- 2014年12月03日 10:30
「G型大学×L型大学」一部のトップ校以外は職業訓練校へ発言の波紋
「G型大学×L型大学」ネットでは批判が大勢
10月7日、文部科学省の有識者会議での株式会社経営共創基盤CEOの冨山和彦氏の主張がネットで公開され、大きな議論を呼んでいる。それは「一部のトップ校を除いて、ほとんどの大学は職業訓練校になるべき」というものだ。アカデミアの大学関係者が聞いたら目を剥く主張であり、到底容認できないものだろう。正式のタイトルは「我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性」について。経済界から教育のあり方の提言である。
中でも議論を呼んでいるのが、職業訓練校化の内容だ。たとえばこんな例を挙げ説明している。
「文学部はシェイクスピア、文学概論ではなく、観光業で必要になる英語、地元の歴史、文化の名所説明力を身につける」「経済・経営学部は、マイケルポーター、戦略論ではなく、簿記・会計、弥生会計ソフトの使い方を教える」「法学部は憲法、刑法ではなく、道路交通法、大型第二種免許を取得させる」「工学部は機械力学、流体力学ではなく、TOYOTAで使われている最新鋭の工作機械の使い方を学ぶ」といった具合だ。
一部のグローバル人材を生み出すG型大学、その他をローカル大学(L型大学)として位置づけ、現在の大学制度そのものを見直せという。
ネットでは、この部分だけが大きく取り上げられ拡散したため、8割が否定的な意見、2割がおおむね肯定的な意見で分かれた。否定的な意見としては「こんな人達が教育や文化の中心をなす大学教育行政に口出し始めると、日本の文化崩壊に繋がる」「これ大学でやる意味あるのか。それこそ工業高校か商業高校のやることではないか」「良い生徒はいるのにL大学ではこれだけしか教えないのでは、ますます学歴差別や格差を煽ることになる」「コンクリこねる仕方しか教えないって、学問どうこう以前に差別主義でしかない」等、大学のあり方を踏まえた意見が大半だ。
一方肯定、追認する意見としては「正論だ。レベルの低い大学は専門学校化すべき」「企業は育成に金をかけないで済むし、学生達が金を払って学んできてくれるんだから、この上なく質の良い奴隷の大量生産に成功する」等だ。また「ほとんどの大学はLだね。東大法学部なんて完璧にL。グローバルじゃないもんなあ」という皮肉めいているが核心を突いた意見も。
冨山レポートの本当の狙い
しかし一見乱暴な主張にみえるが、冨山レポートを注意深く読むと、一面で理に適った主張とも取れる。「質の良い奴隷の大量生産」などという差別的考えには立脚していない。本レポートは、冨山氏が6月に出版した「なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略」(PHP新書)を下敷きにしている。要点だけをまとめると、従来の大企業と中小企業という分類をやめ、G(グローバル)企業とL(ローカル)企業とに分けて考えろというものだ。G企業とは、自動車、電機・機械、医療機器・製薬、情報・ITといった企業であり、GDPに寄与する比率は30%程度。
一方、L企業は交通・物流、飲食・宿泊・小売(対面販売)、医療・介護・保育等でGDP比率が70%にものぼる。G企業はグローバル経済圏で完全競争にさらされ、勝つか負けかの戦いを強いられる。そのため、高度なグローバル人材が必須となる。しかし知識集約型だから、多くの社員を必要としない。一方L企業は地域に根を張り、人を相手にするため労働集約型で人手を必要とする。いま少子化で、多くの地方企業が人手不足に陥っている。
一部のトップ校は世界に通用する高度人材を育成し、それ以外の大学はL経済を支える人材育成を担う。大学もG人材とL人材の両方を追いかけるのではなく、機能分化すべきだ、というのが今回の提言の趣旨だろう。我が国の産業構造と労働生産性の観点からは、至って合理的な主張だと思われる。
「どういう根拠に基づいて、職業訓練校化せよと言っているのか」(本間政雄・梅光学院理事長)
本間氏は京大副学長、立命館大学副総長を歴任、OECDや仏大使館への出向経験もあり、国際畑が長い、元文部官僚だ。現在の大学への厳しい批判と受け止める話だと認めながらも「政策提案としては荒唐無稽だ。大学形成の歴史を見ても、最初は職業訓練校から発展、大学になった学校も少なくない。実務を教えるだけではダメだという反省からだ」と手厳しい。
