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死因身元調査法の運用がおかしくなっている

死因・身元調査法が昨年から施行されている。この法律では、死後CTと遺体から採取した尿や血液による薬物検査の実施などが法律で定められ、警察は法医学者と相談の上犯罪の有無に関係なく解剖できることとされている。法医学者への相談にあたっては、元来、死体の外表検査、死亡状況、CT検査や薬物検査の結果などを法医学者に伝え、法医学者が解剖すべきと考えれば解剖するようにすべきであるし、そうすれば日本の死因究明制度はかなり良い方向へ変わることが期待される。

しかし、警察庁の政令(役人が勝手に決められる)で実際の運用にあたっては、法医学者への相談内容については、警察が解剖すべきと判断した場合に限り、法医学者に解剖をやってくれますかと依頼し同意を得るレベルにとどまることとなり、かなり骨抜きにされてしまった。そのため異常な事態がおきつつある。

まずは死後CTについて。

火災現場で発見された遺体について、病院に持ち込んでCTを撮影してもらったら、煙をすった痕跡がCTに映っていると撮影した臨床医が発言したのを検視係の方が聞き、そのような所見があれば知りたいので教えてほしいと我々に質問してきたことがある。検視係としては、犯罪見逃しを恐れるがゆえ、CTを撮影した病院医師(解剖とCTの対比ができていない)の読影能力を疑っているようにも感じる。だからこそ、自分で勉強しようということのようだし、そうした警察官の熱心さには心から敬意を払うが、心配な点がある。

死因身元調査法の趣旨が、公衆衛生の向上まで含んでいるにも関わらず、それを無視する警察庁の変な指導もあり、警察としてはなんだかんだ言っても犯罪のありそうなものだけを解剖に回すいままでの風潮を変えようとは、したくてもできない状況にある。そのような中、CTで煙をすったことがわかれば、殺されてから焼かれた可能性が否定できるので、解剖せずにすむと考えているのではなかろうか。しかし、実際にCTに映っていたのは、単なる心不全による肺水腫という非特異な所見にすぎなかった。そもそもCTで煙を吸った所見などあろうわけがない。仮に気管の中にすすがあることがなんらかの方法でわかったとしても、そんなレベルで死因判定を続ければ、睡眠薬で眠らせて、焼かれたものを見逃すことになるだろう。

そもそも医学的知識の乏しい警察官が判断できることではないし、すべきことではない。むしろ、ちゃんと責任を持って正しく診断してくれる医師に診せればいいはずだ。しかし、今のように読影料ゼロでは医師が協力してくれるはずもない。医師がまともに働けるだけの予算の裏付けなく、CTを導入したところで、警察の姿位的な判断によってますます医学的におかしな運営がされるだけだ。

 薬物検査も気になる点がある。死因身元調査法で、血液や尿を解剖せずにも採取できるようになったのをいいことに、警察庁としては警察で薬物検査をすればよいと勘違いしているらしい。日本で発見されるすべての異状死が、犯罪性の有無に関係なく警察によってしっかりと検査され正しく死因が判定されているなら、理論的にはそれでよいだろう。しかし現実は全くそうではない。

海上で浮かんだ死体は海上保安庁、刑務所で死んだ方は地検が、自衛隊の中で人が亡くなった場合は自衛隊が検視するが、その場合は警察は関与しない。警察が約毒物検査を独占すれば、こうした死体の薬毒物検査が実施されないこととなる。

仮にこうした死体の薬物検査も警察がやることとされたとしても、警察が関心があるのは違法性のある薬物であって、合法的な医薬品で自殺したと(誤って)判断された場合(実はあとで他殺だったなどというものも含む)などは、一度事件性なしと警察が判断してしまえば、警察の関心から外れ薬物検査もされない可能性がでてくる。仮に検査されたとしても定性検査(血液などに薬物が含まれるかどうか)だけにとどまり、医学的観点から死因の判定や中毒症状の推定に必要になる、どれだけの量が血液などに含まれるかといった点(定量検査)については警察としては関心を持ちにくく手薄になる。

また警察の科捜研は試料を全量消費してしまう癖もあるが、それも問題である。現在の検出手法では検出できない毒物がある。そのため、亡くなったあとでも長年血液や尿を保管する必要があるのだ。そうしておけば、新たに検出法が開発されたかなり後になってようやく犯罪だったことがわかることもあるからだ。

では、警察が保管しておけばそれでよいとお役人はいいかねない(役人の論理からすればそうすることで予算獲得につながる)が、そうなったとしても大いに問題がある。それは以下のような例を想定すればわかる。

「死亡当時は、警察が死因身元調査法に基づき、風呂場の浴槽内で死亡している方について、CT検査と薬物検査を実施をした。その際、薬物は検出されず、犯罪性なしとして遺体は解剖せずに火葬した。しかし、数年後、他にも似たような死に方をした者が複数いるとわかった。どうも当時の方法では検出されなかったある薬品で眠らされていた中、練炭自殺や風呂場での溺死、焼死などにみせかけていたらしい。そこで、保管しておいた血液について、最新の方法で薬物検査を行ったら、その薬物が検出された。」

どっかで聞いたような話ではあるが、このような場合、解剖していないので、本当の死因は肺炎であったとか、心筋梗塞であったとか、溺死であったとか、焼死であったとかわからずに終わってしまっているのが大問題である。しかも、これまで検出方法がなかった薬物ゆえ、その致死的な血中濃度や、昏睡しうる血中濃度がどの程度であるのかは、ほかの明らかに病死したような死亡事例と濃度を比較して検討していかなければならないが、基本的に警察はそうした死体を解剖しないのでデータが得られない。そのような曖昧な証拠しかないなか、解剖結果もなく、単に怪しい薬物がでたということだけが独り歩きすると、それを使って殺されたことにされ冤罪が発生しかねないのだ。

本来は、中途半端なCTとか薬物検査だけで、法医学的な考察をろくにせずに死体を焼却すべきではないし、死因がわからない場合は、解剖をはじめ様々な検査を実施しなければならいはず。それはこうした事例を考えればわかるはずだ。

とにもかくにも、今の警察庁は犯罪発見にしか関心がないという態度を続けているが、その態度が抜本的に改められない限りは、薬物検査を警察に任せてはならない。ほかの先進国では死体の薬毒物検査を警察に丸投げするなど聞いたこともない。

この状況を改善する方策はいくつか考えられるだろう。

法医学者への相談を、警察が解剖実施を決めたときだけ承諾をとるという相談のレベルでなく、これこれこういう死体があって、薬物検査やCT検査の結果はこのようになっているので、これは解剖すべきでしょうかといった相談のレベルにレベルアップするのがその第一歩であろう。

そのうえで、犯罪が疑われる場合だけ、薬物検査を定性、定量両方やるというのではなく、死因がわかるまできっちり検査しなければならない。そのためには法医学研究所のような解剖部門のみならず薬物部門などほかの部門ももつ、独立した死因判定専門の機関が必要なのはいうまでもない。

今の日本には法医学研究所を作る予算がないというのであれば、一つの良い方策がある。現在ある科捜研の薬物部門などを警察から切り離し、厚労省や文部科学省などほかの省庁に移管するなどした上で、大学法医学教室など解剖実施機関と密接に連携させれば、予算もかからないはずだ。科捜研はすでに警察庁の既得権益ゆえ、お役人はなかなか譲ることはないと予想されるが・・・

本来お役人は国のために働いているはずなのだから、本来の仕事をしてほしいものだ。

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