1.幼少期
祖父の時代から生粋の横浜生まれ。
東京オリンピックの年、長女として生まれる。
小さな頃から動物が好きで家族の中にいつも犬がいました。
動物から命の大切さや相手への思いやり、世話をすることへの
責任感を学びとることが出来ました。
3歳から「ビクター音楽教室」でエレクトンを習い、
『聖者が街にやってきた』を小学校2年生の時の発表会で弾きました。
エレクトンは中学校卒業まで習いましたが、今でも思い出しては
楽器の前に座っています。
2.中高生時代
中学時代はマーチングバンドのクラブに所属し、
バトントワラーとして活動しました。日本武道館で開催される
全国大会で準優勝するほか、NHK紅白歌合戦のオープニングでも演奏しました。
3.大学生時代
大学に入学しスポーツ系サークルに入りました。
大学時代の友人とは今でも悩みや相談を聞いてくれるような仲が続いています。
4.議員秘書時代
衆議院議員・塚本三郎(民社党委員長/当時)国会秘書として、
1986年4月1日施行の「男女雇用機会均等法」成立迄のプロセスを
垣間見ることが出来ました。
土井たか子氏が女性初の社会党委員長に就任したのもこの頃で、
女性の社会進出にとっての転換期を間近で感じておりました。
5.弁護士秘書時代
「独占禁止法」専門の法律事務所々長の秘書として働いていました。
6.横浜市議会議員
■1期目(1995年4月〜1999年4月)
市内の特別養護老人ホームの視察に於いて、入所者家族とともに
施設職員による老人虐待の実態を確認し、この実態を委員会で取り上げ、
施設の改善に取り組みました。
■2期目(1999年4月〜2003年4月)
学校給食で児童・生徒に提供される献立の品数が他府県の都市と比べて
少ないことなどに着目し、児童の食生活改善に向けた充実した学校給食
メニューづくりの実現に力を注ぎました。
■3期目(2003年4月〜2007年4月)
法地や岸地の乱開発を防ぎ、緑を守る活動に取組む一方、市が打ち出した
一部のバス路線廃止案に対して、市民の声に耳を傾けることの重要性を
一貫して訴え、公営交通機関のあるべき姿を議論していくために充分な
検討期間を設けるべく主張しました。
■4期目(2007年4月〜)
こども青少年・健康福祉・病院経営委員会委員長として青少年育成、
児童・障害者・高齢者福祉、地域医療や食の安全などの課題に奔走しました。
また少子・高齢化特別委員会では、
(1)児童虐待問題
(2)保育園の整備充実
(3)高齢者の生活や医療に対する不安への対応、敬老パスのあり方
(4)医師不足、特に産科・小児科医不足への対策
に取組んできました。
7.衆議院議員
第45回衆議院議員選挙にて初当選をさせていただきました。
所属委員会:厚生労働委員会
政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会(理事)
犬・猫等の殺処分を禁止する議員連盟」(事務局次長)
情報提供:NPO法人ドットジェイピー
http://www.dot-jp.or.jp/