ただ冨山氏の見解について「今の大学が、教養教育と専門教育を組み合わせてリベラルアーツとか言っているが、十分機能を果たしていない。だからいっそのこと専門学校のように、あるいは職業訓練校のように、実技を教えればいいじゃないかと言っているのでは」と理解も示す。しかし「単に簿記会計が出来るだけでいいはずはない。ビジネスが国際的に拡がっていく時代に、イスラム教徒とは何かとか、インドの歴史とは、シンガポールの成り立ちはどうかなど、歴史・経済・文化、宗教を学ばなくてはどうするのか」と警鐘を鳴らす。
大学教員の質とカリキュラムに問題あり
富山レポートでは、教員は民間企業から選抜し、実践的な教育をせよと提言する。Lの大学には従来の文系学部はほとんど不要であり、アカデミックラインの教授には辞めてもらうか、残るなら職業訓練教員として再教育をせよと指摘する。また理系の教授でもGの世界で通用する見込みがなければ同様にすべしとの提言だ。
確かに大学の教授ほど気楽な商売はないだろう。研究の時間がとれない、高校の生徒募集に出前講師をやらされる、雑務に時間が取られると不満たらたらの教員も少なくない。企業では当たり前のことが、不満として口をついて出てくること自体が恵まれているという自覚がない。数年間にわたって論文を1本も書かず、毎年工夫もなく同じ講義をくり返す授業。もちろん優秀な教授もいるが、研究と質の高い学生教育を両立できる人は少数だろう。本間氏は言う。
「米国の大学は科目数はそんなに多くはないけれど、考える教育に重点を置いているじゃないですか。法学部を例に取ると、日本では法律の逐条解説を延々とする教員が多いけれども、そんなことをやったって、生半可な知識しか身につかない。むしろ法律的な物の考え方、例えば死刑廃止論や安楽死問題の是非ということをグループワークでやって、考えさせる授業をするべき」
確かに教師が一方通行で教えるだけなら、「MOOC(ムーク=Massive Open Online Course)」で十分であり、むしろ質の高い授業を無料で受けられる。中でもNTTドコモなどと今年4月に開始したgacco(ガッコ)では、東大や京大、早稲田、慶応などの教員が参画。今年度中に18講座の無料公開が進む。今後大学は、少子化による2018年問題で入学者の減少だけでなく、こうした無料のインターネット授業のような新たなトレンドにも直面する。冨山氏が言う「L大学の教員評価は、論文数や研究成果ではなく、学生の就職状況を基準に評価。研究を評価するとしたら、地域産業の振興や地域勤労者の生産性(賃金)向上に直結するテーマのみに限定する」という話も頭から否定できないのではないか。今の大学教員はこの提言をどのように受け止めるだろうか。
エリート教育でも国際競争力は上がらない
大学倒産に詳しい、桜美林大学院の高橋真義教授は「少数の大学だけを選別してエリート教育しても、我が国の国際競争力を向上させることにならない。競争力は、裾野があればこそ産まれるものだ」と語る。建学の理念に基づいて多用な人材を養成することをミッションとしているローカル大学、特に地方の小規模私立大学の持つ人材養成力を矮小化すべきではない。
今回の提案には、この視座が欠落している、と警鐘を鳴らす。地方の小規模私立大学は18歳人口の減少に加えて地元残留率の低下により存続そのものが危機的状況にある。地方にとっては、たとえ極小規模大学であっても、地域から大学が消滅した場合の、地域の民力の低下は想像を超えるものである。「それこそ、政府が進める地方創成に逆行することではないか。地域の文化的水準の牽引、地域活性化、地域貢献をしている地方の小規模大学の役割は、過小評価すべきではない」(高橋教授)と言う。「大学教育」「企業活動」を同一のテープルに載せて議論することは正しくない、という主張だ。
冨山和彦氏の提言、本間正雄氏と高橋真義氏の主張、一見違っているように見えるが、共通する点が一つある。それは、地方の疲弊を押さえ込むために、ローカル大学の人材養成力に対する支援の制度設計を、今後どのようにして行くのか、という点だ。文科省だけに任せるのではなく、政府が一丸となり、100年の超長期的視座に立った抜本的な高等教育改革をどう推し進めるのか、それが今問われている。
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