthony E., David H. Greenberg, Aidan R. Vining, and David L. Weimer. Cost-Benefit Analysis: Concepts and Practice. 4th ed., Prentice Hall, Upper Saddle River, NJ, 2010.

リクエスト「balance」Hans Splinter

https://flic.kr/p/5tWKPt

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